本日は、十一月二十九日、火曜日。
日付はぶっちゃけどうでもいい。
いや、完全にどうでもいいわけではないけど、曜日の重要性に比べたら大したものじゃない。
火曜日。
心炉が家庭教師の日。
だからこそ、放課後勉強会を休みにしてもやらなければならないことがあった。
「心炉の誕生日か。よー覚えてたな」
「まあ、前に聞く機会があったから」
ユリ、アヤセと一緒にやってきたションピングモールは、平日の夕方ということもあってか、いくらか閑散とした印象だった。
お客と言えばおじいちゃんおばあちゃんか、ベビーカーを引いたママさんネットワーク的な集団か、他校らしき高校生がちらほら。
どこも期末テストが近いのか、遊びに来ているというよりは、フードコートやカフェで勉強している姿が目に付いた。
「心炉ちゃんかぁ。何あげたら喜ぶかなぁ?」
「お、珍しくユリが誕プレを決めあぐねてるな」
「うーん。だって、星とかアヤセに比べたら、あたしなんてほんの数ヶ月のお付き合いだし」
それを言ったら、私だって一年そこらの付き合いでしかないんだけど。
すると、ユリと一緒になって考え込んでいたアヤセが、投げやりに私に視線を振った。
「そういうわけで、心炉が喜びそうなものランキングベストスリーをどうぞ」
「なんで私に振るの」
「元会長夫婦だろ! なんとかしろー!」
「ばっ……」
冗談でもユリの前でそう言うのやめてよ。
私はアヤセの頭を殴る――までは言わないけど、ゲンコツで押し込むように小突いた。
「まあ……とりあえず紅茶は好きなんじゃない。ほら、前にアヤセにあげた、どっかの高級店の優待券。あの店とか普段使いのお気に入りっぽいし」
「えー、なにそれ、あたし知らない!」
「たぶん、ユリも何かの機会に飲んではいると思うよ」
あれ……でも、どうだったかな。
ユリが居る時に、心炉がお茶を淹れる機会ってあったっけ。
この間ウチに泊まった時は、ウチにあるもの飲んだし。
記憶に自信が無かったけど、ユリも「そうかも?」なんて半信半疑で納得していたので、それっぽいすまし顔を浮かべておいた。
「あとは、可愛いものよりは綺麗なものが好き……っぽいかな。ホワイトデーであげたハンカチは喜んでたよ」
「ああ、あれなぁ。選んだ理由、超適当だったけどな」
ホワイトデーに心炉の分のお返しを準備してなくって、慌てて三人で買いに行ったのが三月の話だったな。
あの時はハンカチをあげたんだけど、今以上に心炉のことなんて良く知らなかったから、とりあえず雰囲気で似合いそうなものを選んだんだっけ。
「選んだ中で『一番お嬢様っぽいやつ』とか、そんな理由で決めたねぇ」
「お嬢様っぽいヤツだよなって印象しかなかったからな。実際、お嬢様だったっぽいし」
「しみじみ口を挟んでないで話聞いてくれる?」
たったベストスリーなのに全然話が進まない。
私はふたりに釘を刺しておいてから、もうひと要素何かないかと記憶を掘り起こす。
そして、強烈に焼き付いているものを一点、奥底から引っ張り出す。
「ああ、ダサ――個性的なTシャツが好き」
本人もいないし、思わず口が滑りかけたけど、どうにか軌道修正できた。
美術館のショップとかで買うのが趣味って言ってたっけ。
あと、ネットで買うとか。
しかしまあ、ちゃんと考えてみたら三つくらいするする出てくるもので、なんだかんだ互いのこと知る仲になったんだなと、私もしみじみしてしまう。
「じゃあ決まったな。適正的に考えたら、ユリが紅茶。私がなんか上品なの。んで星がTシャツな」
「なんでなの?」
さらっと進んだ話に逆らうように、口を挟んでおく。
「いや、『なんか上品なの』とかガバガバチョイス任されるよりは良いかもしんないけど……」
「でも、フツーに考えたら飲食系のセンスはユリだろ?」
「うむ、任せたまへ」
「で、残りどう割り振るって考えたら、まあ、こうだろ?」
「別にアヤセがTシャツでも良いじゃん」
クラスTづくりの時、何か意気投合してたし。
センスは合うんじゃないの?
