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10月10日 なんでもない一日

 目覚ましよりも早く目が覚めた。

 時計を見ればまだ六時。

 今日が休みだということを考えたら二時間は早い起床だけど、すっかり目は冴えてしまったみたいで、二度寝は諦めることにした。

 今日が月曜日だっていうことを体内時計はよく分かっていて、気を利かせてしまったのかもしれない。

 私は、ゴムの結び目が雑になった髪を手櫛でまとめなおして、リビングへと降りた。


 流石にまだ誰も起きていないようで、昨日の残りのおかずとインスタントコーヒーで簡単に朝食を済ませる。

 身体自体はまだ眠いと思っているのか、あくびがひっきりなしにこぼれた。

 流石にこのまま勉強しても、集中できないかもしれない。

 早く起きた分時間の余裕はあるし、軽く散歩にでも出かけることにした。


 家を出て、川沿いの土手をゆっくりと歩く。

 キリッと冷えた朝の空気は、それだけで頭もバッチリ冴えわたるようだった。

 今ぐらいの気温が一番ちょうどいいな。

 冷房も暖房もいらなくて、かつ散歩しても目立つほどの汗をかかない。

 何より長い髪でもムレないし。

 さらさらと風になびく髪が気持ちいいくらい。


 今日はたぶん家から出ないから、帰りがけにコンビニでおやつを買って行くことにした。

 最近のお気に入りは砂糖をまぶしたドライレモンピール。

 ついでに、いつも読んでるファッション誌を、ぱらぱらと流し見程度に立ち読みしていく。


 姉が家を出て行って、唯一最大のデメリットだなと思ったのが雑誌の回し読みができないことだった。

 それぞれ服の好みが違うから、基本的には別の雑誌を読むのだけれど。

 でもたまに別の系統の雑誌も見てみたくなったり。

 服の方は興味なくても気になる特集や好きなコラムが乗ってたり。

 そんな時に気兼ねなく借りれる相手がいなくなったことは、年頃の女としてはなかなかの痛手だ。


 かろうじて姉とアヤセは服の好みが近いから、どうしても読みたいときは彼女に借りればいいのだけれど。

 クラスも変わればなかなかチャンスにも恵まれない。

 ただでさえ雑誌や漫画よりも、忘れた生理用品を貸し借りする機会の方が多い女子校という環境だ。


 すっかり目も覚めたところで、家に帰って机に向かう。

 クリスマスコンサートに出るだなんて、馬鹿な決断をしてしまったのだから、それに関わる時間以外は勉強に集中しないといけない。

 そう言えば、琴平さんに連絡とっておかないとな。

 詳しいことは登校した時に話すとして、メッセージくらいは送っておこう。


――相談があるので、今週どこかで話ができれば。


 すぐに既読はつかなかった。

 今は朝の七時をちょっと過ぎたくらい。

 寝ている人はまだまだ寝てるか。

 合宿の時も、私と一緒であんまり朝は強くなさそうだったしな。


 そう言えば彼女、穂波ちゃんと同じ寮なんだっけ。

 十中学区って通おうと思えば通える気がするんだけど……それでも寮を選んだのには、何か理由があるんだろうか。

 疑問はわくけど、それほど興味はない。

 勉強しよう。

 どうでもいい考えがめぐるのは、目の前のやらなきゃいけないことと、自分のモチベーションとがカチッとハマるまでの準備運動みたいなものだ。


 それから、午前中は静かに時間が過ぎて行った。

 途中で息抜きや休憩も挟んだけど、実際の勉強時間としては四時間弱くらい。

 そこそこ集中力も散漫になり始めて、ここらで本格的な休憩を挟んだ方が良さそうだ。

 ほどなくして昼食に呼ばれる声がしたので、私は一旦机を片付けてリビングへと降りて行った。


 お昼は、父親が近所の法事に行ってもらって来たという弁当だった。

 父親はそのまま飲み会だというので、母親とふたりで好きなおかずをつつきながら手早く済ませる。

 朝早かったこともあって、お腹いっぱいになってしまったら眠くなりそうだったので、食欲は多少セーブしておいた。

