放課後の学食前は今日も閑散としていた。
前にアヤセとこうしてここでダベったのはいつのことだっけ。
たぶん春先。
ユリのことで相談を受けた時だ。思えば、結局またあいつのことで話をするんだな。
私とアヤセの出会いは、なんてことはない入学した時に席が前と後ろだったってだけなのに。
今では間に必ずユリがいる。
それくらい私にとってユリは大きな存在だったし、アヤセにとってもそうなんだろうと思う。
実際、友達としても私よりもユリの方がなんぼでも楽しく過ごせる相手だと思う。
行動力があって、どんな些細なことでもオーバーにリアクションしてくれて、よく笑う。
だから私も好きなんだろうけど。
「今日は勉強会いいのか?」
「ユリが早く帰らなきゃいけないんだって」
「ああー、なんかそんなこと言ってたわ」
甘ったるいホットの缶コーヒーを傾けながら言葉を交わす。
いつも通りに見えるけど、どこか置きにいったような、微妙な距離を感じる。
今日はそれをやめに来たんじゃないかって奮い立たせて、胸の奥から言葉を振り絞った。
「こないだはごめん」
隣で、アヤセがぐっと息を飲むのを感じる。
顔を見なくたって、呼吸くらい何となくわかる。
それくらい、この高校生活を一緒に過ごして来たんだ。
「それは、私の方が悪かったって。何回謝ってんだって感じかもしれんけど」
「でも、私が話めんどくさくしちゃったから。だから謝りたくて」
「ん~!」
アヤセは、どこかむしゃくしゃした様子で頭をかいた。
「ダメだ。うまい落としどころが見つからん」
「なにそれ」
「お前はさあ、良い子ちゃん過ぎるんだよ」
「はあ?」
なにそれ。
そんなんでキレられた(?)の初めてなんだけど。
そもそも落としどころとかそういう話じゃなくって、私が全面的に謝りたいっていうことなんだけど。
「私さ、小さい頃から店手伝ってたから、あんまり人と話すのって苦じゃねーんだよな」
まあ、あんたのコミュ力は誰もが知るところだよ。
ユリみたいな体当たりな感じじゃなくって、なんていうか、人と接するのが上手いっていうか。
「だからたまに距離感バグっちゃうっつーか、相手と自分の親密度を読み違えちゃうっつーか、私が勝手に踏み込み過ぎるっつーか……」
「はあ……それで?」
「なんつーか、昔それで痛い目見たことあるんだよな」
「ふうん……」
あんまり想像できないけど。
でも、そう語る彼女の顔はいつになく真剣だったので、私は言葉のままを受け取ることにする。
「昔って、どんくらい昔?」
「今の話で気になるとこそこかよ」
「いや、小学校低学年なのか、高学年なのか、中学生なのか、もしくは高校生なのかで回想シーンの年齢感変わるじゃん」
「そこまで詳細にイメージしなくていいわ」
アヤセが呆れたように笑うので、それ以上突っ込まないことにする。
割と真面目に聞いたつもりだったんだけどな。
回想シーン云々は別として。
「まあ、中学んときだけど」
付け足すみたいに、アヤセはぽつりとつぶやく。
「女子中学生だけは宇宙人だから仕方ない」
「言えてる。宇宙語勉強してたら上手く行ってたんかな?」
「ネリリキルルハララしてたら良いと思うよ」
「うわ、なつっ! 合唱コンクールで歌ったわそれ」
こっちは合唱あるってのが初耳だよ。
帰ったら動画サイトで調べてみよう。
「まー、そんなんで高校入ったらもうちょっと上手くやろうって意気込んでたところに、最初に出会ったのが星なわけ」
「別に、席が前後だったってだけで、そんな劇的な出会いでもなかったでしょ」
「いや、当時の私のとっちゃ十分すぎるほど劇的だった」
アヤセは力いっぱいに否定する。
そこまで言われたら逆に心配になるんだけど。
私、そんな記憶に残るほどのことした覚えがないのに。
「とりあえず席近くのヤツと仲良くしようとするわけじゃん。入学したての時は、そんな知り合いとか居ないわけだしよ。『よろしく』って挨拶して」
「私も『よろしく』って返したじゃん。たぶん」
「そこまでは良いんだって。その後、私が自分の名前好きじゃないからって『文世だからアヤセって呼んで』っつったらお前なんて答えたよ」
「え……それ覚えてない」
アヤセは、なんか最初からアヤセだったような気がするし……当の本人は、めちゃくちゃ呆れたようなため息をついて、それから伏し目がちにアンニュイな表情を浮かべた。
「こんな顔してさ、『気が向いたらね』……って」
「……うそでしょ? 私、そんな最低なこと言った?」
「言った! 間違いなく言った!」
いや……いやいやいや。
ごめん、本当にまったく、微塵も覚えてない。
正直、自分でもどうかと思うくらい当時は尖ってたと思うけど、それでもそこまでじゃない……と……思いたい……よね。
「中学時代の失敗を克服して精一杯の高校デビューをしようとした私にだぜ? ひどい仕打ちだと思わんかね、君?」
「そん……なこと言われたって、アヤセの事情なんて知らないし」
「そう! まさにそれ!」
アヤセがパンと手で膝を鳴らす。
八○デニール越しに良い音が響いた。
「事情なんて知るかよって――普通なら気を遣うファーストコンタクトを投げ捨てる暴挙! んなもん、まともな女子中学生を経てるやつなら考えもしないだろうよ」
それは褒めてるの?
