いつもの勉強会のさ中。
ユリがトイレに立ったのを合図に、私はふたりに日曜日の計画を話した。
「結局、伝えることにしたんですね」
心炉のため息がどういう意図によるものか計りかねたけど、今の私はありのまま頷くほかない。
「まあ、状況的に隠しておく意味もなくなっちゃったし」
「当日に親の退院が被るってんじゃ、演るんでも客でも、会場に来てる暇ないだろうしなぁ」
「それに、隠しとくのも流石にしんどくなって来たし……」
私がそうつぶやくと、アヤセはポンポンと背中を優しく叩いてくれた。
「ま、大っぴらに練習できるのに越したことねーしな」
「残りの期間も短いのに、出来栄えがアレでしたからね」
相変わらずエグい心炉の正論は甘んじて受けておくことにしよう。
「あれから流石に練習したし、今は〝いい演奏〟にするためのブラッシュアップ段階に入れてると思うよ」
「たぶん、それが一番時間がかかるんだけどな」
「ガルバデの時には、完成度はそこまで求めなかったから間に合ってたんだなって、そう思うよ」
あの時はひと月くらいしか時間が無かったから、とにかく合奏を完成させるので精一杯だったし、それが到達目標みたいなところがあった。
もともと映画の方は、音は別撮りで、ミュージックビデオみたいにそれらしい演奏のマネさえできればOKみたいなところがあったけど、それじゃあ味気ないってことでなんやかんやライブができるくらいに仕上げたのがガルバデだ。
曲の完成度で言えば、まあ、軽音楽部の新入生の初ライブくらいのもの。
学園祭の空気とテンションだから許されたし、お客も乗ってくれただけのことだ。
だけどクリコンは違う。
正真正銘の音楽祭で、他の出演者も、そしてお客も、それなりの完成度を求めてやってくる。
ガルバデの完成度じゃ、間違いなく場違いだ。
「ところで、私らって一曲しか練習してねーけどいいのか? 確か、持ち時間十分くらいあるだろ」
「それは、スワンちゃんが何か考えとくって言ってた気がする。今の時点で何も提案が無いってことは、私らが気に揉む必要はないんじゃない」
もしくは、これから準備して間に合う程度の何かを挟んでくるか。
どっちにしろ、今の私たちは目の前の曲に集中するしかない。
「ジャズですからね。アドリブソロで時間を引き延ばすこともできますよ」
「ああー。私も最近、色んなジャズの動画見てるけどカッコいいよな」
「アドリブは勘弁なんだけど……ソロするにしても事前に楽譜が欲しい」
「まあ、やるっつってもトランペットとかサックスとか花形楽器だろ。あと映えそうなのはピアノと……ワンチャンでドラム? つかドラムってそもそもソロみたいな見せ場ちょいちょいあるしな」
「初心者ふたりが良い感じに地味パートを担当してるわけだね」
「そんなつもりで言ったんじゃねーけどさぁ」
アヤセはバツが悪そうに唇を尖らせた。
大丈夫、別に責めてるわけじゃないよ。
それに穂波ちゃんのトロンボーンを地味というのも申し訳ない。
むしろ楽器的には、金管の中で一位二位を争う人気だろうし。
マーチングバンドや吹奏楽部で、トロンボーンパートが取り合いになるっていうのはよく聞く話だ。
あの長く伸びた弓矢かバズーカ砲みたいなビジュアルは、他のどんな楽器よりも引きが強い。
「そう言えば、ガルバデで思い出したんですが……」
不意に、心炉が口を挟む。
また何を言われるのかと思いきや、彼女の口から出て来たのは私たちがすっかり忘れていて、それでいて重要な事柄だった。
「私たちのチーム名って何にするんですか?」
「ああ……」
確かに……まだ考えてなかった。
ガルバデこと〝ガールズバンド・オブ・ザ・デッド〟は、自主製作映画のタイトルをそのまま流用したものだ。
今にして思えば、劇中劇的なバンドにオブ・ザ・デッドな名前を付けるのって、すごくメタいなって気がするけど……まあ、そこも学園祭の雰囲気で押し切った。
「流石にガルバデはねーよな」
「毛色が違い過ぎるでしょ……南高校有志合奏団的なので良いんじゃない」
「流石にセンス無さすぎです。星さんって、興味ないものだととことん適当ですよね……」
ふむ、どうやらバレてしまったらしい。
実際のところ、「え、チーム名とか別に何でもいいじゃん」って思ってる私がいる。
「ついでに言えば衣装もだな。制服でも構わねー気はするけど。スイングガールズみたいで」
「コンセプトが定まって統一感さえあれば、市販のものでも良いと思いますけどね。例えば、同じ色やモチーフのTシャツで揃えるとか」
「色は良いけど、同じ柄のTシャツはヤだなあ……」
「同じ柄のクラスT着といて何言ってるんですか。あ、なんならまた私がTシャツ作りましょうか?」
思わず口からこぼれてしまった不満を、心炉は軽くスルーしたうえで上からかぶせて来た。
いや……流石にあのソウルフルなTシャツは、二度と五勘弁願いたいんだけど。
「年末だし、流石にTシャツは死んじゃう……揃えるにしても他のにしよう。思いつかなかったら制服で」
「ま、それが無難だな」
心炉はどこか残念そうにしてたけど、とりあえずひとつ問題は解決したね。
肝心のチーム名の方は全く進捗が無いけど、まあよしとしよう。
上手いこと話がひと段落したところで、廊下の先からスタスタ歩いてくる音が聞こえる。
ユリが戻って来たんだろう。
私たちは示し合わせたように、クリコンの話題を抑える。
「ふうー、この時間なのになぜかトイレ混んでたよ」
「テスト前だからね。みんな居残り勉強してるんでしょ」
「確かに、他の教室も結構人残ってたかも。あたしも、うかうかしてられないね!」
ユリは、濡れた手をハンカチでふきふきしながら席につく。
こっちは勝手に神経浸かってんのに、本当に能天気で笑えてくるよ。
それでこそユリって感じがする。