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78.もしかすると



 ――ほ、本日よりレグノ王国軍剣士部隊に入隊することになりましたっ! ショスタ・ペーラと申しますっ!



 ――おおっ、君か。今日から入ってくると聞いていた新人というのは



 ――は、はいっ! まだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願いいたしますっ!



 ――ははっ。まぁそんな硬くならずに。こちらこそ、よろしく。レグノ王国軍剣士部隊部隊長の、ローミッド・アハヴァン・ゲシュテインだ



 ――ろ、ローミッド部隊長……! よろしくお願いいたしますっ!



 ――いい返事だ。ショスタ・ペーラ。どうか、これからこの国を、民を守る一員として、俺と一緒に闘ってほしい



 ――は…………はいっ!!



* * *



「…………来るぞっ!!」


 畳間の迷宮から板造りの広間へと入り来んだローミッドとエルフ国兵ら。


 そんな彼らを待ち受けていた物は、尋常ならぬ巨躯な身体を持つ怪物で。

 まるで岩山が聳え立っているかのような化け物は、彼らの前に立ちはだかった途端、ヒト一人など、赤子のように捻り潰せるほどの巨大な拳をローミッドへめがけて繰り出せば、今度は何もない板張りの壁面の中から、自身の体長と近しいほどの大刀を取り出して――。


「イザ…………ジンジョウニ……」


 エーイーリーと名乗り出た怪物は、銀飾の得物を手に取りし、左腰に添え当て居合の構えを見せる。


 明らかに。

 これからその大太刀によって斬り掛かろうという態勢に。


 ローミッドによる警鐘の声が、板造りの広間に響き渡るも。周りにいるエルフ国兵らからは呼応する様相が見られないどころか、怪物から醸し出される”殺し”の気に圧倒され、応戦する構えさえ取れず。


 いま、この時。


 己の命があの怪物によって、刈り取られてしまうという恐怖に身体の自由を支配されて。足の裏に根が這いつくばっているかのよう、その場に動けずじまいとなってしまう。


「はぁ……はぁ……。くっ……!」


 そんなエルフ国兵らの様子を一瞥しては、苦しい表情で、再び巨躯の怪物のほうを睨みつけるローミッド。


「(くそっ……。さっきの衝撃で、まだ視界が……)」


 エーイーリーの拳を受けた後、激突した壁の中よりなんとか立ち上がることが出来たものの、受けた衝撃の際に脳を大きく揺れ動かされ、床に剣は突き刺さったまま、ふらつく身体を支えようとして。


