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12月11日 川の流れのように

 朝ごはんよりは遅くて、昼ご飯よりはずっと早い。

 昔流行った言葉だとブランチの時間に、私とユリは街はずれにあるカフェを訪れていた。

 半年ほど前、天野さんに連れてきてもらったドカ盛り――とまでは言わないけど、たっぷりの料理がウリのお店。

 街中の小洒落たカフェで出てきそうなパンケーキやらパフェやらが、見た目そのままにサイズ感だけ五割増しになったようなのをイメージしてもらえたらいい。

 そこに、また天野さんと一緒に訪れていたのだった。


「ユリちゃんは、ここ初めてなんだよね。じゃあちょうど良かった」

「今日は、あたしも一緒にありがとうございまーす!」


 ユリはさっそく、二段に重ねられた大判のパンケーキにかぶりついていた。

 前は、天野さんと一緒に分けて食べたっけ。

 もちろん、他の料理も食べるためのシェアではあったけど、迷いなくひとりで向き合うユリの胃袋は流石に頼もしい。


 彼女は別に大食いというわけではないけれど、胃袋のサイズとその頑丈さに関しては、イメージする通りの性能だ。

 きっと代謝がいいのだろうね。

 そして、その上位互換が穂波ちゃんだろう。


「私からも、すみません。ふたりいっぺんになんて。あの、今日は自分たちで食べた分は出すので」

「いいよいいよ。おいでって言ったのは私だし。あと、今月はボーナス出るしね!」


 天野さんは、鼻高々に胸を張る。

 ボーナス。

 私がその響きに一喜一憂するのは、まだまだ先のことだろう。


「ユリちゃんは、狩谷家はもうすっかり慣れた?」

「ほーへふねー」

「ちゃんと飲み込んでから喋りな。ほら、溢すから」


 口をもごもごさせるユリの頬に、ナプキンを押し付けてやる。

 ユリはそれを受け取ると、口元を軽くぬぐってから、ごくんと喉を鳴らした。


「おじさんもおばさんもよくしてくれるから、なんかもう実家ーって感じです」

「それは良かったね」


 ユリが食べる姿を微笑ましそうに眺めていた天野さんが、私に同意を求めるように視線を送って来る。

 私は、アツアツのホットコーヒーを口元で冷ますふりをして、視線をうまく外した。


「ウチは、もともともうひとり居ましたから。そんなに変わらないです」

「えー、でもあたし、明ちゃんの1.5倍くらいでやかましい自信があるよ!」

「自信があるなら、自己評価もちゃんとしな。2倍はやかましいわ」

「ががーん」


 流石にそこまでとは思ってなかったのか、ユリは多少なりショックを受けた様子で「すいません」と呟いて頭を下げた。


「でもユリちゃんだったら、やかましいって言うより、賑やかって感じじゃない?」

「それはまあ、そうですけど」


 現に両親だって、毎晩楽しそうにしている。

 母親にいたっては、隙を見ては「ほんとにウチの子にならない?」なんて本人に探りを入れる始末だ。

 反応に困るだろうからやめろって、見つけ次第言ってはいるけど。


「天野さんは、これから仕事なんですか?」


 ユリの質問に、彼女は微笑みながら頷く。


「うん。でも、今日は遅番だから割とゆっくりできるかな」

「へえ~。ちなみに、なんでこの仕事を選んだんですか?」

「う~ん。理由はいろいろあるけど。接客業が合ってたからかな?」

「なるほど~」


 ユリは興味深そうに頷いて、うまうまとパンケーキをほおばった。

 傍から聞いてる分には、何とも中身のない会話だ。

 でも、それってすっごく日常って感じがする。

 何がどうそう思うのかは、説明が難しいけれど。


「もう受験も近いし、休みの日はほとんど勉強?」

「そうですね。家にいる間は、寝るか、ご飯食べるか、お風呂入るか以外は勉強です」

「むしろ、学校が息抜きだよねー」

「と言うユリの言葉が真実味を帯びるくらいには、勉強漬けです」

「そっか。私の時は、そんなガチガチに受験勉強しなかったもんな」

「音大ですもんね」

「それもあるけど、周りも半分くらいが進学で、半分くらいは就職って感じだったから」

「えー。天野さん、高校どこだったんですか?」

「北高だよ。私は音楽科だけど」


