目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

70.天界へと連れられて



 二つの世界が終わりを迎えたあの日。



 ワタシはカレを、救えなかった。



 崩落する世界を修復しようと。

 カレは、懸命に手を尽くそうとしたのに。



 世界の終わりは、ダレにも止められることはなかった――。



 いまも、カレは後悔している。

 あの時、世界を守れなかったことを。



 魂となった、そのあとも。



 あの時の因縁を抱えたまま。



 もう二度と、あの悲劇を起こさないようにと。



 己に科した、小さな牢獄の中で。



 ずっと、ずっと。



 独り、輪廻に彷徨い続けて――。



 * * *



「こんなの……馬鹿げてる…………」



 生命の樹内、とある洞窟にて、黒衣の男との戦闘を強いられていた空宙。黒衣の男による術に翻弄されるなか、一時反撃を試みた際、黒衣の男の姿が見えなくなったうちに逃げ出そうとしたものの、黒衣の男は再び姿を現して。


 目の前で燃え盛っていた黒炎を打ち消したかと思えば、今度は彼を生命の樹とは全く異なる場所へと転移させ――。



「さぁ、消えてもらおうか」


 煌めく星々が束ねられる星雲が、空間中に幾つもちりばめられた空間に、アクリル板の様な透明な物体によって半球状のフィールドが展開され。


 その中では、再び対峙する空宙と黒衣の男の姿が。


「なんなんだよ……こいつの能力はっ……」


 決して標的を逃すことはせんと言わんばかりに。

 黒衣の男によって睨まれ続ける空宙。


 気が付いた時にはもう既に、生命の樹、いな、惑星から遥か遠くの場所へと飛ばされて。自身の魔法がかき消されたかと思えば、瞬いた時にはもう、目の前の敵による術中に嵌ってしまい。


 黒衣の男が繰り出す術が起こす現象は、全て彼の想像の範疇を越えていき。


「(こんな術、どの魔術師の人でも見た事が……)」


 もはや人の成し得る領域ですらないと。

 空宙の知る限りでも、これまで一番の手練れだと彼が認知していたのは、レグノ王国軍魔法士部隊の部隊長であるザフィロであり、これまでも、彼女が放つ魔法については、技量、威力ともに人外じみたものだと彼は感じ取っていたのだが。