むしろ私は、彼女のセンスが全然分かんないんだけど。
「ガバガバチョイスよりは良いんだろ」
「う……それは」
自分で言っといてなんだけど、なんか上品なのって何……?
それよりはTシャツってだけである程度喜んでくれそうだし、確かにマシな選択肢……なのかな。
「んじゃ、いったん解散! 三○分後くらいに集合な」
決めあぐねている間に、ふたりは蜘蛛の子を散らしてしまった。
まあ、いっか……とりあえずアパレルコーナーに行けば良いのは間違いないんだから。
とりあえず、専門店コーナーのカジュアルめのお店を選んで中をうろついてみる。
心炉が喜ぶTシャツのセンス……全く分からん。
悪いけど、今まで目にしてきて『良いなそれ』って思ったこと一度もないし……それって逆説的に、私が超ダサいって思ったガラだと最高にセンス良かったりするのかな。
ちょと博打っぽいけど、ハズしてもネタっぽく振舞えれば傷は浅く済むかもしれない。
よし、それでいこう。
――と、方針を決めたのは良いのだけれど、思いのほかダサいTシャツって売ってない。
そりゃ、売りものなんだから、当たり前なんだけど。
ヴィレヴァンとかあれば頼りになるんだけど、残念ながらこのモールにはない。
いっそファンシーショップ的なところの方が、視覚的にダサいのはいっぱいあるかな。
でも、同じダサいでもダサカワ系は響かないかもしれないしな。アメカジショップとかにある、謎の英字Tシャツとかも、ダサさの方向性が違う。
これは男子中学生か、垢ぬけない地方のバンギャ的なダサさだ。
てか、なんでこんな真面目にダサさについて頭を悩まさせてるんだろう。
プレゼント選びとして、方向性が間違ってるような気がする。
あと、ダサさがゲシュタルト崩壊してきて、一周回って「これ全然ダサ足りないな」とか思い始めてきちゃったじゃん……。
「それで選べずに三○分を棒に振って来たと」
約束の三○分後、ふたりと合流した私は、「何の成果も得られませんでした」状態で無常を晒していた。
「そう言うアヤセも、何も買ってきてないじゃん」
「私はもういくつかアタリをつけてるから。ふたりが決めて来たなら、それ見てバランスとろうかなと」
くそ、抜け目ないな。一方のユリはというと、即断即決を決めて来たのか、既に紅茶専門店のお洒落なショッピングバッグを片手に下げていた。
「あたしも一緒に行って選ぼうか?」
「いや、ここで他人のダサイズムが割り込んでくると、スーパーノヴァが起きかねないから」
「星、何言ってるの?」
なんかもう、雰囲気で察してくれ。
とりあえずこれ以上、脳の容量を持って行く選択肢を増やすことだけは避けたい。
「心配しないで。次でキメてくるから」
「大丈夫? なんか薬キメてくるみたいなイントネーションになってない?」
キメるどころか、とっくにキマってるよ。
再度ふたりと別れて、アパレルの戦場へ繰り出す。
とりあえず、深く考えるのはよした方が良いのかもしれない。
今までいった店は、第一印象でピンと来なかったんだからハナから切り捨てよう。
全く期待できないガーリー系とか、フェミニン系のお店も当然省いて――
「あ……そうだ」
ひらめいた。
いや……ひらめいたって言って良いのかな、これ。
自信が無いって言うよりは、なんかもう何を選んでも正解がないような気がしてきて。
だったらいっそ……っていう、思考回路はショート寸前どころかとっくに焼け切ってしまっている。
一周回って、良いんじゃないかな……これで。自己肯定するように言い聞かせながら、私は目的の店に足を踏み入れる。
誕生日は明後日。
あとはこの判断を、二日後の自分が後悔しないかどうかって話だ。