けなしてるの?
「でも、その一言でなんか無性に……あ、私、高校生になったんだなって、いたく感動しちまったんだよなあ」
「それ、本気で考えてたなら重症だと思うよ」
「ああ、重症だった」
アヤセはクツクツと笑って、それから私と目を合わせる。
「そんで救われた」
「大げさだって」
「んで、まずこいつと友達になろうって思った」
「私が最初でご愁傷さま」
「もし最初に星と出会ってなかったら……うーん、私も続先輩みたいになってたかもな」
それは絶対にやめて欲しい。
あんなのが二人も近くにいたら私の身が持たない。
いや、そん時は私とアヤセは友達じゃないから、傍にはいないか……?
ううん……でもなんだかんだ、アヤセなら生徒会には入ってる気がする。
それこそ続先輩とかと通じる形で。
だとしたら、なんだかんだで一緒に幹部やって接点が増えてたのかな。
もしもの話をしたって仕方がないんだけどさ。
「ごめん、アヤセ」
「だから謝られても、私も――」
「そうじゃなくって」
私はひと呼吸おいて、それから溜めに溜めたものを、一気に吐き出すつもりで口にする。
この三年間の一番の負い目。
地球から月の裏側が見えないみたいに、ずっと表情の裏に隠し続けてきたこと。
私の想い。
思えば私はずっと、この機会がやってくることを望んでいたのかもしれない。
「私、ユリのことが好き」
「……お、おう」
私の言葉があまりにまっすぐ過ぎたせいか、流石のアヤセも気圧されてたじろいでいた。
そんな反応されると、覚悟を決めたはずのこっちまで恥ずかしくなるんだけど。
私は照れ隠しみたいに、言葉の続きを探した。
「アヤセのことも好きだよ」
「お……おう?」
「でも、ユリへの好きと、アヤセへの好きは違う好きだから」
「なる、ほど?」
言葉を噛みしめるように、アヤセはポツポツと答え、頷く。
「でも、付き合ってはないよ。告白もしてない。そうなったらいいなって思ってはいるけど」
「ふうん……」
さっき私がそうしたように、アヤセは小さく息を吐く。
これもまた同じで、きっと言葉のままを受け取ろうとしてくれてるんだろうなっていうのが態度からひしひしと伝わった。
やがて腑に落ちたのか、彼女はうんと背伸びをしながらぼんやりと宙を見上げる。
「お前も、恋とかするヤツだったんだなあ……気が向いたら」
「喧嘩売ってる?」
「生ものだから消費期限今日までな?」
「よーし買ったげる。今日、久々にドーナツ食べたい気分だからドリンク奢りね」
「お前、それ、まだ体調悪いだろ。太るぞ」
「そんな小粋なトークができるなら、アヤセはすっかりこの学校に染まってるよ」
「おう。入った時からな」
それが人生においていいことか悪いことかは置いておいて、アヤセが笑った。
たぶん、私も笑ってた。
それで良いんだって思えることが一番大事だと思う。