──愛してもいない男に身体を預けるという事自体が、ユフィリアにとっては恥辱なのだろう。ならば恥辱すら忘れるほど良くしてやる。かつて愛した男の事など、頭の隅にも掠めぬほどにな……!
レオヴァルトの内心にむくむくと湧き上がるのは、なりを顰めていたはずの強烈な嫉妬心だ。激情のまま、乳白色の皮膚に紅い痕跡を散らしていく──。
「──腕が辛かったろう。手荒な真似をして、すまなかった」
艶かしく汗ばんで全身が薄っすらと上気した身体を一瞥すると、レオヴァルトは手の甲で口元を拭い、ようやくユフィリアの手首の拘束を解いた。
腰紐が擦れて手首の赤くなったところを労るように撫で、ちゅっ、と音を立てて口付ける。
少しも動けないほどに脱力していても、生娘の恥じらいと矜持がまだ残っているのだろうか。ユフィリアは解放されて自由になった片腕をシーツの上に、もう片方は胸元を隠しながら拳を握って口元にあてている。
──自分はこれから、聖女の純潔を散らそうとしている。
同時にそれは、お互いの望みを叶える一縷の望みでもあるのだ。
レオヴァルトは弱々しいその拳を掴んでそっと除けると、まだ息の荒いユフィリアの、半分開いた唇を自身のそれでふさいだ。呼吸が苦しくないように、優しく啄んで、すぐに離す。
「次で最後だ、耐えてくれ」
そして着ていたシャツを手早く脱ぎ捨てると、ブレーを下ろしてぐったり伸びているユフィリアの片脚を抱え上げた。
「大丈夫か」と問いかけると、消え入りそうな声と吐息を漏らしながらこくこくと小さくうなづく。
労りながら額や頬にそっと唇を落とすと、ユフィリアはシーツを握っていた両手を放してレオヴァルトの背に縋るように両腕をきつく回してくる。
「……ッ」
そんな彼女を愛おしいと思えば、溢れんばかりの切なさで、レオヴァルトの心までもがぎゅうと締め付けられるのだった。
『 だからレオも、この厄介な儀式みたいな事が終わって、レオの大事なものをレイモンドから取り返したら……こんな私なんか、とっとと捨てちゃっていいからね。』
儚げに微笑む顔が眼裏に過ぎる。
──捨てるものか。私は、この鳥篭を出たいというあなたの願いを必ず叶えると、約束しただろう?
『きっと、この先レオのことを心から好きになったり、愛しちゃったりすることはないと思うの。』
──稀なる力を秘めた聖女ユフィリア。あなたが私を愛する事が無くとも、私はもう、あなたを……。
「あうっ」
悲痛に漏れた声が耳に届いて、ハッと我に帰る。
慌てて見遣ればユフィリアの目蓋が薄く開いていて、苦しさと悦楽とが入り混じったような顔でレオヴァルトを見上げていた。
辛いのか、長い睫毛を小刻みに震わせている。
「!?」
思案に暮れながら夢中になりすぎた。
やってしまったとばかりに、額に手をやりレオヴァルトが不甲斐なさに項垂れると、ユフィリアが消え入りそうな声で言う。
「レオ……平気、だよ……続、けて……? これでお互いの望むものが、手に入る……だからっ……」
苦しげだったユフィリアの表情が、愉悦に
レオヴァルトは、涙の粒を溜め込んだユフィリアの目尻に優しく唇を寄せる。すまなかったと謝る代わりに頬を撫で、唇を隙間なく塞いだ。何度も優しく啄んでから、舌を挿れて深い口付けを繰り返す。
「レオも、一緒、に……お願、い……っ」
レオヴァルトを見上げるユフィリアの
ユフィリアは硬く身を強張らせたまま注がれる精に短い声をあげていたが、やがてシーツに背中を沈めた。
「ユフィリア」
その名を呼ぶ声に、知らずと感情が籠る。
ぐったりと放心するユフィリアの身体をそっと抱きしめた。
「……レ、オ」
掠れているが、どこかホッとしたような、穏やかな声が耳元に届く。
力なく震える手がレオヴァルトの背中に伸びて、おずおずと遠慮がちに抱き返された。
「これ、で……お互い、望み、叶うよね……?」
吐息混じりの声を放つと、レオヴァルトの背中に回された手に弱々しい力を込めてくる。応えるように、レオヴァルトもユフィリアの身体をきつく抱きしめた。
「ああ。叶うと良いな」
これまでも《閨事を学ぶ》という名目で女を抱いた経験はあったものの、心臓を強く掴まれるような、こんな苦しみに胸を焦がされたことは一度もない。
「ユフィリア……」
か細い身体を抱きしめながら、切なさに溢れた声でもう一度その名を呼んだ。
この婚姻は《契約》。
レオヴァルトが幾ら欲しいと願っても、その心は、他の男のものだ。