朝、下級生たちに交じって登校すると、生徒会室に人影があった。
アヤセたちが先に来てるのかなと思ったら、現行生徒会の面々だった。
「あ……星先輩、おはようございます」
入口から一番近い位置にいた穂波ちゃんが、にこっと笑って頭を下げた。
それにつられたように、他の面々も小さく頭を下げる。
長テーブルに印刷したプリント束を積み上げて、仕分け作業か何かをしているところだった。
銀条さんは、手を止めて申し訳なさそうに私を見る。
「すみません、作業中で。始業時間には掃けますので」
「いいよ、借りてるのはこっちの方だし」
生徒会の作業を止めさせてまで部屋を占拠しようというつもりは毛頭ない。
私は部屋の片隅にパイプ椅子を組み立てると、単語帳を読んで時間を潰すことにした。
「次、二年六組。三十八人」
「はい」
銀条さんの指示を受けて、役員たちはちゃきちゃきとプリント束を作り始めた。
数枚のプリントを重ねては、端っこをホチキスでとめる。
流れ作業で作られていく冊子が、どんどんテーブルの上に積み重なっていく。
「何の資料?」
「クラスマッチの簡易ルールブックですよー。競技一覧と、参加ルールと、得点ルールが書いてあるやつです」
興味を持って訪ねると金谷さんが片手間に答えてくれた。
「生徒ひとりひとり用意してるの?」
「冬は個人競技も多いですからねー。どうせ用意するならって思いまして」
私たちの時はクラス委員に一冊ずつ手渡して「必要ならコピーして使って」って感じだったけど、丁寧さを考えたらその方がいいのかもしれない。
率先して面倒を引き受ける。
実に生徒会の鑑だ。
私はそっと腰を浮かせて、積み上がった完成品の束の中から一冊を手元に引き寄せる。
それから再び腰を下ろして、ぱらぱらと眺めた。
こうしてると、完全に暇を持て余したOGみたいで、あんまり見てくれが良くないような気がするけれど。
「三年生の分も全部刷ってるの?」
「はい。明日、登校日ですよね? だったら良いかなって」
金谷さんはそう言って、照れくさそうに笑った。
何が良いのかはよく分からなかったけど、とりあえず勢いで作ったんだろうなっていうのは理解できたので、それで良しとした。
「あれ……柔道と剣道、個人競技にしたんだ」
そんなに去年と変わりはないかなと思って眺めていたら、ふと目が止まる。
確か、去年までは柔道も剣道も三対三の団体競技にしてたと思う。
「武道系は経験者かどうかで実力差がありすぎるので、いっそのこと個人競技にしました。代わりにブロック分けをして、試合数自体はうまいこと調整してます」
「なるほどね」
銀条さんの説明に相槌をうつ。
ブロック分けしてどうこうっていうのは、相撲とかと同じ形式だ。
ノウハウを生かしつつ、他競技にも取り入れたっていうことなら、悪くはない案だと思う。
「今年から、現役部員も出場できるようになりましたからね。その辺も踏まえての調整です」
「ああ……ごめんね、面倒なルールを追加しちゃって」
「いえ、割と評判良いですよ。総合優勝のためにどの競技に力を入れるか。もしくは捨てる――までは行かなくても、どの競技ならエンジョイで済まして良いのか。クラス単位での戦略の幅は広がったみたいです」
「ウチの学校で〝捨てる〟とかいう選択あるの?」
「『捨てて良い』って負けた時の言い訳にしながら、結局は全力ですね」
どちらからともなく苦笑し合う。
そうだろうそうだろう。
だって、クラスマッチの大相撲に全力で取り組む高校なんだから。
「個人なら出ても良いかな」
何ともなしにふと呟くと、穂波ちゃんがバッと振り向いて、驚いたように目を見開く。
「良いんですか?」
「いや……まだ決めたわけじゃないけど」
「ホントに良いんですか?」
「その念の押しようは何?」
「ええと……なんとなく。たぶん、渋られるだろうなって、半分諦めてたので」
穂波ちゃんは、取り乱すまでは言わないけど、気持ちわたわたしながらまとめかけたプリント束を取り落とす。
それを慌てて拾ってかき集めて、もう一度四隅を揃えたところで小さく息をついた。
「受験勉強は良いんですか……?」
そう尋ねたのは宍戸さんだった。
穂波ちゃんとは別の意味で心配そうに私のことを見つめていた。
「アヤセにも言われたんだよね。クラスマッチのたった一日、一時間そこら勉強しなかったくらいで落ちるなら、もともとそういう実力なんじゃないかって」
微妙にニュアンスが違うような気がしたけど、大体そんな感じのことを言われた。
これについてはその通りだと思うし、むしろ一日くらいのリフレッシュ目当てで参加する三年生も割と多い。
もちろん強制参加ではないから「クラス一丸」って感じではないけど、最後の思い出作りの側面もあるので出席率は良い方だと思う。
あとは滑り止め、または専願の私立の結果は出てる時期だから、いくらか気楽って側面もあるんだろうけど。
「あと、運動した方が脳が活性化して良いっても言われたかな」
「それは確かにあるかもしれないですね。最近ランニングを始めたんですけど、授業も集中できるような気がしますし」
「宍戸さん、走ってるんだ?」
「金管は体力勝負なところがありますから、三年分の遅れを取り戻さないと」
そう語る彼女は、確かに心持ちほっそりしたと言うか、身体の線がハッキリしたような気がする。
それも無理なダイエットの痩せ方じゃなくて、脂肪が落ちて筋肉がついたような、〝絞った〟と言うべき変容だった。
「ところで、星先輩――」
言いかけて、宍戸さんは言葉を詰まらせる。
私が不思議がって視線を向けると、彼女はごまかすように笑って、首を横に振った。
「いえ、何でもないです」
「何それ。気になるんだけど」
「いえ、ほんとに……というか、ちょっとだけ、心の準備をしてから」
そう言って、気持ちを紛らすように作業へ戻って行った。
何だって言うんだろう。
余計に気になるじゃないか。
しかし「ちょっと待って」と言われたところに追い打つようなことはできず、いくらかモヤモヤしながら、プリント束を元の山へ戻した。
さて、明日は登校日だ。はたしてどんな顔をしてユリと会おうか。