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11月27日 駄々をこねるまえに

 最近、土日が過ぎて行くのが早い気がする。

 体感時間はたいてい忙しさに比例するもので、つまるところ、予定が詰まっているということである。

 理由はもう再三話題にあげていることだから、今さら特筆するものでもない。

 ただ、どうにかこうにかこなしている自分自身を、いくらか褒めてあげたい気分にはなる。


 今や、勉強している時間が一番の安らぎの時間かもしれない。

 いくらやっても終わりがないように感じるのは変わらないけれど、これまでの積み重ねがある分、ホームグラウンドで戦っているような安心感がある。

 家で勉強してるんだから、文字通りのホームグラウンドなわけだけど。


 今日は、入試の中でも配点が大きい英語を集中的に。

 その隣で、ユリは世界史の教科書を延々と読み返していた。


「今どの辺?」

「おすまんとるこー」


 何ともなしに尋ねると、彼女は秘密道具でも出すようなイントネーションで答えた。


「読んでるだけで覚えられる? 私、単語だけでも手ぇ動かさないと、記憶力が不安なんだけど」

「前に一回みっちりやったから、復習ぐらいの温度感かなー」


 まあ、そのくらいならナナメ読みで十分か。

 そもそも暗記の方法なんて人それぞれだし。

 私はノートに書き写して、身体で覚える方。

 クラスメイトでは、赤いシートで文字が隠れる参考書を使って、虫食い型式で覚えるのとか良くきく。


「ユリ、暗記教科なにげに得意だよね。ちゃんと勉強さえすればだけど」

「写真記憶とかほんとにあったら欲しいよねー」


 写真記憶って言うと、あれか……一度見たものを、そのままそっくり写真にとったように覚えてるってやつ。

 そんな芸当ができるのなら、授業で居眠りさえしなければどんなテストも朝飯前だろうね。


「そんな特技ないんだから、地道に覚えるしかないよ」

「あっ、でもね。なんちゃって写真記憶なら役立ってるよ」

「なに、その〝なんちゃって〟って」

「えっとねー、例えば世界史のこのページに書いてあることを、文字じゃなくってページそのもので覚えるの。この辺に挿絵があって、この辺に文字があって、ここにコラムがあって――みたいな」

「え……それ、何か意味あんの?」

「大ありだよ! 例えば『いついつどこどこの王様を答えよ!』って問題が出たとしたら、『あー、あの挿絵のあるページの、左端の辺りに書いてあったなー』って思い出すの」

「……ん?」


 腑に落ちないというか、単純に言ってることが理解できなくって首をかしげてしまった。

 いや、なんか、何となくわかるような分からないような。

 感覚的には、虫食いで覚えるのと似たようなものなのかな……?


「完璧に記憶してるわけじゃないから、思い出せないのは思い出せないけどねー。手っ取り早く暗記パン欲しいなー」


 それなら分かる。

 本のページに押し付けたパンを食べると、そのまんま一字一句全部覚えられるってやつだよね。

 私も欲しい。


「いまいち分かんなかったけど、点数が上がるなら良いんじゃない?」

「うんー。だから心のシャッターをパシャパシャ切ってるよ」


 そう言ってユリは、カメラのシャッターみたいに、目蓋を大げさにバチバチさせた。

 彼女に合っているならとやかく言うほどじゃない。

 実際、じわじわとだけど伸びてはいるようだし。

 効率がいいのかどうかは疑問はあるけれど。


「期末テスト前だし、今年の追い込みだと思って頑張りな」

「はーい」


 ユリは生返事をしながら、教科書をペラペラパチパチ続ける。

 別に、パチパチはもういらないんじゃないかな。

 さっきまでしてなかったわけだし。


「期末テスト、平均点取れるかなあ」

「平均点じゃなくて、順位で真ん中以上だよ」

「それって平均点じゃないの?」


 ううん……やっぱり数学はまだまだ精進が必要みたい。


「そもそも平均点って赤点ラインでしょ」

「あ、言われてみればそうだね。あたし、平均点は取れてる!」


 これまではギリギリだったけどね。

 いや、この間の中間はまだマシだったかな。


「ここで目標点取れなかったら、年末年始どころかクリスマスもないよ」

「う……それはヤダなあ」


 ユリはギクッとしながら、しおしおと机の上にしおれていく。

 私としても、それは勘弁願いたい。

 でも、私の告白とユリの将来を天秤にかけることになら、どっちを取るのかは明白だ。

 そうならないようにするために。

 そして単純に、彼女にはちゃんと大学に受かってほしい。

 想い人である前に友達なんだから。


「ユリ、今週末っていつ家のことやりに行く?」


 この場合の家って言うのは、もちろんユリの家のことだ。

 今はウチに居候しているとは言え、一週間に一回は換気をして、ざっと掃除としたいというのはユリのたっての希望だった。


「特に決めてないよ」

「じゃあさ、土曜日にできる?」

「良いけど、何か用事あった?」

「いつものテスト期間の勉強会――と、ついでに見せたいものがあるから」


 ユリは小首をかしげたまま、ちょっぴり曖昧に頷き返してくれた。

 勉強会も、確かに予定には入っている。

 だけどそれとは別に、私たちにはその日に集まる用事がある。


 昨日のことで、流石に限界だと悟った。

 そもそも、二重生活みたいなのが不器用な私には無理な話だったんだ。

 ユリにクリコンのことを話す。

 どうせだから、みんなの居るところで大々的に。

 ユリも知ってる天野さんもいるし、環境としては悪くない……と思う。


 二十四日の当日にユリに用事ができてしまったという、場当たり的な免罪符もあるけれど。

 それ以上に、全部ぶちまけたうえで素直に応援してもらえたら、それが一番いいのは言うまでもない。

 お父さんの入院もあって、いろいろ大変で、ユリも自分の将来のことを真面目に考えるようになった。

 今の彼女ならきっと、駄々をこねる前に、自分で最良の選択ができるだろう。

 私はそうだと信じているし、信じたい。

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