きまずい。
昨日、あんな別れ方をしてしまったせいか、今朝は学校へ行くのが最高潮にダルかった。
あと超お腹痛い。
無理しないで休めばよかったかな。
女子校というのもあってか、体調不良による休みは度が過ぎなければ割と寛容だ。
それは理解しているけど、逆にあんな別れ方をしてしまったからこそ、今日はちゃんと登校しないとっていう気持ちの方が勝った結果だった。
これで休んだら、めちゃくちゃ気にしてんじゃないかってアヤセに思われちゃう。
それで余計に気を遣われたり、ぎくしゃくしてしまったりっていうのが嫌だった。
結局、きまずいっていう状況に変わりはないんだけど、前向きさには大きな差があると思う。
あの後アヤセからは、「今日は悪かった」っていうメッセージが一件だけ届いた。
私はちょっと時間を置いてから、寝る前に「いいよ」ってだけ返したけど。
今朝になって確認したら、ただ既読がついただけで終わっていた。
正直、言い方に関しては完全に私が悪かった。
あんな感じ悪い風に言わなくたって……っていう自責の念でいっぱい。
それについては謝りたいし、仲直りだってしたい。
でもそのためには、昨日の話の続きをしなきゃいけない。
ホントの気持ちを話すのか。
それとも嘘を吐くのか。
私がずっと彼女に対して先延ばしにしてきたことに決着をつけないといけない。
けど、今日それができるのかって言われると……私にはまだ、覚悟と思い切りが足りない。
うまいこと、話題には触れずに仲直りだけできないかな。
そうして昨日なんて無かったみたいに、以前の関係に元通り――なんて上手い話はあるわけがない。
「体調悪いんですか?」
頭上から心炉の声が降って来る。
休み時間はもっぱら机の上につっぷして過ごしていたせいか、心配をかけてしまったみたいだ。
私は顔を上げて無理矢理に笑顔を浮かべる。
「大丈夫……って言えたらいいんだけど。ちょっと、お腹ヤバくて……」
「ああ……」
ぼかしたけど伝わったようで、心炉は余計に心配そうな顔をしながらちらりと周囲を見渡した。
「保健室まで付き添いましょうか? 薬とかあります?」
「それなら……」
私は鞄からポーチを取り出す。
化粧品とか必要なアメニティを全部まとめた毎日の必需品。
心炉は、半ば奪い取るようにしてポーチを手に持つと、「行きましょうか」と言って手を差し出してくれた。
途中、念のためトイレに寄って、心炉に手を引かれながら保健室へ向かう。
入口に「職員室に居ます」という札がかけてあったけど、鍵はかかっていなかったのでそのまま入らせてもらうことにした。
心炉に飲み水を用意してもらって薬を飲む。
二種類持ち歩いているうち、調子を整える方じゃなくて、直接痛みを止める強い方。
昼休み前ですきっ腹に入れるのは気が引けたけど、文字通り背に腹は代えられない。
「利用者名簿には私が記入しておきますから、星さんはそのまま休んでいてください」
「……ありがと」
何か考えて言葉を返すのも億劫で、素直にお礼だけ言ってベッドに横になる。
机に座ってるよりはいくらかマシかな。
でもリラックスできる分、余計痛みに敏感になってきたような気もする。
寝ても覚めても苦痛。
こんなに酷いのは生まれて初めてだ。
しばらくして、記入を終えたらしい心炉が戻って来た。
傍らの丸椅子を持って、ベッドの傍に腰かける。
「いつもそんなに酷……くはないですよね?」
私は黙って頷き返す。
もちろん全く平気ってわけじゃないけど、少なくとも日常生活に支障が出たことはない。
「受験勉強にクリスマスコンサートの練習にと、最近お疲れなんじゃないですか?」
「それは心炉も一緒でしょ」
「私の場合、コンサートの方はそれほど重荷ではありませんから……別に手を抜くってわけじゃないですよ?」
「分かってるよ」
ぶっきらぼうに答えて、ごろんと心炉と反対の方に寝返りを打つ。
なんか今、この状況で優しくされんのってダメだ。
泣いたりするわけじゃないけど、なんかダメだ。
「……何かありました?」
だというのに、背中に優しい言葉が降り注ぐ。
私は咄嗟に「いや……」と言いかけて、考え直して首を縦に振った。
「私に、何か力になれることはありますか?」
「ごめんだけど、無い、かも」
「そうですか」
答えた彼女の声色は、特に失望したり、落胆しているような様子はなかった。
ただ冷静に、できることはないんだっていうのを理解してくれただけのよう。
「というより、謝れば済む話だと思うから……」
「思うってことは、思わない部分もあるんですね」
くっ……鋭い。
表情は見えてないはずだし、ひっそりと悔しがったつもりだったけど、彼女にはお見通しみたいで小さく笑われてしまった。
「星さんって、基本的に自分が正しいって顔してますよね」
「……そうかな?」
「もちろん、妥当性とか必要性とかに裏打ちされたものだと思いますけど」
「そういうことなら心炉も同じだと思うけど」
「私はルールを重んじているだけです」
「そういうとこでしょ」
再び寝返りをうって天井を見上げる。
薬が効いてきたみたいで、さっきまでに比べたらだいぶマシになってきたような気がする。
市販の薬って効果はあんまり信用してないからプラシーボ効果かもしれないけど。
だからこそ効いてる気がするって思えるのは大事だと思う。
ふと傍らを見ると心炉と目があった。
彼女は伏し目がちに、じっと私を見つめる。
「謝れば済むなら、さっさと謝って終わらせてくださいね」
「……そうだね」
そういう、突っぱねたような言い方が今は心地よく感じられた。
そうだよね。
間違えたとか、誰が悪いとか、そういう話じゃなくって、もう一度歩み寄れるのかどうかって問題だ。
歩きだしたら、もう止まらないものかもしれないけど。
その時は一緒に歩いてくれるんだって……信じてみても良いんだよね。
だって親友なんだから。