 いま目の前にいる存在が持つ力は、ザフィロが持つ才、あるいは能力と比べても、比較にならないくらいに次元自体が異なり、圧倒的すぎるもので。



「………………創成」


 術らしき言葉は唱えない。


「…………構築」


 マナを消費している様子も全くない。


「……展開」


 術を発動させる初動ですら、どこにも見受けられない。


 にも拘わらず。


 手も足も出ずに、ただただ圧倒される獲物を前にして、今もまた、黒衣の男は幾何学模様が描かれた円陣を、頭上にいくつも発現させて――。


「…………散れ」


 そうして。


「――っ!!」


 展開された円陣が、黒衣の男の声に合わせて一瞬、黄金の煌めきを放った途端。


「ま、まさかっ……!」


 空宙へと目掛けて、青白い光線が大量に放出される。



「うわぁぁぁぁっ!?」


 一斉に迫り来る光線を見て、絶叫する空宙。

 すぐさま、降り注ぐ殺戮の雨から逃れるべく、今いる位置から駆け出すが。


「(やばいって……こんなのデタラメすぎるって!!!!)」


 一瞬見ただけでも、放たれた光線が持つ威力がどれほど致死的なものか。それを空宙はすぐに察知したものの。


「――っ! ぐっ……ぁぁぁぁっ!!」


 初弾を避けたがすぐ、空宙へと当たることのなかった光線は、彼の背後から近くの位置にて地面へと着弾した瞬間に、耳を劈くほどの爆音を辺り一帯に轟かせ。


 周囲に高圧な爆風と衝撃波を発生させれば、それらが逃げる空宙へと襲い掛かる。


「(お、起きろっ……! すぐに走れっ!!)」


 着弾した影響に巻き込まれ、たちまち転んでしまった空宙。すぐに次の光線が襲い来る前にと、慌てて起き上がってはまた必死に走り出し。


「(どうしろっていうんだ……! どうしろってっ!!)」


 肺全体が痛くなるほどに、息を切らして走り続ける空宙に、空間中を飛び交う光線は容赦なく空宙へと襲い掛かる。


「はぁ……はぁ……! アクセラレーションッ!! - 加速 -」


 ギリギリで躱されてもなお、執拗に追い続けては、確実にその命を狙わんとする術者の意志をその煌めきに乗せて、彼へと迫ろうとする大量の光線たち。


「(やられるっ……なにもしなけりゃやられるんだっ……! だけどっ!!)」


 着弾するたびに起こる威力が、追いかけられる彼の精神へと死の恐怖心を植え付けて。

 蓄積される疲労に、両足へとかかる負担。呼吸を繰り返すごとに湧き上がる苦しみが、彼の思考を黒煙が這うように蝕んでいき。


 それでも、この状況を打破せねばと、術者である黒衣の男のほうへと目をやり、どうにか反撃の機会を窺い続け。


「…………無駄だ」


 だが、黒衣の男は常に空宙のほうを見つめて、一瞬たりとも彼の動向を見逃さんと、攻撃を止めることなく、黄金に煌めく円陣を次々と空間上に発現し続ける。


 そして。


「まだ、増え続けて……! ――っ!!」


 新たに展開された円陣を目にしては、再び追撃がやってくると予測した空宙は、飛んでくる光線の軌道から外れるべく、思い切って別方向へ走ろうと切り返した。


 その時。


「なっ……!?」


 いつの間にか、彼の目の前には別の光線が迫っていて。


「あぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


 迎撃する暇もなく、先回りしていた光線に命中した空宙は、断末魔の叫び声を上げながら、その身に高温熱と衝撃波を受けてしまう。


「ぐっ……うっ……あぁぁっ!!!!」


 光線が直撃し、その場から大きく吹き飛ばされる空宙。

 透明な足場の上に派手に転がっていけば、身体中からは白い煙が立ち込めて、熱で焼かれて爛れた皮膚を手で押さえながら、息も止まるような激痛に悶え苦しむ。


「…………やっとか」


 そんな、今にも死に絶えそうな生き物を、冷酷な表情で見下ろす黒衣の男が、自身が放った術が命中したことを確認すれば、展開していた円陣を全て閉じ、侵入者へトドメを刺そうと、フィールドの中心から、倒れ込む空宙の下へと足を進める。


「(なっ……んだっ、これ、はぁっ……!)」


 焼け爛れた皮膚を貫通し、骨にまで蝕む痛みに体の節々を硬直させ、気を動転とさせる空宙は。


「(はやっ……く……治さない、とっ……!)」


 徐々に近づいてくる革靴の音が耳に入ってくれば、奴に殺されるという恐怖心に煽られて。


「あっ…………ぐっ……!!」


 焼き切れそうになる意識、死への恐怖、焦燥。その全てを無理やり胸の奥へと抑え込ませ、歯を食いしばりながら、軋む両腕を大きく掲げ。


「リキュペレーションッ!! - 神癒 -」


 己の心臓に両の手をかざして治癒術を発動し、すぐさま受けたダメージを回復させる。


「…………ん?」


 黒衣の男の手が迫る前に、なんとか治癒を行うことに成功した空宙だが、対して、目の前でみるみる回復されていく空宙の身体を見た黒衣の男は、空宙へと襲い掛かるどころか、その場で立ち止まり、思わず首を傾げては、不思議な表情を浮かべる。


「はぁ……はぁ……。デストラクションッ!! - 破爆 -」


 身体を快復させ、激痛から解放された空宙は、すぐに視線を黒衣の男へと戻し、倒れながらも魔法陣を展開させ、反撃へと出る。


「あと……少しでも遅かったら……!」


 空宙の攻撃を抵抗するどころか、避ける動作すら一切見せない黒衣の男に、そのまま放たれた術が命中すれば、再び辺りは黒煙で覆われはじめ、その瞬間にも、空宙は急いで起き上がっては、黒衣の男との距離を大きく取る。


「(次はもう喰らえない……! なんとか、なんとかしてあいつに勝たないとっ!!)」


 恐らくさっきの攻撃もさほど効いてはいないだろう――。


 そう、洞窟での攻防を想い返しながら。黒煙に潜む黒衣の男が再び術を展開させる前に、空宙もいくつかの魔法陣を発現させ、迎撃態勢へと出る。



 しかし――。



「…………ふむ」


 黒煙が晴れたらば、そこからは当然、奴の姿が現れるも。


「キサマ。なぜ水のマナと風のマナの素質の両方を持っている」


 黒衣の男は術を展開させることなく、自身の顎に片手を添えては。


「洞窟でのあの術は風のマナの素質者からくる魔術だろう? だがいまの治癒は水のマナの素質者のもの。この侵入者はいったい……」


 ぶつぶつぶつぶつと、他人事を呟いては物珍しい様子で、じっと空宙のことを見つめていて。


「(なに、言っているんだ……?)」


 視界が晴れてもなお、いつまでも攻撃を仕掛けてこない黒衣の男に戸惑う空宙。


「(……こないんだったら、こっちからっ……!!)」


 ならば、迎撃用にと用意していた魔法陣を作動させ。


「ヘブンズショットッ!! - 天の撃墜 -」


 襲ってこないこの機を狙って、紫に染まる幾つもの魔導砲を、多方向へと飛ばしていく。


「おかしい……この世の生物が受ける恩恵は……だがヤツは…………」


 空宙から放たれた魔導砲が、勢いよく黒衣の男へと向かうなか、それでも黒衣の男からは、その場から動く気配はなく。


 納得のいかない顔をしながら、執拗に、空宙の生態について考えこんでいて。


「(今度こそっ……今度こそはっ……!)」


 このまま、何も妨害されることなく着弾し、自身が放った攻撃が、何かしらでもいいからと、黒衣の男へダメ―ジを与えてくれることを。

 空宙は両手を前へと突き出しながら、精一杯に懇願して。


「…………して。いや、それでも……」


 宙を勢いよく進む魔導砲が確実に近づいてきてもなお、黒衣の男の視線は他所へと向いたまま。


 そうして。


「…………まぁ」


 いよいよ、複数の魔導砲が。


「(……頼むっ!!)」


 黒衣の男へと着弾しようとした。


「…………どのみち」



 ――――刹那



「全部、無意味なことなのだがな」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?