あれから何百年、何千年と長い年月が流れていった。
崩壊した二つの世界は、またゆっくりと動き出し。
文明を、その礎を。
また一つ一つ、築き上げた。
ワタシはそれを、遠い遠いところから。
ずっと一人、静かに見守り続けてきて。
どうか、あの時のことが二度と起きないよう。
二度と、再び二つの世界が繋がることのないようにと。
そう、祈り願ってきた。
けれどまた、二つの世界は繋がって。
あの時の悲劇が。
繰り返されようとする。
カレが辿った運命を。
彼も同じく、辿ろうとして――。
* * *
「……………………は?」
渾身の一撃を放った空宙。
放たれた魔導砲は、空宙の想いを乗せ、勢いよく黒衣の男へと向かっていった。
だが、着弾したと思われたはずの魔導砲は。
「なん………で…………」
全て、黒衣の男の目前にて、音もなく、忽然と消え去り。
「キサマの術は全て」
今度こそ、文字通り。
「峻厳の柱である我が輩の前では通用などせん」
黒衣の男は指一本すら動かさず。
一言も言葉を発していないにも関わらずして。
空宙の攻撃は、初めから無かったかのように、跡形もなく消し去られてしまい――。
「(ダメ……だ…………)」
何をされたのかすらも、考えさせてはくれない。
あまりにも届かない、この圧倒的な力量差を前にして、空宙は愕然とし。
攻撃は届かない。
防御もほぼ意味をなさず。
空間は書き換えられ、逃げる隙も場所も一切ない。
「(勝ち目が…………)」
異質、異常。
人外なんて言葉すら、目の前の敵はそれらの範疇を理解不能にまで超えて。
「どこにも……ない…………」
策を全て失って。
考えることを放棄してしまった空宙は、とうとう力なくその場で両膝をついてしまう。
「…………諦めたか」
一連の様子を見ていた黒衣の男は。
「さぁ、とどめにしよう」
変わらず冷酷に、抑揚のない声で呟くと。
「…………創成」
再び頭上にて、幾何学模様が描かれた円陣を発現させる。
「…………構築」
今度現れた円陣は、先程までのような幾つもの小さなものではなく、代わりに一つの巨大な円陣となって。
「…………展開」
黒衣の男が発する言葉を合図に、放たれる黄金の煌めきをより一層強め。
そうして――。
「……消滅」
黒衣の男が己の手を、空宙へと向けて翳した瞬間。
………………ドンッ!!!!!!!!
轟音を上げ、巨大な円陣から禍々しい黒色の魔導砲が発動される。
この空間ごとを飲み込むような、巨大な魔導砲は。
一度、空宙へと当たる手前、透明の足場へと着弾すれば。
そこから地面を削りながら、螺旋状に回転して、さらに威力を高めながら空宙へと向かって真っすぐに突き進み。
「(終わ…………る……)」
迫りくる脅威に何も出来ず、ただただ茫然と立ち尽くす空宙は。
その光景に絶望し、己の非力さに心を押しつぶされる。
そして、とうとう。
「……終わったか」
螺旋に動く凶悪な魔導砲が、空宙の身に直撃しようとした。
――――その時だった
”やめて”
「(…………え?)」
どこか、聞き覚えのある声が、空宙の耳元で発せられた途端。
”ワタシの力を使って”
「――っ! こ、これって……」
いつの間にか、空宙の目の前に。
白銀に煌めく小さな円陣が現れる。
”唱えて”
再び、澄んだ声が空宙の耳に入ってくれば。
「…………”
空宙は、咄嗟に頭の中で浮かんだ言葉を口に出し。
「――っ!!」
その瞬間、発現された白銀の円陣からは、極大の魔導砲が放たれる。
けたたましい爆裂音を鳴り響かせながら放出された白の魔導砲は、すぐに黒衣の男が放った黒色の亜同胞へと勢いよくぶつかって。
衝突した二つの魔導砲は、辺りに途轍もない衝撃波を放ちながら、虹色の火花を散らして鬩ぎあう。
空宙が打ち込んだ魔導砲は、黒色の魔導砲へと衝突した直後、黒衣の男の術によってかき消されることも、当たり敗けすることもなく、徐々に徐々にと押し返していき。
遂に、二種の魔導砲が、空宙と黒衣の男から見て丁度同距離の位置にまでついた時。
白と黒、二種の魔導砲は再び大きな爆発音を轟かせば、突然蛇のようにお互い絡み合い、そのまま軌道を直進から上空へと変えていく。
そのまま天高く舞い上がった二つの魔導砲は、物凄い勢いで半球状のフィールドの天井へとぶち当たり、押し上げられたまま、次第に威力を弱めていくと。
最後は霧状となって、完全に消滅したのだった――。
「…………まさか、いまのは」
空間上には、二種の魔導砲が霧散した後。
しばしの静寂が両者の間に流れれば、それを破ったのは黒衣の男のほう。
これまで一切、顔色一つ変わることなく。空宙の前へと立ちはだかってきたその者は、突如、空宙が白色の魔導砲を向けた途端、目を大きく見開き、驚いた表情でいまもまた、信じられないといった様子で空宙のことを見続けて。
「い、いまの……ダアトの…………」
対して、目の前に突如として現れた白銀の円陣に驚いた空宙も、茫然としては地面にへたり込み。
「た、助かっ……た…………」
さきほど聴こえてきた声の主について、一瞬頭の中で過ぎるも、窮地を脱したことに一時安堵しては、深く息を吐きながら、汗ばみ、強張った身体を緩ませる。
「フフ…………ハハハハハハハッ」
「――っ!!」
すると、その時。
「ハハハハハハッ…………。そうか、キサマが……」
急に、立ち尽くしていた黒衣の男は笑い出し。
「その白銀…………だから別種のマナを……」
丸縁のサングラスをゆっくりと外せば、興奮気味に、その赤い瞳孔で空宙の姿を見つめ直す。
「(なんだ、こいつ……急に様子が……)」
先ほどまでの態度とは一変して、空気がひりつくような雰囲気も無くなった黒衣の男に困惑する空宙だったが。
「おい、キサマ」
すると。
「
「――っ!?」
次に黒衣の男が投げかけた言葉は、空宙にとっては更に衝撃的なもので。
「(いま、なんて……こいつ、なんでダアトのことっ……!)」
黒衣の言葉に耳を疑った空宙は思わずその場から立ち上がり。
「そうか……。その様子だと、キサマは何も知らないのだな」
そんな空宙のことを、黒衣の男はどこか残念そうな顔をしながらため息を吐くと。
「おい、次なるダアトの受者よ」
黒衣の男は改まり。
「キサマ、そのままだと」
次に、空宙へと向かって。
とんでもない事実を、明かすのだった。