朝ごはんよりは遅くて、昼ご飯よりはずっと早い。
昔流行った言葉だとブランチの時間に、私とユリは街はずれにあるカフェを訪れていた。
半年ほど前、天野さんに連れてきてもらったドカ盛り――とまでは言わないけど、たっぷりの料理がウリのお店。
街中の小洒落たカフェで出てきそうなパンケーキやらパフェやらが、見た目そのままにサイズ感だけ五割増しになったようなのをイメージしてもらえたらいい。
そこに、また天野さんと一緒に訪れていたのだった。
「ユリちゃんは、ここ初めてなんだよね。じゃあちょうど良かった」
「今日は、あたしも一緒にありがとうございまーす!」
ユリはさっそく、二段に重ねられた大判のパンケーキにかぶりついていた。
前は、天野さんと一緒に分けて食べたっけ。
もちろん、他の料理も食べるためのシェアではあったけど、迷いなくひとりで向き合うユリの胃袋は流石に頼もしい。
彼女は別に大食いというわけではないけれど、胃袋のサイズとその頑丈さに関しては、イメージする通りの性能だ。
きっと代謝がいいのだろうね。
そして、その上位互換が穂波ちゃんだろう。
「私からも、すみません。ふたりいっぺんになんて。あの、今日は自分たちで食べた分は出すので」
「いいよいいよ。おいでって言ったのは私だし。あと、今月はボーナス出るしね!」
天野さんは、鼻高々に胸を張る。
ボーナス。
私がその響きに一喜一憂するのは、まだまだ先のことだろう。
「ユリちゃんは、狩谷家はもうすっかり慣れた?」
「ほーへふねー」
「ちゃんと飲み込んでから喋りな。ほら、溢すから」
口をもごもごさせるユリの頬に、ナプキンを押し付けてやる。
ユリはそれを受け取ると、口元を軽くぬぐってから、ごくんと喉を鳴らした。
「おじさんもおばさんもよくしてくれるから、なんかもう実家ーって感じです」
「それは良かったね」
ユリが食べる姿を微笑ましそうに眺めていた天野さんが、私に同意を求めるように視線を送って来る。
私は、アツアツのホットコーヒーを口元で冷ますふりをして、視線をうまく外した。
「ウチは、もともともうひとり居ましたから。そんなに変わらないです」
「えー、でもあたし、明ちゃんの1.5倍くらいでやかましい自信があるよ!」
「自信があるなら、自己評価もちゃんとしな。2倍はやかましいわ」
「ががーん」
流石にそこまでとは思ってなかったのか、ユリは多少なりショックを受けた様子で「すいません」と呟いて頭を下げた。
「でもユリちゃんだったら、やかましいって言うより、賑やかって感じじゃない?」
「それはまあ、そうですけど」
現に両親だって、毎晩楽しそうにしている。
母親にいたっては、隙を見ては「ほんとにウチの子にならない?」なんて本人に探りを入れる始末だ。
反応に困るだろうからやめろって、見つけ次第言ってはいるけど。
「天野さんは、これから仕事なんですか?」
ユリの質問に、彼女は微笑みながら頷く。
「うん。でも、今日は遅番だから割とゆっくりできるかな」
「へえ~。ちなみに、なんでこの仕事を選んだんですか?」
「う~ん。理由はいろいろあるけど。接客業が合ってたからかな?」
「なるほど~」
ユリは興味深そうに頷いて、うまうまとパンケーキをほおばった。
傍から聞いてる分には、何とも中身のない会話だ。
でも、それってすっごく日常って感じがする。
何がどうそう思うのかは、説明が難しいけれど。
「もう受験も近いし、休みの日はほとんど勉強?」
「そうですね。家にいる間は、寝るか、ご飯食べるか、お風呂入るか以外は勉強です」
「むしろ、学校が息抜きだよねー」
「と言うユリの言葉が真実味を帯びるくらいには、勉強漬けです」
「そっか。私の時は、そんなガチガチに受験勉強しなかったもんな」
「音大ですもんね」
「それもあるけど、周りも半分くらいが進学で、半分くらいは就職って感じだったから」
「えー。天野さん、高校どこだったんですか?」
「北高だよ。私は音楽科だけど」
言われてみたら合点がいった。
