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10月11日 帰って来た黒鳥

 琴平さんとの待ち合わせは、朝の放送室でということになった。

 学園祭前は何度となく通ったこの重厚な防音扉も、今となってはもう懐かしい。


 扉をくぐったら、琴平さんがスマホを弄りながら中で待ってた。

 彼女がいなければそもそも鍵がかかったままだろうし、当然のことなんだけど。


「あ、会長サン。おはようございます……って、もう会長サンじゃなかったですね」

「そうだね」

「じゃあ、これからは狩谷サンということで。いやあ、慣れるのに苦労しそうですね」


 琴平さんは、クツクツと笑いながらスマホをポケットに仕舞う。

 さて、挨拶もそこそこに何から話したものか。

 話のきっかけを探していたところで、琴平さんは奥の作業室からいつか見たギターケースを引っ張り出した。


「欲しいの、これですよね?」


 流石に言葉が出なくて、ケースと琴平さんとを交互に見比べながら固まる。


「なんで? って顔してますね」

「いや、まあ、その通りだけど」

「白羽ちゃんから、クリスマスコンクールの話は聞いてたんですよ。そこに来て会長サン――じゃなかった。狩谷サンから相談ごとがあるって言われたら、まあコレのことじゃないかなあと。ワタシなりに気を利かせたつもりでした」


 それでバッチリ用意できるものかな?

 貸してもらえるのなら何だっていいけどさ。


「こっちもいります?」


 そう言って彼女は、奥からもう一本のギターケースを引っ張り出す。

 そっちも見覚えがあったが、私は首を横に振る。


「そっちは大丈夫。ベースだけ貸してもらえたら」

「あ、そうですか……両方持ってくるの結構大変だったんですけどね」


 それは知らんがな。

 こっちだって事前に頼んでいたわけじゃないんだから。


「じゃあ、ユリさんは不在なんですね。残念。ガルバデ再結成っていうなら、設立者として嬉しいところでもあったんですが」

「そうは言っても今回は追加メンバーがいるし、再結成って言えるほどのことじゃない気がするけど」


 思えば、またチーム名考えないといけないのかな。

 出場するってことはそういうことだよね。

 部じゃないから学校の名前を冠するわけにもいかないし……名前にこだわりはないから『スワンちゃんと愉快な仲間たち』とか、もうそのレベルでも私は良いんだけど。


 琴平さんからケースを受け取って、私は念のため中身を確認する。

 固いファスナーをあけると、中から出てきたのは鈍い輝きを放つ漆黒のギター。

 ブラックバードって言ったっけ。

 物の良し悪しは分からないけど、この夏を一緒に過ごした私の半身だ。

 なんでだろう。

 借りものなのは変わらないのに、どうしてか「おかえり」って気持ちになる。

 十七年一緒に暮らして、たった半年家を空けてただけの姉には一切感じなかった、家族のような愛着だ。


「放課後まで、ここで預かって貰って良いかな? 流石に教室には持って行けないし」

「構いませんよ。今の委員たちには私から言っておきますね」

「ありがとう」


 お礼を言ってベースをケースに戻す。

 あれ、でも、練習ってどこでするんだろう。

 学校でするなら、基本はこのまま視聴覚室で預かって貰っても……いや、とりあえず一旦持ち帰ろう。

 生徒会も引退したのに、視聴覚室に何度も出入りするのはあまり感じが良いとは思えない。

 ユリに見られたりしても悪いし、練習場所に関しては追々みんなと相談しておこう。


 自分自身で納得したところで、私は琴平さんへと向き直った。

 この際だから、もうひとつ気になってたことを聞いておこうと思っていた。


「スワンちゃんのこと巻きこんじゃったけど、良かったかな……?」


 その問いかけに、琴平さんはとぼけるように宙を見上げてから、小さく肩をすくめた。


「白羽ちゃんが良いって言ったら良いんじゃないですか?」

「いや、なんていうか、保護者的な立場での意見を聞きたくって」

「保護者だなんて、またまた」


 冗談めかした琴平さんに、私はそれなりに真面目に聞いてるんだってていで無言を貫いた。

 すると彼女も観念したのか、ため息をひとつついてから、にんまりと笑顔を浮かべる。


「保護者なんて気は毛頭ありませんけど、白羽ちゃんが自分からそうしたいって思ったのなら、それは良いことだと思ってます。彼女からもそう聞いてますし」

「そうなんだ」

「知っての通り、誤解されやすい子でしょう?」

「その辺は、琴平さんたちもいい勝負だと思うけど」

「あら、これは手厳しい。でも、その通りです」


 琴平さんは、苦笑しながら頷いた。


「誤解されやすいから、いろいろ大変だったこともありました。そういうわけで、半分傷の舐めあいみたいに寄りそったのが、この三人なんです」


 傷の舐めあいなんて、あんまり想像できないな。

 私からしたら三人ともクセは強いけど、同じくらい人としての……なんていうか、芯の強さみたいなのがある、気がする。


「だからまあ、この学校に来て良かったと思ってますよ」

「それは私も思う」

「狩谷サンも、どっちかと言えばこっち側の人間ですよねえ」


 それはまあまあ失礼だと思ったけど、はじめと同じようにクツクツと笑う彼女を見たら、なんだか怒るのも馬鹿らしいなって、愛想笑いで返しておいた。


「コンサートは流翔ちゃんと聞きに行きますから、頑張ってくださいね」

「わかった。ありがとう」

「協力できることも特にないでしょうしね……ああ、ファイヤーバードが必要になったらいつでも。たぶんしばらくはここに置いときますので」

「別に持って帰ってもらって良いんだけど」

「単純にめんどくさいんですよ、私が。寮の部屋も広くはないですしねえ」


 そう言い捨てて琴平さんが身支度を整え始めたので、私もギターケースを丁寧に壁に立てかけて鞄を手に取った。

 今度はだいたい二ヶ月半。

 前回よりもいくらか長い付き合いになるね。

 お帰り、ブラックバード。

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