琴平さんとの待ち合わせは、朝の放送室でということになった。
学園祭前は何度となく通ったこの重厚な防音扉も、今となってはもう懐かしい。
扉をくぐったら、琴平さんがスマホを弄りながら中で待ってた。
彼女がいなければそもそも鍵がかかったままだろうし、当然のことなんだけど。
「あ、会長サン。おはようございます……って、もう会長サンじゃなかったですね」
「そうだね」
「じゃあ、これからは狩谷サンということで。いやあ、慣れるのに苦労しそうですね」
琴平さんは、クツクツと笑いながらスマホをポケットに仕舞う。
さて、挨拶もそこそこに何から話したものか。
話のきっかけを探していたところで、琴平さんは奥の作業室からいつか見たギターケースを引っ張り出した。
「欲しいの、これですよね?」
流石に言葉が出なくて、ケースと琴平さんとを交互に見比べながら固まる。
「なんで? って顔してますね」
「いや、まあ、その通りだけど」
「白羽ちゃんから、クリスマスコンクールの話は聞いてたんですよ。そこに来て会長サン――じゃなかった。狩谷サンから相談ごとがあるって言われたら、まあコレのことじゃないかなあと。ワタシなりに気を利かせたつもりでした」
それでバッチリ用意できるものかな?
貸してもらえるのなら何だっていいけどさ。
「こっちもいります?」
そう言って彼女は、奥からもう一本のギターケースを引っ張り出す。
そっちも見覚えがあったが、私は首を横に振る。
「そっちは大丈夫。ベースだけ貸してもらえたら」
「あ、そうですか……両方持ってくるの結構大変だったんですけどね」
それは知らんがな。
こっちだって事前に頼んでいたわけじゃないんだから。
「じゃあ、ユリさんは不在なんですね。残念。ガルバデ再結成っていうなら、設立者として嬉しいところでもあったんですが」
「そうは言っても今回は追加メンバーがいるし、再結成って言えるほどのことじゃない気がするけど」
思えば、またチーム名考えないといけないのかな。
出場するってことはそういうことだよね。
部じゃないから学校の名前を冠するわけにもいかないし……名前にこだわりはないから『スワンちゃんと愉快な仲間たち』とか、もうそのレベルでも私は良いんだけど。
琴平さんからケースを受け取って、私は念のため中身を確認する。
固いファスナーをあけると、中から出てきたのは鈍い輝きを放つ漆黒のギター。
ブラックバードって言ったっけ。
物の良し悪しは分からないけど、この夏を一緒に過ごした私の半身だ。
なんでだろう。
借りものなのは変わらないのに、どうしてか「おかえり」って気持ちになる。
十七年一緒に暮らして、たった半年家を空けてただけの姉には一切感じなかった、家族のような愛着だ。
「放課後まで、ここで預かって貰って良いかな? 流石に教室には持って行けないし」
「構いませんよ。今の委員たちには私から言っておきますね」
「ありがとう」
お礼を言ってベースをケースに戻す。
あれ、でも、練習ってどこでするんだろう。
学校でするなら、基本はこのまま視聴覚室で預かって貰っても……いや、とりあえず一旦持ち帰ろう。
生徒会も引退したのに、視聴覚室に何度も出入りするのはあまり感じが良いとは思えない。
ユリに見られたりしても悪いし、練習場所に関しては追々みんなと相談しておこう。
自分自身で納得したところで、私は琴平さんへと向き直った。
この際だから、もうひとつ気になってたことを聞いておこうと思っていた。
「スワンちゃんのこと巻きこんじゃったけど、良かったかな……?」
その問いかけに、琴平さんはとぼけるように宙を見上げてから、小さく肩をすくめた。
「白羽ちゃんが良いって言ったら良いんじゃないですか?」
「いや、なんていうか、保護者的な立場での意見を聞きたくって」
「保護者だなんて、またまた」
冗談めかした琴平さんに、私はそれなりに真面目に聞いてるんだってていで無言を貫いた。
すると彼女も観念したのか、ため息をひとつついてから、にんまりと笑顔を浮かべる。
「保護者なんて気は毛頭ありませんけど、白羽ちゃんが自分からそうしたいって思ったのなら、それは良いことだと思ってます。彼女からもそう聞いてますし」
「そうなんだ」
「知っての通り、誤解されやすい子でしょう?」
「その辺は、琴平さんたちもいい勝負だと思うけど」
「あら、これは手厳しい。でも、その通りです」
琴平さんは、苦笑しながら頷いた。
「誤解されやすいから、いろいろ大変だったこともありました。そういうわけで、半分傷の舐めあいみたいに寄りそったのが、この三人なんです」
傷の舐めあいなんて、あんまり想像できないな。
私からしたら三人ともクセは強いけど、同じくらい人としての……なんていうか、芯の強さみたいなのがある、気がする。
「だからまあ、この学校に来て良かったと思ってますよ」
「それは私も思う」
「狩谷サンも、どっちかと言えばこっち側の人間ですよねえ」
それはまあまあ失礼だと思ったけど、はじめと同じようにクツクツと笑う彼女を見たら、なんだか怒るのも馬鹿らしいなって、愛想笑いで返しておいた。
「コンサートは流翔ちゃんと聞きに行きますから、頑張ってくださいね」
「わかった。ありがとう」
「協力できることも特にないでしょうしね……ああ、ファイヤーバードが必要になったらいつでも。たぶんしばらくはここに置いときますので」
「別に持って帰ってもらって良いんだけど」
「単純にめんどくさいんですよ、私が。寮の部屋も広くはないですしねえ」
そう言い捨てて琴平さんが身支度を整え始めたので、私もギターケースを丁寧に壁に立てかけて鞄を手に取った。
今度はだいたい二ヶ月半。
前回よりもいくらか長い付き合いになるね。
お帰り、ブラックバード。