そう言えば、あそこ音楽科なんてあったっけ。
「まあ、基本的には自他共に認める馬鹿校だからね」
「そんなことは……」
天野さんに釣られて、私も苦笑を返す。
まあ、ぶっちゃけ、学校のイメージだけで言えば馬鹿校だけど。
とは言え音楽科を有するからか、吹奏楽部なんかも強くって、ウチの高校とは全国大会の切符を争うライバル校だ。
互いにほぼ女子校というのも、火花を散らす要因になっている。
ほぼ、というのはお互いに書類上は共学校であり、中でも北高は、その音楽科に限り男子も若干名とっている。
北高生徒はそれを鼻にかけてくることが多く、血の気の多い南高生徒の青春ヘイトが全力で降り注ぐわけだ。
私にとってはどうでもいいことだけど。
「高校時代は、それこそバンドばっかやってたなぁ」
天野さんは、過ぎ去った青春に哀愁を漂わせながら言う。
けど、その哀愁よりも驚くべき話題を、立った意味耳にしたような気がする。
「吹奏楽部じゃなかったんですか?」
「え? うん。どうせ吹奏楽というか、オケは大学に入ってから散々やるだろうなって思ってたから」
「なるほど……そういう考え方もあるのか」
どうしてか、この手の人って小さい頃から今までずっと、目指す将来に向けて一直線って印象があった。
だからすっかり、天野さんもそっちの畑だと思っていたのだけど。
まあ、広く音楽をやってるって意味では、一直線なのかな……ううん。
「それこそ、ガールズバンドやってたんだよ。まー、声楽コースのイケメンは、ソッコーでパリピなバンドで掛け持ちの取り合いになって、そっからあぶれた余り物の集まりだったけど」
「はあ」
「でもパリピたちは、バンド内恋愛に他バンドも巻き込んで地獄絵図になって、初ライブも迎える前から共倒れしてたわ……ふふふっ、ざまぁみろ。やっぱりメスはメス同士が一番うまくいくのよ。互いに割り切って居られるから……ふふふっ」
「星、天野さんがなんか黒いよ?」
「うん。たまに頭おかしいから気にしないで」
そうアドバイスした私は颯爽と聞き流して、メニューを眺める。
お昼も近づいてるし、流石に少しお腹が減って来たな。
何かしょっぱくて味の濃いものが食べたい。
「ユリ、ジャンバラヤ頼んだら少し食べる?」
「食べる食べるー」
当たり前のように聞いてしまって、当たり前に返事されたけど、あんたパンケーキ食べた後にジャンバラヤ食べるの?
「あ、追加注文する? じゃあ私はタコライスにしようかな」
「飯ものふた皿も大丈夫ですか? 量的な意味で」
「大丈夫。思い出話してたら、今日はなんか食べられそうな気がする」
それは、ヤケ食いというやつなんじゃないだろうか。
もう何年も経ってるはずの話でそれだけストレスが溜まるなんて、いったいどんな高校生活を送っていたというのだろう。
あえて触れたくはないが、他校には他校の悩みというやつがあるのかもしれない。
「あの……二十四日のチケットあげるので、時間が合えば来てくださいね」
「もちろん。最初からいくつもりだったけど……あれ、何か急に優しい?」
「いつも良くしてもらってるので」
という一言を、私は彼女の目を見て言えなかった。
お世話になっているのは疑いようのない事実だし、嘘は言ってないんだけどね。
「あっ、そうだ。狩谷さんでもユリちゃんでも良いんだけど、須和さんに私の連絡先教えておいてくれる?」
「それは構いませんけど」
「良かった。この間、連絡先交換しようって話してたんだけど、つい忘れちゃって」
「歳ですか?」
あ、つい息をするように口から出てしまった。
優しくしようって思ったばっかりなのに。
「ひどい! 流石にそこまでじゃないよ……たぶん!」
「ダメだよ星ー。おねーさんにそんな事言っちゃー」
「はい、すいませんでした」
ふたりがかりで責められて、私は素直に謝る他なかった。
確かに今のは、完全に私が悪い。
でも、あまりにうち返しやすい球を放って来たんだもの……って、言い訳じみたことを、日記の中でくらいは発散させて欲しい。