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今朝の礼拝は、当事者のユフィリアはもちろん、誰も予想していなかった展開となってしまった。
礼拝を終えた聖職者たちがぞろぞろと大聖堂を後にする。
お揃いの白い職服に身を包んだ、若い聖騎士と聖女たちが他愛ない会話を交わしながら歩くさまは、さながら学校の下校風景だ。
彼らの中に混ざるとも混ざりきれず、ユフィリアと黒騎士の姿があった。
ユフィリアはすっかり気落ちしていて、トレードマークのツインテールもどこかしゅんとして見える。
「私との婚約が気に食わないのはわかるが、まさか卒倒しかけるとはな。そんなに驚いたのか?」
大司教様による聖女と聖騎士の婚約宣告はユフィリアもこれまで幾度となく見てきたはずだが、自分には関係ないとうわの空を決めこんでいた。
ろくにちゃんと見たことがなかったというのが正しいかも知れない。
まがりなりにも聖女の分際で情けないのだが、遅刻ばかり繰り返してしているので、宣告式をたびたび見逃してきたというのもある。
「…………た」
「ン?」
カタツムリさながらの遅い速度に歩調を合わせながら、レオヴァルトがユフィリアにちらりと視線を向ける。ユフィリアの長い睫毛は相変わらず下を向いていて、猫のような丸い瞳を半分隠していた。
「推しの大司祭様に……情けないとこ、見られちゃった……」
「ふっ、無能のレッテル貼られてる聖女が、今更そんなことで落ち込むな」
不意に立ち止まったユフィリアは、改まってレオヴァルトに向き直ると、背高いレオヴァルトをすっくと見上げた。
驚いたのはレオヴァルトだ。これまでは胡乱な目を向けてくることはあっても、ろくに視線を合わせようとしなかった聖女が自分を仰ぎ見ている。
「ごめんなさいっ」
ぶん、とツインテールが大きく揺れる。ユフィリアは腰を折りたたむようにして頭を下げた。
「迷惑、かけてごめんなさい」
「お……っ?!」
驚いてのけぞるレオヴァルト。
威勢よく悪態をつくしか脳がないと思っていた聖女ユフィリアが、なぜか頭を下げて謝ってきたのだ。
すでに婚約している聖騎士と聖女のカップルが、仲睦まじく寄り添いながら腕を組み、ユフィリアたちのすぐそばを通り過ぎて行く。
彼らはみな、あからさまに振り向いては馬鹿にしたようにくすくす笑ったり、明らかな揶揄いの目を向けて囁きあったりした。
「私の婚約者ってことで……関係ないあなたまで、晒し者にされてる」
レオヴァルトは薄く開けた目で周囲から刺さる視線の矢を確かめた。
見れば、他の聖女たちも同様に嘲笑し、ユフィリアたちを振り返ってまで好奇の眼差しを向けている。
「なるほど」
深々と頭を下げて謝られ、レオヴァルトは『無能なくせにわがままで傲慢』だと聞く聖女ユフィリアの、意外な一面を知った気がした。
「見て、あれが黒騎士よ……!」
背後から大声がしたので振り向けば、ユフィリアの見知った三人連れの聖女が腕を組み、仁王立ちをしている。あからさまないじめっ子たちの絵面だ。
すぐそばにいるのを良いことに、聞こえよがしに悪態をついてくる。
「黒騎士を間近で見たのは初めてですけど……何だか、想像以上ですわ」
「本当。想像以上に薄汚れた、見窄らしい格好! 神聖なこの教会に、あのような穢らわしい黒騎士は相応しくありませんよねぇ?」
三人のうちふたりが汚いものでも見るように目をすがめながら、レオヴァルトを頭の先からつま先まで
「どんな野獣でもべつに良いではありませんか。だって
「ふふ、それもそうね」
見かねたレオヴァルトが何か言葉を発しようとすると、見越したようにユフィリアがレオヴァルトの袖を引き、俯いたまま首を振る。
「どんな野獣でもべつに良いではありませんか。だって
「ふふ、それもそうね」
「ユフィリアのようなクズ聖女には、魔獣を狩って
三人がそれぞれに、くつくつと厭な微笑みを浮かべてこちらに視線を向けている。
見かねたレオヴァルトが何か言葉を発しようとすると、見越したようにユフィリアがレオヴァルトの袖を引き、俯いたまま首を振る。
──関わらなくていい、いつもの事よ。
レオヴァルトにはそう訴えているように思えた。
「それにしても。ユフィリアがまさか、ルグラン様以外の男に走るとはね。ルグラン様の《推し活》に励んでいたのではなかった?」
推し活を、やたら強調した物言いだった。
三人のうちの一人が顎をしゃくって見下すような仕草をする。
「それは……っ」
ユフィリアが何か言いかけるが、それを遮るように別の聖女がたたみかけた。
「なに言ってるの、ルグラン様はイザベラ様に夢中なんだから。ユフィリアなんか、
「ルグラン様が
レオヴァルトに「もう行きましょう」と促して、背を向けたユフィリアをまたもや罵声が呼び止めた。
「ねぇユフィリア! 聞いたわよ? あなた、子爵家のご令嬢にいただいたお菓子を突き返したそうね。こんなものを食べたって
「身の程知らずも度を越せば哀れね、あれは自殺行為。レイモンド司祭様の助け舟がなければ首が飛んでいたかも?! 無能、つまり『
首が飛ばなかった代わりに鞭が飛んだ。その結果が背中の傷だ。
「……っ」
治りきらない傷跡が皮膚の奥深くでズクリと脈を打つ。
背中に鞭を打たれた時の、身体じゅうに迸る灼けるようなあの痛みを、ユフィリア以外の聖女たちは一生涯知り得ないだろう。
レオヴァルトが隣に立つユフィリアを一瞥する。
昨日までの威勢の良さはどこに消えてしまったのか。唇を一文字に引き結び、睫毛を伏せた瞳は感情を持たないままどこか一点を見つめている。
ユフィリアが黙っているのを良いことに、聖女たちの悪態はとどまるところを知らないようだ。
「今朝の礼拝で納得いたしましたわ。疎まれやすい似たもの同士がくっついた、とでも言いましょうか」
「まぁ、本当に。お似合いすぎて嫉妬してしまいそう」
「スラム街出身の無能なクズ聖女と、穢れた黒騎士の婚約ですものね……!」
彼女たちの間で派手な嘲笑が湧き起こる。
「あなたがた……! そんな酷いことを言葉にすべきではありませんわ。わたくしたちは高貴な聖女の肩書きを背負っているのですよ。下品な物言いはお慎みなさい」
レオヴァルトがあからさまな悪口に眉を顰めたとき、若い女性の透き通る声が嘲笑を一蹴した。
「イザベラ様、ルグラン様っ」
「それに。あなたちは、ルグリエット大司教様のお言葉を聞いていなかったのですか? その黒騎士の穢れは、既に祓われていると」
「ひっ、筆頭聖女のイザベラ様に聞かれていたなんてお恥ずかしいですわ。わたくしたち、とんだ失礼を……!」
諌められた三人の聖女が慌てたようにそそくさとその場をあとにする。
レオヴァルトの双眸に映ったのは、誰もが目を見張るような美貌の聖女と、聖女に締め上げられるほど強く腕を組まれた聖騎士の、凛とした佇まいだった。
「ふふ」
「先ずはおめでとうと言うべきかしらね? ユフィリア」