最近、土日が過ぎて行くのが早い気がする。
体感時間はたいてい忙しさに比例するもので、つまるところ、予定が詰まっているということである。
理由はもう再三話題にあげていることだから、今さら特筆するものでもない。
ただ、どうにかこうにかこなしている自分自身を、いくらか褒めてあげたい気分にはなる。
今や、勉強している時間が一番の安らぎの時間かもしれない。
いくらやっても終わりがないように感じるのは変わらないけれど、これまでの積み重ねがある分、ホームグラウンドで戦っているような安心感がある。
家で勉強してるんだから、文字通りのホームグラウンドなわけだけど。
今日は、入試の中でも配点が大きい英語を集中的に。
その隣で、ユリは世界史の教科書を延々と読み返していた。
「今どの辺?」
「おすまんとるこー」
何ともなしに尋ねると、彼女は秘密道具でも出すようなイントネーションで答えた。
「読んでるだけで覚えられる? 私、単語だけでも手ぇ動かさないと、記憶力が不安なんだけど」
「前に一回みっちりやったから、復習ぐらいの温度感かなー」
まあ、そのくらいならナナメ読みで十分か。
そもそも暗記の方法なんて人それぞれだし。
私はノートに書き写して、身体で覚える方。
クラスメイトでは、赤いシートで文字が隠れる参考書を使って、虫食い型式で覚えるのとか良くきく。
「ユリ、暗記教科なにげに得意だよね。ちゃんと勉強さえすればだけど」
「写真記憶とかほんとにあったら欲しいよねー」
写真記憶って言うと、あれか……一度見たものを、そのままそっくり写真にとったように覚えてるってやつ。
そんな芸当ができるのなら、授業で居眠りさえしなければどんなテストも朝飯前だろうね。
「そんな特技ないんだから、地道に覚えるしかないよ」
「あっ、でもね。なんちゃって写真記憶なら役立ってるよ」
「なに、その〝なんちゃって〟って」
「えっとねー、例えば世界史のこのページに書いてあることを、文字じゃなくってページそのもので覚えるの。この辺に挿絵があって、この辺に文字があって、ここにコラムがあって――みたいな」
「え……それ、何か意味あんの?」
「大ありだよ! 例えば『いついつどこどこの王様を答えよ!』って問題が出たとしたら、『あー、あの挿絵のあるページの、左端の辺りに書いてあったなー』って思い出すの」
「……ん?」
腑に落ちないというか、単純に言ってることが理解できなくって首をかしげてしまった。
いや、なんか、何となくわかるような分からないような。
感覚的には、虫食いで覚えるのと似たようなものなのかな……?
「完璧に記憶してるわけじゃないから、思い出せないのは思い出せないけどねー。手っ取り早く暗記パン欲しいなー」
それなら分かる。
本のページに押し付けたパンを食べると、そのまんま一字一句全部覚えられるってやつだよね。
私も欲しい。
「いまいち分かんなかったけど、点数が上がるなら良いんじゃない?」
「うんー。だから心のシャッターをパシャパシャ切ってるよ」
そう言ってユリは、カメラのシャッターみたいに、目蓋を大げさにバチバチさせた。
彼女に合っているならとやかく言うほどじゃない。
実際、じわじわとだけど伸びてはいるようだし。
効率がいいのかどうかは疑問はあるけれど。
「期末テスト前だし、今年の追い込みだと思って頑張りな」
「はーい」
ユリは生返事をしながら、教科書をペラペラパチパチ続ける。
別に、パチパチはもういらないんじゃないかな。
さっきまでしてなかったわけだし。
「期末テスト、平均点取れるかなあ」
「平均点じゃなくて、順位で真ん中以上だよ」
「それって平均点じゃないの?」
ううん……やっぱり数学はまだまだ精進が必要みたい。
「そもそも平均点って赤点ラインでしょ」
「あ、言われてみればそうだね。あたし、平均点は取れてる!」
これまではギリギリだったけどね。
いや、この間の中間はまだマシだったかな。
「ここで目標点取れなかったら、年末年始どころかクリスマスもないよ」
「う……それはヤダなあ」
ユリはギクッとしながら、しおしおと机の上にしおれていく。
私としても、それは勘弁願いたい。
でも、私の告白とユリの将来を天秤にかけることになら、どっちを取るのかは明白だ。
そうならないようにするために。
そして単純に、彼女にはちゃんと大学に受かってほしい。
想い人である前に友達なんだから。
「ユリ、今週末っていつ家のことやりに行く?」
この場合の家って言うのは、もちろんユリの家のことだ。
今はウチに居候しているとは言え、一週間に一回は換気をして、ざっと掃除としたいというのはユリのたっての希望だった。
「特に決めてないよ」
「じゃあさ、土曜日にできる?」
「良いけど、何か用事あった?」
「いつものテスト期間の勉強会――と、ついでに見せたいものがあるから」
ユリは小首をかしげたまま、ちょっぴり曖昧に頷き返してくれた。
勉強会も、確かに予定には入っている。
だけどそれとは別に、私たちにはその日に集まる用事がある。
昨日のことで、流石に限界だと悟った。
そもそも、二重生活みたいなのが不器用な私には無理な話だったんだ。
ユリにクリコンのことを話す。
どうせだから、みんなの居るところで大々的に。
ユリも知ってる天野さんもいるし、環境としては悪くない……と思う。
二十四日の当日にユリに用事ができてしまったという、場当たり的な免罪符もあるけれど。
それ以上に、全部ぶちまけたうえで素直に応援してもらえたら、それが一番いいのは言うまでもない。
お父さんの入院もあって、いろいろ大変で、ユリも自分の将来のことを真面目に考えるようになった。
今の彼女ならきっと、駄々をこねる前に、自分で最良の選択ができるだろう。
私はそうだと信じているし、信じたい。