 部屋に戻ると、スマホにメッセージが二件ほど来ていた。

 一件は琴平さんから、朝送ったメッセージに「OK」のスタンプ。

 もう一件はユリからの「世界史が覚えられないよぉ!」という泣き言だった。


――見るんじゃなくて口か手で覚えな。


 そう返事を送ると、すぐに彼女から着信が入る。


『口と手ってどう使うの!?』


 開口一番、泣きそうな声が鼓膜に響いた。

 ごめんね、比喩じゃわかんないよね。


「音読か、ひたすら教科書をノートに書き写すとかすれば。地道だけど暗記はそれが一番」

『なるほどー。あんまり覚えられないから、世界史暗記帳みたいなの買おうか迷ってたとこだよ。赤い下敷きで隠して使うやつ』

「あれ系って復習用でしょ。見て覚えられるなら授業受けただけで百点取れるよ」

『たしカニー』


 どっかで聞いた独特のイントネーションでユリが返した。


「音読するんじゃなかったら、このまま繋ぎっぱにしても良いけど」

『するー。寝ないように見張って?』


 見張ってって言われても、これ音声通話なんだけど……でも、音声だけの方が集中はできるかな。

 たまに声をかけて生存確認くらいすればいい。


『こうして勉強ばっかしてると思うよね。何のためにこんなことしてんだろって』

「大学受かるためでしょ」

『何のために大学に受かりたいのだろうか……』

「ドツボにハマるからやめときな」


 テレビの中じゃ「大学に行くならその意義を~」なんて人が沢山出て来るけれど、みんあがみんなそういうわけじゃない。

 というか、圧倒的に意義なんて深く考えてない人の方が多い。

 なんとなく就職に有利だからとか、それくらいのもん。


「あんたのは、勉強しなくてすむ理由を探してるだけでしょ」

『バレたか……』


 ユリは「無念」とでも言いたげに感慨深く答えると、そのまま静かになった、カリカリとシャーペンの音は響くので、真面目に勉強はしているみたいだ。

 あれだけ部活に打ち込んでたんだから、彼女だって集中力自体はあるはずなんだけどな。


 結局、なんだかんだで夕飯に呼ばれる時間まで勉強会は続いた。

 たまに無駄話を挟んで、ちょうどスマホの充電が心もとなくなってきたころが頃合いだった。


『そろそろご飯の準備しなきゃ! うーん、今日はいっぱい勉強したー!』

「今日は何作るの?」

『寒くなって来たからおでん! 味が染みるようにお昼から仕込んであるんだー』


 味の沁みたおでん……いいな。

 そんな話聞かされたら食べたくなってくるけど、流石にウチもおでんってことはないだろう。


『じゃあ、また明日ねー』

「また明日」


 それで通話は切れる。

 また明日――そう言い合えるのも、あと何回くらいなんだろうね。


 明日から投稿だし、夕食を食べたら早めにお風呂に入った。

 髪が長いと手入れもあるし、渇くのにも時間もかかる、その辺を逆算してお風呂に入る時間を考えなきゃいけないのは、慣れたけど面倒ではある。

 頭を洗うのは二日に一回みたいな人もいるらしいけど、私はちょっと耐えられないかな。

 潔癖症ではないけれど、自分が汚れてる(気がする)のは我慢がならない。


 ヘアオイルを塗って浸透させている間に、伸びていた爪をやすりで軽く手入れする。

 爪を短くするのも、今ではなんだか、そうしないと気持ち悪いなって感じるようになってしまった。

 もともとは剣道するために爪が伸びてたら危ないからって短くしてたけど。

 大学生になって、塗ったりするようになったら、もう少し長い方が良いのかななんて思うこともあるけど。

 それにはまず、長い爪に慣れなきゃいけないんだろうなっていう。

 つけ爪にお世話になるって手もあるけれど……それはその時に考えよう。


 さて、こんなもんかな。

 手入れが終わるころには髪も良い感じになじんでいたので、ドライヤーで軽く乾かしてから、完全に乾ききるまでもう少しだけ勉強しよう。

 そんな実に受験生らしい、なんでもない私の一日。

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