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10月27日 へたくそか

 今日の放課後勉強会も、心炉は家庭教師の日につき三人編成でのお届けとなった。

 直接聞いたわけではないけど、どうやら火曜日と木曜日がそうらしいね。

 加えて土日どちらかにもう一回ある週三回のスケジュールを、小学校のころからずっと続けているらしい。

 この辺じゃお受験する中学もほとんど無いのと同じだから、受験対策委とかじゃなくって単純な学力向上のための勉強をずっと続けてきたってわけだ。

 その積み重ねがあるのなら、受験を前にあれだけ余裕を見せられるのも頷ける。

 それも、ある意味で毒島メソッドなのかな。

 やることをやっているから焦る必要がない。

 一人娘に躊躇なくそんなスケジュールを提供できるのだから、実に教育熱心なご両親だと思う。

 冷やかしてるわけじゃなくって。


 そんな彼女とスタートラインの違う私たちは、地道に〝今〟を積み重ねるしかないわけで。

 今日の〝できない〟を明日の〝できる〟にするために、汗水たらして頑張るのである。


「はあー」

「どうしたの」

「いいかげん勉強すんの飽きたぁ」


 そう言って我らが期待のホープ・ユリは、すっかり気力を失ったご様子だった。


「飽きたからってやらなくて良いもんじゃないでしょ」

「いや、でも考えてもみて? あたしが二ヶ月近く毎日勉強してるって……すごくない?」

「絶対的にはすごいけど、相対的にはフツー」

「星は厳しいよぉ」

「受験は待ってくれないから」

「浪人すれば一年の猶予が……?」

「それ猶予って言わないから」


 ユリの場合、本気で言ってそうだから怖い。違うよね……?


「てか、アヤセは何で勉強してんの?」

「へ?」


 ナチュラルに三人なのを受け入れてたけど、あんたもう勉強する必要ないじゃん。


「寂しいじゃんかよー」

「そんな子供じゃないんだから」

「まだ未成年だから子供ですうー」


 またこの、調子のいい時だけ大人になったり子供になったりするやつ。

 女子高生のそういうところがホント嫌いだ。

 そういう私も女子高生。


「正直な話すれば、卒業までは今の成績を維持しなきゃなんねーの。だからスッパリ勉強終わりってわけじゃねーのよ」

「おおう……それを思えば、まだ受験という目的がある分、あたしのがマシかも」

「そうか?」


 よく分かんないモチベを手に入れたユリに、アヤセはキョトンとして答える。

 ホント、ユリのやる気スイッチの場所はよく分かんないね。


「それにしても、まあ、なんだな……」


 気を取り直すようにアヤセが小さく咳払いをする。


「お前らホント仲いいな!」

「うん……?」


 思わず息が詰まる。

 あれ……今、息吸ったんだっけ、吐いたんだっけ。

 よく分かんないからとりあえず吐いてみよう。

 それからもう一回ちゃんと吸って……うん、空気美味しい。

 ユリも目を丸くして、きゅっと口を尖らせる。


「えー、何いまさら? ずっと仲良しじゃん。星もアヤセも」

「や、まあ、それはそうだけどよ! なんか、改めてさ!」

「あはは、何それー」


 突拍子もないからユリも笑ってんじゃん。

 いや、「いつも無口の○○ちゃん笑ってるね!」的なネタじゃなくって。


「そうだ! お前ら、浮いた話とかねーの? 三年だし多少なりさ――」

「アヤセちょっと……」


 不自然だろうと何だろうと構わない。

 流石にちょっと廊下に連れ出した。


「へたくそか?」

「ああ……」

「もう一回言ってあげようか。へたくそか?」


 廊下の隅でアヤセに詰め寄る。

 たぶん、過去一番ドスの効いた声だった。


「ああ、いや、私なりにふたりが上手くいってくれたらいいなと思って……」

「それは嬉しいけど、だったらもっとやりようあるでしょ?」

「恋愛偏差値ゼロの私には精一杯だった」

「じゃあ、なんでやろうとした……!」


 無理しなくていいよ……!

 無理っていうか無謀だよ……!


「でも、打ち明けてくれたのが嬉しかったからよ。何かしたいじゃん」

「気持ちだけで嬉しいから! 後方彼氏面で見守ってくれてればいいから……!」

「ええ……」


 アヤセはこの上なく不満そうな顔でぶーたれていた。

 不満なのはこっちだよ。

 そんなのハナから期待してなかっただけに急転直下でマイナス思考だよ。


「てか恋愛偏差値ゼロって何よ。アヤセ、後輩にめっちゃモテんじゃん」

「ふっ……モテるだけって辛いのよ」

「くそっ、ムカつく顔しおってからに」


 もちろん、だからと言って「じゃあ適当なヤツ捕まえて偏差値高めてきて」なんて言えるわけも、言うつもりもなく。

 私が求めるのはただただ「なにもしない」ことだ。


「いつも通りで良いんだから。それでうまく回ってるんだから」

「うまくいってねーから今の距離感なんじゃねーの?」


 火の玉ストレートが心のミットにズドンと突き刺さった。


「……うまくいってないかな?」


 恐る恐る尋ねると、アヤセは唸りながら明後日の方向を見上げる。


「お前がいつからアクション掛けてんのかはしらんけど……そうだなあ……二人の距離感は親友……腐れ縁……いや母子かな?」

「うう……」


 自分でも気づかないようにしていたことがドスドスと突き刺さってくる。

 甲子園なら間違いなく怪物級のエースだよ。


 でも仕方ないじゃん……これまでの私はそれで満足してたんだから。

 一番にはなれないって決めつけてたから、せめて必要とされる存在になろうって。


「だからと言ってアレじゃ不自然すぎるから……とにかく今は……てか今日はいつも通りにしといて」

「そうは言ってもなあ。むしろ、いつも通りってどんなんだっけ?」

「それは自分の胸に聞いてみて」


 変に意識したようなこと言わなきゃ、この際なんでもいいよ。


「わかった。とりあえず偏差値上げてからにするわ」

「今から上がるの?」

「流行りの少女漫画を読んどく」

「ダメそう」


 期待しちゃいないんだから、そのままの君でいて。

 多くは望まないから……ほんとに。

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