魔族の侵入を許してしまった、エルフ国フィヨーツ。
各所情勢は激しく移ろいでいく中、フィヨーツの街中はもちろん。生命の樹内でも、マナの実を巡って人族とエルフ族、魔族間の争いは激化。人的被害は甚大な規模となってはいたが、水のマナが集いし”形成の間”では、右京瀧が守護者ネツァクの力によって魔族勢の一体であるツァーカムを撃破。続けて土のマナが集いし”活動の間”では、一時魔族オーキュノスとの交戦があったものの、その後は岩上護が守護者マルクトとともに、同じく魔族勢であったキムラヌートを打ち倒すなど、序盤の劣勢を跳ね返す勢いも見えた。
だが、依然として予断を許さない状況は続いており。
生命の樹、そしてフィヨーツの民を救うべく、引き続き、内外へと奔走する者達がいた。
場所は”活動の間”から変わって、エルフ国フィヨーツ王宮宮殿内--。
「ここにもいない……」
魔族がフィヨーツへと攻め入ってから暫くした頃。
「ラレーシェちゃん、ここ以外だとまだ見てない部屋はどれくらいありそう?」
「も、もうあと二つ三つぐらいしか……」
空宙と別れたオーロとラレーシェの二人はその後、魔族との戦闘に備えようと、一度戦力を整えるため、街中へと散らばった他の召喚獣たちや、部隊長らと合流を図ろうとしていた。
「ラレーシェちゃん、やっぱりリフィータ王女様は……」
それでもあの後、どうしても今一度、王宮の中に己の祖母がいないかと、一緒に探してほしいとラレーシェがオーロへと頼み込み、オーロも少しだけならと、ティガリスの先導の下で、王宮内のあちこちを探索していたのだが。
「お婆さま……お婆さま…………」
二人が王宮内へと入った時には既に、王宮内は侵入してきたエセクと、王宮警護兵の争いによって酷く荒らされた状態となって。壁や柱は至る所が崩れ落ち、魔物や警護兵の死体もちらほらと見えていた。
「……お嬢、立ち止まらずに早く次へ」
悲惨な様子に、辺りを見渡しながら何度も立ち止まりそうになる二人へ、前を歩くティガリスが、他の部屋へ促そうと声を掛けた時。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
「「――っ!!」」
突然、彼女らの行く先から、何者かのへ悲鳴が響き渡り――。
「ティガリスッ!!」
「分かっているっ!」
その声を聴いた瞬間、悲鳴が上がった所へ向かうよう、オーロがティガリスへと指示を出し。
命令を受けたティガリスは、床に落ちた瓦礫や死体を飄々と避け、奥へ奥へと進んでいけば。
「――っ!」
ある廊下の角を曲がった先。
「誰かっ……! だれかぁっ!!」
「ギャハハハハハッ!!」
そこには、一体のエセクに追われる一人の王宮侍女がいた。
「ギャアーハハッ! シねぇっ……! シねぇっ!!」
「い、いやぁっ……いやぁぁっ!!」
ティガリスが目撃した時には、王宮侍女はエセクによって壁際へと追い込まれ。
いままさに、鋭利に尖ったエセクの腕によってその身を狙われそうになった。
そこへ――。
「ティガリスッ!! ”ブラストホロウ”ッ!!」
ティガリスの後から駆け付け、追いついたオーロが大声で再びティガリスへと命を出すと。
「ガァァぁぁっ!!」
受けたティガリスは、瞬間。大きく開けた口から、けたたましい咆哮と共に強烈な螺旋の風を放ち。
「ギッ!?」
その風は、王宮侍女を巻き込まないギリギリの範囲で、襲い掛かろうとしていたエセクの身を捉えて。
「ギギャァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」
激突したエセクは、そのままティガリスが放った螺旋風によって、勢いよく反対側の壁へと吹き飛ばされてしまう。
「大丈夫ですかっ!?」
壁際へ激突したエセクは意識を断たれ、そのまま床へとノびたところで、オーロがすぐさま王宮侍女の下まで駆け寄り、怪我はないかと声を掛けると。
「あ……あなた、たちは……」
エセクに襲われそうになった王宮侍女は、この状況に混乱しつつも、意識はハッキリとさせ、目の前に現れたオーロとティガリスを交互に見つめるのだった。
「よかった……」
それを視たオーロは、ほっと胸を撫でおろせば。
「さぁ、早くここから逃げて」
すぐに王宮侍女を立たせては、王宮の外へと避難するよう促した。
その時--。
「――っ!? ラレーシェさまっ!!」
オーロの手を掴み、立ち上がった王宮侍女が、ティガリスの後ろへと隠れていたラレーシェの姿に気が付くと。
「ラレーシェさまっ! なぜこのような場所にっ!?」
驚き、掴んでいたオーロの手を離すと、そのままラレーシェの下まで急いで向かい。
「あぁっ……! ご無事でなによりでっ……! なぜこの者たちと……まさか逃げ遅れて…………。他の侍女たちとは一緒に逃げられなかったのですかっ!?」
彼女の頭上から足先にかけて。
大事な王女の孫娘に怪我はないかと、酷く心配した表情を浮かべながら、細かく確かめていれば。
「ラ……ラレーシェは、大丈夫だから……」
それを少し煙たがるラレーシェは、侍女の勢いに気圧されながらも、その手を掴み、自分の身体からゆっくりと引き離す。
「ねぇ、それより……」
そして、侍女が落ち着いた頃を見て、今度はラレーシェが侍女へと話し掛けようとした。
――――――刹那
「――っ! お嬢っ!!」
壁の向こう側で倒れるエセクの様子を監視していたティガリスが、突然血相を変え、オーロの名を呼べば。
「どうしたの、ティガリ……。――っ!」
異変を感じ取ったオーロが、すぐさまティガリスの真後ろの先へと視線を移すと。
「へ、へへへへへへ…………」
そこにはなんと、オーロ達が先ほど通ってきた廊下のほうから、大量のエセクが姿を現して。
「へ……? きゃぁぁぁぁあっ!?」
遅れて振り向いた王宮侍女も、ジリジリと迫り来るエセク達に気が付き、途端に大声を上げて叫び出す。
「(まずいっ……! さすがにこの数はっ……!?)」
現れたエセクの数は、一目見ても全く数えきれないほどのもので、オーロ一人でも対処は困難な上、ましてやラレーシェや王宮侍女も庇いながらなど、真っ向から戦える状況ではなく。
「お嬢っ! 乗れっ!!」
「――っ!!」
すると、見兼ねたティガリスがその場でしゃがみこみ、純白の両翼を広げれば、そこから飛んで脱出する素振りを見せる。
「わ、分かったっ!!」
それを見たオーロは、すぐさまティガリスの下へと近づき。
「さぁ、急いでっ!!」
その勢いのまま、ラレーシェと王宮侍女の手を引っ張ると。
「え、えぇっ!?」
「わぁっ!?」
無理やり二人をティガリスの背に乗せ。
「ティガリス、行ってっ!!」
「承知っ!」
二人に続けてオーロも飛びつくように乗った瞬間。ティガリスへと合図を送り、ほぼ同時。ティガリスは返事をすると、すぐに両翼を羽ばたかせ。
「しっかり捕まってっ!!」
「きゃぁぁっ!!」
迫り来るエセク達の手から辛くも逃れ。
勢いよくその場から浮上すると、そのまま入り組んだ廊下を突っ切って、王宮の外へと脱出するのだった。