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79.一か、八か



 ――あ、あのっ……! ローミッド隊長っ!



 ――ん? どうした、ペーラ部隊員



 ――そ、その…………。ローミッド部隊長の剣は、どうしていつも、そこまで真っすぐで、決してブレるようなことがないのでしょうかっ……!



 ――俺の、剣? んー、どうなのだろうか……。普段、外からどう見られているかなんて、あまり意識したことはないからな……



 ――強さの秘訣とか……。日々の鍛錬で心掛けていることなど……!



 ――うーむ……。そうは聞かれても、秘訣、というほど特別なことは……。そうだな…………ただ



 ――ただ……?



 ――俺の剣が……何かの未来、その先へと繋がるよう。それを願い、日々を過ごさせていただいているという感謝を忘れずに、この職務へ当たっているという意識は……そうだな。そう、心がけているつもりだ



 ――何かの、未来……?



 ――あぁ。この国の、民の未来に……俺が受け持つ部下達全員の未来もそうだ。この世界のことから、一人の人間、一つの生き物、一つの命……なんでもいい。何かに拘るわけではない。大きなことを成し遂げようなど、そんな大それた憧憬でもない。ただ、俺の剣で、俺の一振りで……。誰かの明日を守れるなら、安心んして明日を生きていられる世の中をつくる礎の、ほんの一欠片となれるのなら。今日も、いまこの時も。一所一所、懸命に……己の剣を振り続けいこう、とな



――そう……なのですね…………



――もちろん



 ――もちろん……?



 ――ショスタ・ペーラ部隊員。キミの未来、明日の安寧がどうか約束されることも、毎日欠かさず、きちんと祈っているよ



 ――…………隊長、わたしっ……!



* * *


「うぎゃァァァァァァッ!!!!」


 一人。


「ぐばァァァァァァァッ!!!!????」


 また、一人。


 板づくりの広間を縦横に暴れ動くエーイーリーによって、その身を叩き斬られ、大量の血飛沫を上げ絶命させられて。


「…………ペーラ」


 ここまで幾度の死線を乗り越えてきたローミッドでさえも。


「俺は…………もう君には生きて会えないのかもしれない」


 敵がここまで、ただの身体能力一つだけで圧倒していると。

 生物としての格の違いを見せつけられた瞬間、いよいよ、己の最期が脳裏に過ぎり始めて。


「…………ゴ - 伍 -」


 銀飾の大太刀を振り続ける怪物は。


「…………ロク - 陸 -」


 圧倒的な力によって、絶望をひたすらに与え続け。


「アァ…………ソウダ………………」


 絶えず、斬っては瞬間移動を繰り返し、暫くすれば、立ち止まっては避ける大口から吐息と共に言葉を吐き出す。


 更には時折、銀飾の大太刀を顔の目の前へと掲げれば、感触を確かめるよう、長い長い刀身を掌でゆっくりとなぞるなどといった仕草も見せて――。


 そうして。


「………………イザ、ジンジョウニ」


 仕切り直しだ、と。再び構えを取れば、未だ生き残っているエルフ国兵らに向かって襲い掛かろうとする。


 攻撃を繰り返していくうちに、巨躯の怪物の動きは初動の時よりも洗練され、徐々にキレは増していき。

 斬られたエルフ国兵らの身体の切り口は、最初の犠牲者よりも鋭く、より平衡となっていて――。


 初め、この板造りの広間に入ってきた時には数十人いたエルフ国兵らも、次々とエーイーリーによる斬撃によって命を落とされて、いま生き残っている数はもうたったの数人限りと、数えるだけのものとなり。


 左右にびっしりと並び、敷き詰められていた古畳はどれも無惨に斬られ潰され散らばれば、それぞれが床に溢れる血を吸い、イ草を真っ赤へと染め上げる。


 まだ闘える者でさえ、決して死にたくはないと、武器は怪物へと向けてはいても、五体が満足だとしても、気力はほとんど失いかけ、次どこへ現れるか分からない巨躯の怪物に、ただただ震え、怯えることしかできず。