 言われてみたら合点がいった。

 そう言えば、あそこ音楽科なんてあったっけ。


「まあ、基本的には自他共に認める馬鹿校だからね」

「そんなことは……」


 天野さんに釣られて、私も苦笑を返す。

 まあ、ぶっちゃけ、学校のイメージだけで言えば馬鹿校だけど。

 とは言え音楽科を有するからか、吹奏楽部なんかも強くって、ウチの高校とは全国大会の切符を争うライバル校だ。

 互いにほぼ女子校というのも、火花を散らす要因になっている。


 ほぼ、というのはお互いに書類上は共学校であり、中でも北高は、その音楽科に限り男子も若干名とっている。

 北高生徒はそれを鼻にかけてくることが多く、血の気の多い南高生徒の青春ヘイトが全力で降り注ぐわけだ。

 私にとってはどうでもいいことだけど。


「高校時代は、それこそバンドばっかやってたなぁ」


 天野さんは、過ぎ去った青春に哀愁を漂わせながら言う。

 けど、その哀愁よりも驚くべき話題を、立った意味耳にしたような気がする。


「吹奏楽部じゃなかったんですか?」

「え? うん。どうせ吹奏楽というか、オケは大学に入ってから散々やるだろうなって思ってたから」

「なるほど……そういう考え方もあるのか」


 どうしてか、この手の人って小さい頃から今までずっと、目指す将来に向けて一直線って印象があった。

 だからすっかり、天野さんもそっちの畑だと思っていたのだけど。

 まあ、広く音楽をやってるって意味では、一直線なのかな……ううん。


「それこそ、ガールズバンドやってたんだよ。まー、声楽コースのイケメンは、ソッコーでパリピなバンドで掛け持ちの取り合いになって、そっからあぶれた余り物の集まりだったけど」

「はあ」

「でもパリピたちは、バンド内恋愛に他バンドも巻き込んで地獄絵図になって、初ライブも迎える前から共倒れしてたわ……ふふふっ、ざまぁみろ。やっぱりメスはメス同士が一番うまくいくのよ。互いに割り切って居られるから……ふふふっ」

「星、天野さんがなんか黒いよ?」

「うん。たまに頭おかしいから気にしないで」


 そうアドバイスした私は颯爽と聞き流して、メニューを眺める。

 お昼も近づいてるし、流石に少しお腹が減って来たな。

 何かしょっぱくて味の濃いものが食べたい。


「ユリ、ジャンバラヤ頼んだら少し食べる?」

「食べる食べるー」


 当たり前のように聞いてしまって、当たり前に返事されたけど、あんたパンケーキ食べた後にジャンバラヤ食べるの?


「あ、追加注文する? じゃあ私はタコライスにしようかな」

「飯ものふた皿も大丈夫ですか? 量的な意味で」

「大丈夫。思い出話してたら、今日はなんか食べられそうな気がする」


 それは、ヤケ食いというやつなんじゃないだろうか。

 もう何年も経ってるはずの話でそれだけストレスが溜まるなんて、いったいどんな高校生活を送っていたというのだろう。

 あえて触れたくはないが、他校には他校の悩みというやつがあるのかもしれない。


「あの……二十四日のチケットあげるので、時間が合えば来てくださいね」

「もちろん。最初からいくつもりだったけど……あれ、何か急に優しい?」

「いつも良くしてもらってるので」


 という一言を、私は彼女の目を見て言えなかった。

 お世話になっているのは疑いようのない事実だし、嘘は言ってないんだけどね。


「あっ、そうだ。狩谷さんでもユリちゃんでも良いんだけど、須和さんに私の連絡先教えておいてくれる?」

「それは構いませんけど」

「良かった。この間、連絡先交換しようって話してたんだけど、つい忘れちゃって」

「歳ですか?」


 あ、つい息をするように口から出てしまった。

 優しくしようって思ったばっかりなのに。


「ひどい! 流石にそこまでじゃないよ……たぶん!」

「ダメだよ星ー。おねーさんにそんな事言っちゃー」

「はい、すいませんでした」


 ふたりがかりで責められて、私は素直に謝る他なかった。

 確かに今のは、完全に私が悪い。

 でも、あまりにうち返しやすい球を放って来たんだもの……って、言い訳じみたことを、日記の中でくらいは発散させて欲しい。

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