「副会長・金谷美羽、書記・能登洋子、以上二名を新幹部として承認いたします。皆様、ありがとうございます」
壇上の銀条さんの口上に合わせて大きな拍手が起こる。
新しい南高校の生徒会がこれで正式に発足となった。
選挙後初となる生徒総会は、午後の授業の時間いっぱいを使って粛々と遂行される。
お昼を食べ終えて程よく眠気を誘われる時間帯。
実際、運動部を中心に寝落ちている人は結構いるし、わざわざそれを咎める人もいない。
というより、監督の先生を除いてそもそも教師たちの立ち合いはない。
あくまで生徒の手によって行われる、開かれてるけど閉ざされた会議。
それが実体だ。
ちなみに、私も去年疑問に思ったけど、ウチの生徒会には会計という役職はない。
生徒会の仕事なんて基本は会計監査なんだから、別途役職をあてがう意味はないと大昔の生徒会が決めたらしい。
時代によってやり方も変わるし、将来的には変えたって良いんだろうけど、少なくとも今まではなくてもやってこれた。
役職なんてのは、大抵そういうもんである。
一週間前は死んだ魚の目をしていた壇上の幹部たちも、今日はスッキリとした顔で並んでいる。
準備は万全……というよりは覚悟完了してるっていうところだろう。
よくよく見れば、顔色なんかは化粧でごまかしているようにも見えた。
会議は踊る。
されど進まず。
世界史でよく出てくる言葉だけど、ウチの場合は違う。
踊るために会議がある。
だから進まず。
うん、これが正しい。
以前、新幹部にアドバイスしたように、生徒総会の質疑応答はほとんど大喜利みたいなものだ。
もちろん、資料の粗だったり、議題に対する愚直な意見だったり、真面目な発言をする人もいるけれど、突拍子もないどうでもいい話題をぶち込んでくる人もいる。
中には「新しい議題を考えてきました」なんて、もうお前が生徒会役員になれよって突っ込みたくなる、真面目なんだかネタなんだか分からない人も。
けどまあ、みんな基本的には悪気はなくって。
これは何ていうか出る杭を叩く――じゃなくて、鉄を熱いうちに打つような愛の鞭なのだ。
当事者からすれば、そう思わないとやってられない。
「今年はずいぶんと白熱しましたね」
生徒総会が終わって教室へ戻る最中に、心炉がしみじみとつぶやいた。
確かに、すごい長蛇の列だったな……と、つい今しがたの光景を思い出して小さく唸る。
「やっぱり、制服改定の議論は熱かったね」
「議題自体はスカート丈の規定改定と、それに伴う長丈派の尊厳維持のようなものでしたが、この機に乗じて制服のデザイン自体の改定とか、突然湧いたブレザー派の台頭とか、そもそも私服登校の提案だとか……とにかくカオスでした」
「それだけ関心はあったってことでしょ。ああ、ウチらの時は切り込まなくてよかった」
実を言えば、続先輩と選挙の打ち合わせをしている時に提案はあったんだ。
絶対に票集まるから議題として提案しようって。
ただ、私自身がどちらかと言えば膝下五センチ以上っていう規格に満足していたので、採用はしなかったけど。
そういや、そんな話を引き継ぎの時に心炉がいるところでもしてたっけ……たぶん、それを覚えてて今回ぶち込んで来たんだろうな。
そして効果はてき面だったわけだ。
「これから各所に働きかけて、公立校だから多分県とかも通して……どんなに早くても来年の春からかな。採用さえ決まれば、今の子たちは折るだけでも良いだろうけど」
「星さんは折るんですか?」
「パス。膝小僧見せるのってなんか抵抗ある」
「案外ウブなんですね」
「そう言うんじゃないから……そういう心炉はどうなのさ」
「私は、そうですね……校則の服装規定の更新さえされたら、一度くらいは短くしてみても良いかなと思ってます」
「へえ、以外」
かっちりした制服が好きなのだと思っていたけど……でも思えば、心炉の私服って結構カジュアルな感じだったっけ。
あのダサ――いとは言い切れない、アーティスティックなTシャツの良さは未だによく分からないけど、夏は普通にホットパンツとか履いてたしね。
以外ってほどはないのかもしれない。
「ただ、冬服は長い方が合うかもしれないですね。短くするなら夏服の時にチャレンジしたかったです」
「ウチの冬服、その辺のお嬢様学校よりカッチリしてるからね。タイも黒いし」
一方で夏服は真っ白な生地に大きな青いリボンタイだから、華やかさは雲泥の差だ。
正直、冬服シーズンは喪中会場か何かに見える。
「でも、こうやって変わって行けるところがこの学校のいい所なんでしょう。きっと十年後には、全く違う学校になってると思います」
「ノリと勢いは変わらないと思うけどね」
「それが無ければ、もっと保守的な学校になっていたはずですよ」
「ううん……とても心炉の発言とは思えない」
「あなたがアナーキーだから、舵取りのためにそうならざるを得ないんです」
「私はみんなの意見を取り入れて実現した結果だから」
「そういうの、流されてるって言うんですよ」
相変わらず痛いところを突いてくるね。
けど、その通りだ。
流されて流されて、どうにかここまでやって来た。
私は新しい仕組みを考える頭も、面白い提案を考えるセンスも無かったから、できる人にやってもらって、その責任を取ることに終始した。
お飾りの生徒会長だったからこそ、肩書とネームバリューを使える時には躊躇なく使って来た。
それだけ聞くと、なんかクソ野郎みたいだけど。
「今日という日を迎えて、ようやく肩の荷が下りたような気がします」
心炉の言葉は、感傷でもなんでもなくって、きっと純然たる事実だった。
とっくに解散こそしたけど、どこかでまだこの学校の中心にいるようなふわふわした感覚。
それを全校生徒の興味関心の矛先が変わったのを目の当たりにしたことで、ようやくちゃんと払拭できたような気がする。
「今のうちから釘を刺しときますけど、外から口を出すめんどくさいOGにはならないでくださいね? 今回の準備も相談に乗ったって聞きましたけど」
「しないよそんなこと。めんどくさいもん。この間のだって、頼まれたから相談に乗っただけだし」
「だったら良いんです」
そう言って、心炉はつんと澄ました顔で前を向いた。
肩の荷が下りたのなら、私に対する副会長面っていうか参謀面?
……保護者面?
そういうのも辞めてくれていいんだけど。
それはなんかもう、出会った時の距離感からそうだったので、変えられることじゃないのかもしれない。
ぶっちゃけ、昨日のアヤセとの仲直りがあって、絶賛本音トークブームな私だけど……そういや別に、心炉には今さら本音で話すことも何も無いな。
いつだって等身大の私で面倒をかけ続けた。
ある意味、親友とも違う気の置けない友達ってこういうのを言うのかもしれない。
もしくはちょうどよく割り切った関係。
あえて言うことがあるとしたら、苦手だったのは過去の話だよっていう、それくらいの事だろう。
そう考えたらあっちはどうだったのかなってちょっと気にはなるけれど、きっとお互い墓場まで持って行った方が良いんだろうなって。
そう思える私はちゃんと成長ができている。