 なにかをしようとしても。


「………………イチ - 壱 -」


「――っ! ぎゃあぁぁぁぁっ!!」


 なにもしなかったとしても。


「………………ニ - 弐 -」


「よ、よせっ……! こ、こっちに……アァァァァッ!!!!」


 その身に凶刃を受け、宙を舞い、床に落ちて転がれば。

 生けし器は、ただの虚しき肉塊となりて。



 ーーーー俺も、あぁなってしまうのか



 斬られ、転がるエルフ国兵の上半身が。

 剣構えるローミッドの足元へと留まって。


 ローミッドの眼の奥を覗き込むよう、虚ろと化した両の眼が。

 偶然にも重なった視線を通して、彼に残酷な敗者の末路を突きつける。


 鮮明に、己が死ぬという想像を刻み込まれるローミッド。

 ゆっくりと顔を上げ、目線をエルフ国兵の亡骸から、遠くに立つエーイーリーへと移し。


 暫し、奴の姿を見たならば、今度はおもむろに、自身が手に持つ剣へと目を向ける。


「(俺は…………)」


 刀身に映る、自分の顔。

 チラチラと、紫炎の灯りで揺らめくそれを。



 見た、途端ーー。



 何が、そうさせたのか。

 突然、彼の脳裏に浮かんできたのは、これまで生きて、歩んできた道のりと、その記憶。


 レグノ王国から遠く離れた、地方の田舎町で生まれて育ち、人族を守る剣士へと憧れて。

 誰かを守れる存在となりたいと、若くして王国剣士部隊へと入団し。決して、一度も初心を忘るることはなく、研鑽に励み、国と民を守る働きをし続けてきた。


「(俺は…………これまで、きちんと役目を果たせたのだろうか)」


 部隊長となって、部下という大切で、身近な存在を持ち。そんな、かけがえのない仲間も守れるようにと。彼らが、壱日でも長く共に国や民のために尽くせるようにと。より一層剣の一振りに、氏名と責務の重さを乗せて。


「(俺と関わってきた人達の未来を……。俺は、俺の剣で、明日へと繋ぐことが出来たのだろうか……)」


 これまでの、ここまで歩いた道のりに、間違いはない。


「(レグノ王国の民に…………レム王、ユスティ殿)」


 守り。


「(そして……俺の大事な部下達)」


 育て。


 そして。


「(………………ペーラ)」


 体現し、伝えてきた。


 もし、このままここで、潰えたとしても。

 本当に、もう役目は果たし終えたと。


 胸を張って、そう言えるのだろうかと。


 魔族との闘いに終止符を打ち、平穏な世界を届けることを。

 あとの者達に、このまま託していいのだろうか。



 もう、後悔は、ないのか――。



『…………隊長、わたしっ……! 私も、ローミッド部隊長の未来を、一日でも多く、明日に繋げられるように、頑張りますっ!』



「(………………あぁ)」


 ふと、ローミッドは目を閉じて。


「(…………そういえば、君はあの時、そんな言葉を返していたな)」


 いつの日か、彼女との束の間のやり取りを思い出す。


「(…………そうだな)」


 こみ上げる懐かしさに、暫しの間、向き合えば。


「(彼女にはまだ、伝えきれてないものがある…………)」


 再び目を開け、手に持つ剣を見つめ直す。


「…………すまない。その剣、拝借させてもらう」


 そうして、足元に転がり、亡骸となったエルフ国兵の手から零れた剣を拾い上げれば。


「…………おいっ!! 怪物っ!!!!」


 丁度、動きを止めていたエーイーリーに対し。


「俺と、勝負しろ」


 たったいま、拾い上げた剣を、奴へと向けて思いっきり投げ飛ばす。


「………………アァ。ツワモノよ」


 金切り音を響かせて、床に激しく打ちつけ滑る剣へと顔を向けた怪物は。


「イザ、ジンジョウニ…………」


 すぐさま身体の正面を、ローミッドがいる方へと移動させ。

ゆったりと、居合の構えを取り始めようとする。



「(通じるかどうかは分からない…………)」


 標的定められたローミッド。


「(それでも、こいつはここで仕留めなければならない)」


 怪物からは、悍ましい”殺し”の気が発せられても。

 彼は怖気ずに、奴と同じ構えを見せる。


「(生かしてしまえば、いずれ、他の仲間達にも影響が出てしまう)」


 怪物の姿を一点に見定めて。


「(せめて、相討ちとなったとしても)」


 剣を握る拳に、渾身の力を込めてゆく。



 自分が決めて、歩んだ道のりを。

 最後の最後まで、踏破しよう。


 これから繰り出す剣技、それこそが。

 誰かの未来を拓くものとなるならば。


「(お前はここで、必ずや)」


 ”一心”という詞以外。



 どれも、全てを捨ててしまおう――。



 三丈半の長を挟み、静かに構える剣士と怪物の。

 間に張り詰めるは、緊張の糸。



「剣・奥義」



 ――いま、この時



 レグノ王国軍剣士部隊部隊長。

 ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン。


 覚悟を決めた、一人の剣士の。


 一か八かの大勝負が。



「” התפלל לשלום לנצחヒートゥパレ・ラシャローラ・ネツァハ ” - 永遠に祈りし、安寧を -」



 いざ、始まらんとす。


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