星々がちりばめられる未知の空間にて、空宙が黒衣の男によって悪戦を強いられていた最中――。
「隊長……隊長っ……!」
生命の樹内、”流出の間”にて――。
「どこに、どこにいらっしゃるのですか……」
いくつもの障子部屋で構成された空間にまた、独り彷徨い取り込まれた者がいて。
「ここも違うっ……ここもっ……! いったいどこがホントの道なんだっ!」
額は汗ばみ、焦燥の色を顔に浮かべるその者も、怪しげに灯る青色の炎によって、この迷宮へと誘われ。
「はやく、はやく会わなければっ!!」
己の大事な存在を追って、勢いさながら生命の樹へと入っていったがしかし、浮世離れしたこの世界に振り回されてしまう。
「どこだ……」
何度も。
「どこだどこだっ!!」
何度も何度も。
「どれが正解なのだっ!」
同じ模様部屋をくぐり抜け。
次こそは、次こそはと。
障子戸へ手を掛け強く意気込み願いながら、開けていくが。
「なんで……どうして…………」
どうか、どうかと前を見ても。
変わらず、い草の燻る匂いと、甘く焦がれる艶やかな香りが混ざり広がる部屋が待っていて。
「…………隊長」
我慢がならないその者は。
「どこにいるのですかぁっ!!」
敵がどこかに潜んでいるかもしれない――。
そう思ってはいても、その場で大声を上げ己が求める者のことを呼び掛けても。
どこからも、返事が来ることはなく。
物音一つすら、その者の耳には届かず。
「はぁ……はぁ…………」
代わりに聴こえてくるのは、己の荒れる吐息と、心臓の音のみ。
ここまで進んできた道のことなど覚えてすらない。
ただ一心に。一刻も早く、あの人に会いたいと。
宝玉のように煌めく深紅の髪が乱れていることにも気づかずに。
腰に下げた鞘に納めた剣を抜き。
再び迷宮の奥へと突き進む。
* * *
「ここも、外れか……」
同じく場所は、生命の樹内、”流出の間”。
先に潜入していたローミッドは、魔族オーキュノスの術によって変わり果てた空間にて、偶々鉢会うこととなったエルフ国兵達と共に、畳間の部屋を行き来していたのだが。
「いい加減、なにかしらの兆しがあってもいいのだがな……」
もはや何度開け閉めしたか、分からない。
右へ進めど左へ進めど障子部屋。敢えて来たことのある部屋へと戻っては、選ばなかった方向の障子を開け直したとしても、彼らを待っていたのは瓜二つの空間が。
「絡繰りのような仕掛け部屋とも思ったのだが……。結局はただの置物ばかりか……」
こうも変わらぬ状況が続くとものなれば、もしやただ障子戸を開けて進むのが正解ではなく、部屋のどこかに隠れた場所があるのではないのかと――。
ふと、そう思ったローミッドは、ここまでの間、新たな部屋へと入っては、すぐに周りに置かれた小物や飾り物に触れたり掴んだり、持ち上げては隠し仕掛けのような魔道具はないものかと、些細な変化も逃さぬよう慎重に臨んでいたのだが。
「それでも打開されないというなら……もうあとは幻術系の魔術にさらされたとしか」
あれやこれやと悩みながらも、考えうるだけのことは手を尽くそうとし、部屋の隅々をじっくりと見渡して、一つ一つ原因を探っていく。
「…………よし、じゃあ次の部屋」
そうして、左右前方をそれぞれ一瞥して、次なる部屋へと向かおうと、決めた障子戸に手を掛けようとした。
その時。
「ま……まて…………」
足を動かそうとしたローミッドの肩に。
「――っ!」
何者かの手が掴みかかる。
驚いたローミッドは、障子戸を開けようとした寸でのところで後ろを振り返れば。
「す……少し休ませろ……」
そこには、顔中汗だくとなり、肩で大きく息をするエルフ国兵の姿が。
「だが、あまり時間は……。――っ!」
突然のエルフ国兵からの願い出に、一瞬顔を顰めたローミッド。
魔族との交戦の最中だからと、あまり悠長にしていられないと思った彼は、肩を掴むエルフ国兵へ異を唱えようとしたのだが。
すぐ、目の前のエルフ国兵から奥へと顔を向ければ。
そこには、顔色を悪くしては、畳の上に座り込む他のエルフ国兵たちの姿があったのだ。
「お、お前……開けろよとは言ったが、先に進むのが速すぎるんだ、よ……」
ローミッドの肩を掴んで引き留めていたエルフ国兵が、続けてそう言ったらば、その者もまた、ゆっくりとその場に膝から崩れ落ちて。
「そ、それは申し訳ない……」
言われてしまったローミッドは、あまりの不憫さに思わず謝ってしまい――。