「(視ろ……視るんだ…………)」


 未だ戦える状態からは遠く。

 それでも、目の前の怪物の動きが見切れなければ、確実に。ここで自分は終わってしまうと――。


 拳だけでもあの重さ、あの威力。

 ”暴力”という文字をまさに体現したかのような、此の化け物が。今度は武器さえ手にしてしまえばなおのこと。


 絶対に。どうにかしてでも、あの化け物の動きを捉えねばと。


 必死に目を凝らし、敵の姿を見定めて。

 まぶたの筋肉が盛り上がれば、眉から額にかけては脈動する血管が浮き出るほどに。


 エルフ国兵らとローミッド。

 そして、エーイーリーの二陣の間に、緊張と静寂が混ざり合い。


 その、最中。


「…………あっ」


 意図せずに。


 一人のエルフ国兵が。

 コツンと、腕に抱えていた槍の柄の先を、思わず床へと打ちつけた。



 ――――瞬間



「「「――っ!!!!」」」


 エーイーリーの姿が。


「構えろっ!!!!」


 二度、ローミッドへと襲い掛かった時と同じように。


「「「ひ、ひぃっ!!!!」」」


 彼らの前から、忽然と消え。


 物凄まじい剣幕で叫び上がるローミッドの声に、エルフ国兵ら一同は、ほとんど反射で動いたかのよう、各々身体の前に慌てて武器を構え出す。



 ――――来る



 来る、来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る。



 心の臓は激しく鼓動して。

 血眼となっては必死の形相で。消えた敵の姿を探し出そうと、思わずもげてしまいようになるほどに、首を左右に振り続け、辺りを見渡す兵たち。


 死にたくない、死にたくはないと。


 誰よりも、何よりも。

 時よりも、光よりも。万物全てよりも早く。


 急いで、急いで。

 奴の姿を見つけねば。


 奴の姿が見えなくなってから、いまこの瞬間までもが。

 あまりに長く、地獄にいるかのような責め苦をさも受けている心地に怯え。


「あぁ……ああああっ!!」


 叫びたい、叫びたい。

 この一瞬の、刹那のやり取りに張り詰められた精神が狂ってしまいそうだと。解放されたく皆がつられて大声を上げそうになった。



 その、時。



「…………っ! うしろだっ!!!!」


「「「――っ!!!!!!」


 同じく辺りをせわしなく見渡していたローミッドが叫び、指差す方向を一同が見たらば――。



「………………イチ - 壱 -」



 エルフ国兵らの、その真後ろに。


「「「――!? うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」


 奴の姿が現れて。


 その巨体の影が、揺らめく紫の炎に照らされる床に映るや、構えていたエルフ国兵らは、振り返って怪物の姿を目にするよりも先に。


 叫び、その場から逃げ出そうとした。


 だが。


 振り被っていた巨人の両腕が。

 瞬く間もなく振りかざされれば。


「「「――っ!! ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」」」


 無慈悲にも、躱すことも武器で受けることも出来なかったエルフ国兵らを横なぎに払い。彼らは迫る銀飾の大太刀によってたちまちにその身を切られてしまい。


「ひ、ひぃぃっ!!!!」


「あぁぁぁぁぁぁっ…………!」


 大量の血飛沫舞い散る広間にて、真っ二つにされバラバラとなった仲間の身体が宙に浮く残酷な光景に絶叫する他のエルフ国兵ら。


 全身に返り血を浴び、衝動に気が狂ってしまったか、怪物へと刃を向けて駆け出そうとする者。

 恐怖に押しつぶされ、とうとう我慢ならずに怪物へ背を向け離れようとする者。


 運よく、怪物の初撃から逃れた者々が、次への行動を起こそうと。


 一歩。


 その一歩を踏み出そうとするよりも。



「……………………ニ - 弐 -」



 速く。



「「「――っ!?」」」


 怪物は、また別の位置へと姿を見せて。



「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」



 横一閃。


 銀飾の大太刀により、二、三人のエルフ国兵らの身体を斬り上げる。


 誰も、彼も。一歩も動くことすら出来ず。

 あっという間。複数のエルフ国兵らが怪物の持つ得物に屠られるなかで。



「………………サン - 参 -」



 立て続け、エーイーリーが詞を唱え、また姿を消し、現れ刀を振るうかと。

 その場にいた誰しもが、次にそう思った時。


「………………チガウ」


 凶悪な巨躯の怪物は、何を思ったか、刀を一度左越しにぶら下げる鞘の中へと納めれば。


……………………」


「(――っ!!)」


 その場から動かず首を傾げては、どこか納得のいかない様相を醸し出して。


「モウ…………イチドダ…………」


 暫く立ち尽くした後。


「イザ……ジンジョウニ…………」


 改めて、両膝を曲げ腰を落とし、左腰の鞘に手を添えて、再び構えを取り始める。


「やっ……やるんだっ!! やらなければこちらがあの化け物に殺されるぞっ!!」


「「「う、うわぁぁぁぁっ!!」」」


 板張りの床に転がる、冷たくなった同胞達の亡骸を見ては、自分もああはなりたくないと、震える両脚を、勇気を振り絞って動かして怪物へと迫ろうとするも。


「………………イチ - 壱 -」


「「「――っ!!」」」


 またしても、怪物の姿は掛けるエルフ国兵らの面前から消え去れば。


「…………カクゴ」


「「――っ! ギャアァァァァァァッ!!!!」」


 気付けば、彼らの背後を取っていて。

 怪物を討ち取ろうと迫ったエルフ国兵らは、たちまちエーイーリーの持つ大太刀によって遠くへと吹き飛ばされ。


「……………………ニ - 弐 ―」


「「いぎゃァァァァァァァッ!!!!」」」


「……………………サン - 参 -」


「「「ぐぎゃァァァァァァァッ!!!!」」」


 次々と。


「や、やめてくれぇぇぇえっ!!!!」


 その剛腕から繰り出される一閃により。


「ぐばァァァァァ…………!!」


 斬られ、倒れ命堕としエルフ国兵ら。

 襲い来る怪物の動きなど、誰一人として捕えることはできずして。


「…………モウ、イチド…………」


 暴れ回る怪物は、斬り掛かれば止まり、斬り掛かっては止まってを繰り返しながら。

 容赦なく、残虐に彼らの命を刈り取ろうとして。


「(…………まさか)」


 死屍累々。

 阿鼻叫喚と様変わる、地獄絵図描かれる空間で。


 ローミッドもまた、エーイーリーの動きを見ては、信じられないような顔をして。



『………………チガウ』



「(…………そんな、ことが)」



『…………モット、ハヤク』



「(奴は、はなから…………)」



『(モウ、イチド…………)』



「(はなから、なにも…………)」



 一体、さらに一体と。

 斬られ、殺されるエルフ国兵らの残骸を見るローミッド。


 いま、この瞬間まで。

 怪物の攻撃に対応する為と、奴の動きを分析し続けていた彼がずっと気にしていたのは、エーイーリー動きを止めた際に発していた言葉。


『モット、ハヤク…………』


 その言葉を耳にしてから、ある可能性が彼の頭の中に思い浮かばれば、まさかと思った後、それを確かめる為と、これまでのエーイーリーの動きを三度、じっと見続けて。


 そして。


「やはり…………そうだ……」


 はじめ、奴の拳を受けてから。

 これまでずっと、謎に包まれていた怪物の消失瞬間。


 さきほど耳にした言葉に。

あの化け物が移動した後の、いつの間にか床に出来たクレーターのような幾つもの穴ぼこと、何度も見返した動きを照らし合わせたらば――。


 そこからローミッドが出した予見。


 それは。


「なにも…………していなかった」


 目の前で圧倒する怪物が、術も技も全く使用いないのではという可能性。


「そんなことが、あり得るのか…………」


 初めは、疑問に思った時でさえも、彼は心底あり得ないと、自分の出した答えが受け入れきれなかったほど。


 


 それが、こんなにも驚異的なものとなるほどに、異常に突出していたとなれば。



 ――生物としての格が違い過ぎる



 もはや、フィジカルだけでの芸当だと、誰が予想出来ただろうか。

 ここまで絶望的な差が、あの怪物との間にあったとして。


「(もし、もし奴が術や技の類を隠し持っているなら…………)」


 いま以上の、凌駕するような何かの能を持っているとするならば。


「…………すまない、ペーラ」


 いよいよ、ローミッドの脳内に。


「俺は、もしかすると」


 明確に。


「君とはもう、生きて会えないのかもしれない」



 最悪の事態が、過ぎる。


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