エルフ国兵に言われて気付けば、ここまで休むことなくこの異質な空間内を行ったり来たりし続けて。あっちを調べるやこっちを調べるやと集中し続けてきたローミッド。
彼自体、これまで幾度も死線を潜り抜けてきた経験もあり、このような苦境の中での過ごし方や精神力にはかなりのタフさを持っていた。
「(あまり足を止めることは避けたいが、しかし……)」
では、他の者たちも彼と同じ。というわけでもなく。
国を守るためと、欠かさず鍛錬を繰り返す日々を過ごしてきたわけではあるが、この中にローミッドほどの凶刃さを兼ね備えた者はおらず。
「(……そうだ、な。いつ敵と遭遇するか分からないこの状況、いざ有事となった際に疲弊した状態では元も子もない……)」
思えば、ここまで水一滴すらも飲めていない。
空間に漂う甘ったるい香りも相まってか、エルフ国兵達の中には、具合を悪そうにしてまで、畳に突き立てた槍に己の身体を預けては、意地でも倒れに猗ようにと無理をし始める者まで出始めていて――。
「……分かった。ワタシが周辺警戒を務めておく間、みな、一時休憩としよう」
敵と交戦するとなった時、いざとなれば彼らと共闘することになるやもしれない。ならば、一人でも多く、戦力として協力できたほうが望ましいと考えたローミッドは。
いまだけは、彼らを故郷にいるレグノ王国軍剣士部隊の部下達だと思い、エルフ国兵の進言に従うこととした。
そうして。
「(……みな、思っていた以上に相当疲れがきているな…………)」
ローミッドとエルフ国兵らが休憩を取り始めてから少しばかり過ぎていた頃--。
「(肉体のほうは何とかなるとしても、特に精神のほう……こうも密閉された空間の中に居続ければ、息苦しさと緊張感にずっと耐えるなんてほうが難しい話だ)」
いつ、どこからでも敵が奇襲を仕掛けてきても大丈夫なようにと、ローミッド一人だけは剣を抜いて、周辺の見張り役を担っていたなかで。
「オレ、もうここから動きたくねぇ……」
「誰か、助けに来てくれないか……」
休むエルフ国兵達はみな、揃って古畳の上に倒れ込み、無警戒に天井を見上げる者や、この状況下に限界を迎えたかのように弱音を吐く者まで現れて。一人が呟けば周りもつられ、各々胸中にある不安を吐露し始めていた。
「(もしこの場に一人でもい治癒士がいたら、もっと状況は異なっていたのだが……)」
そんな彼らの様子を見ながら、ローミッドはこれまでの出来事を頭の中で整理しつつ、さらには今後の動き方についても思案をまとめ――。
そんななかで。
「(……他のみなは、無事なのだろうか)」
ふと、彼の脳内に過ぎったのは、離れ離れとなった他部隊長らの顔。
「(アリー殿もソラ殿も……もしかすれば、いまこの時にもどこかで…………)」
ここまで出口を探し、彷徨った時間は体感だけでも相当に長く。
いまだ、味方一人にすら会えていない。ましてや、脅威を振るう魔族側の手の者一体すらも倒せていない。
「(俺だけこんな所で足止めとは……急がねば)」
いつまでも、こんな部屋の中で路頭に迷っているわけにはいかない――。
勢いよく単身乗り込んだだけに、ここまで何も成しえていない自分自身のふがいなさに静かに怒り、閉じる障子をじっと睨んでは、持つ剣の柄を強く握り締め。
そして。
「…………ペーラ」
そんな彼が、続けて思い浮かべたのは。
「(どうか、無事に他の者と合流出来たのだろうか……)」
手塩にかけ、大事にだいじに育ててきた大切な一番部下のこと。
「(彼女はちゃんと、強い。これまでずっと、俺の傍で共に闘って生き延びてきたのだ。よほどのことがない限り、きっと大丈夫なはず……)」
半ば押し切る形になりながらも、彼女を一人、街へと残した判断については間違っていないと。
きっと今頃は、フィヨーツへと侵入してきた魔物達を粗方倒しきって、各所に散らばった他部隊長らと合流出来ているはずと信じて。
「(だがもし、彼女の身になにかあったとしたら……)」
ペーラがレグの王国軍へと入隊して以来、誰よりも間近で、彼女の成長を見守ってきたローミッド。
だからこそ、彼女の強さを理解しているからこそ、そんな彼の頭の中には、もしもの光景が過ぎってしまい――。
「時間がない。そろそろ動かねばっ……」
心の奥底から湧き上がる焦燥に駆られる彼は、エルフ国兵の皆に向け、行動再会の合図を送ろうと、声を掛けようとした。
――――その時だった
「…………? なぁ、水の音がしねぇか?」