――あ、あのっ……! ローミッド隊長っ!
――ん? どうした、ペーラ部隊員
――そ、その…………。ローミッド部隊長の剣は、どうしていつも、そこまで真っすぐで、決してブレるようなことがないのでしょうかっ……!
――俺の、剣? んー、どうなのだろうか……。普段、外からどう見られているかなんて、あまり意識したことはないからな……
――強さの秘訣とか……。日々の鍛錬で心掛けていることなど……!
――うーむ……。そうは聞かれても、秘訣、というほど特別なことは……。そうだな…………ただ
――ただ……?
――俺の剣が……何かの未来、その先へと繋がるよう。それを願い、日々を過ごさせていただいているという感謝を忘れずに、この職務へ当たっているという意識は……そうだな。そう、心がけているつもりだ
――何かの、未来……?
――あぁ。この国の、民の未来に……俺が受け持つ部下達全員の未来もそうだ。この世界のことから、一人の人間、一つの生き物、一つの命……なんでもいい。何かに拘るわけではない。大きなことを成し遂げようなど、そんな大それた憧憬でもない。ただ、俺の剣で、俺の一振りで……。誰かの明日を守れるなら、安心んして明日を生きていられる世の中をつくる礎の、ほんの一欠片となれるのなら。今日も、いまこの時も。一所一所、懸命に……己の剣を振り続けいこう、とな
――そう……なのですね…………
――もちろん
――もちろん……?
――ショスタ・ペーラ部隊員。キミの未来、明日の安寧がどうか約束されることも、毎日欠かさず、きちんと祈っているよ
――…………隊長、わたしっ……!
* * *
「うぎゃァァァァァァッ!!!!」
一人。
「ぐばァァァァァァァッ!!!!????」
また、一人。
板づくりの広間を縦横に暴れ動くエーイーリーによって、その身を叩き斬られ、大量の血飛沫を上げ絶命させられて。
「…………ペーラ」
ここまで幾度の死線を乗り越えてきたローミッドでさえも。
「俺は…………もう君には生きて会えないのかもしれない」
敵がここまで、ただの身体能力一つだけで圧倒していると。
生物としての格の違いを見せつけられた瞬間、いよいよ、己の最期が脳裏に過ぎり始めて。
「…………ゴ - 伍 -」
銀飾の大太刀を振り続ける怪物は。
「…………ロク - 陸 -」
圧倒的な力によって、絶望をひたすらに与え続け。
「アァ…………ソウダ………………」
絶えず、斬っては瞬間移動を繰り返し、暫くすれば、立ち止まっては避ける大口から吐息と共に言葉を吐き出す。
更には時折、銀飾の大太刀を顔の目の前へと掲げれば、感触を確かめるよう、長い長い刀身を掌でゆっくりとなぞるなどといった仕草も見せて――。
そうして。
「………………イザ、ジンジョウニ」
仕切り直しだ、と。再び構えを取れば、未だ生き残っているエルフ国兵らに向かって襲い掛かろうとする。
攻撃を繰り返していくうちに、巨躯の怪物の動きは初動の時よりも洗練され、徐々にキレは増していき。
斬られたエルフ国兵らの身体の切り口は、最初の犠牲者よりも鋭く、より平衡となっていて――。
初め、この板造りの広間に入ってきた時には数十人いたエルフ国兵らも、次々とエーイーリーによる斬撃によって命を落とされて、いま生き残っている数はもうたったの数人限りと、数えるだけのものとなり。
左右にびっしりと並び、敷き詰められていた古畳はどれも無惨に斬られ潰され散らばれば、それぞれが床に溢れる血を吸い、イ草を真っ赤へと染め上げる。
まだ闘える者でさえ、決して死にたくはないと、武器は怪物へと向けてはいても、五体が満足だとしても、気力はほとんど失いかけ、次どこへ現れるか分からない巨躯の怪物に、ただただ震え、怯えることしかできず。
なにかをしようとしても。
「………………イチ - 壱 -」
「――っ! ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
なにもしなかったとしても。
「………………ニ - 弐 -」
「よ、よせっ……! こ、こっちに……アァァァァッ!!!!」
その身に凶刃を受け、宙を舞い、床に落ちて転がれば。
生けし器は、ただの虚しき肉塊となりて。
ーーーー俺も、あぁなってしまうのか
斬られ、転がるエルフ国兵の上半身が。
剣構えるローミッドの足元へと留まって。
ローミッドの眼の奥を覗き込むよう、虚ろと化した両の眼が。
偶然にも重なった視線を通して、彼に残酷な敗者の末路を突きつける。
鮮明に、己が死ぬという想像を刻み込まれるローミッド。
ゆっくりと顔を上げ、目線をエルフ国兵の亡骸から、遠くに立つエーイーリーへと移し。
暫し、奴の姿を見たならば、今度はおもむろに、自身が手に持つ剣へと目を向ける。
「(俺は…………)」
刀身に映る、自分の顔。
チラチラと、紫炎の灯りで揺らめくそれを。
見た、途端ーー。
何が、そうさせたのか。
突然、彼の脳裏に浮かんできたのは、これまで生きて、歩んできた道のりと、その記憶。
レグノ王国から遠く離れた、地方の田舎町で生まれて育ち、人族を守る剣士へと憧れて。
誰かを守れる存在となりたいと、若くして王国剣士部隊へと入団し。決して、一度も初心を忘るることはなく、研鑽に励み、国と民を守る働きをし続けてきた。
「(俺は…………これまで、きちんと役目を果たせたのだろうか)」
部隊長となって、部下という大切で、身近な存在を持ち。そんな、かけがえのない仲間も守れるようにと。彼らが、壱日でも長く共に国や民のために尽くせるようにと。より一層剣の一振りに、氏名と責務の重さを乗せて。
「(俺と関わってきた人達の未来を……。俺は、俺の剣で、明日へと繋ぐことが出来たのだろうか……)」
これまでの、ここまで歩いた道のりに、間違いはない。
「(レグノ王国の民に…………レム王、ユスティ殿)」
守り。
「(そして……俺の大事な部下達)」
育て。
そして。
「(………………ペーラ)」
体現し、伝えてきた。
もし、このままここで、潰えたとしても。
本当に、もう役目は果たし終えたと。
胸を張って、そう言えるのだろうかと。
魔族との闘いに終止符を打ち、平穏な世界を届けることを。
あとの者達に、このまま託していいのだろうか。
もう、後悔は、ないのか――。
『…………隊長、わたしっ……! 私も、ローミッド部隊長の未来を、一日でも多く、明日に繋げられるように、頑張りますっ!』
「(………………あぁ)」
ふと、ローミッドは目を閉じて。
「(…………そういえば、君はあの時、そんな言葉を返していたな)」
いつの日か、彼女との束の間のやり取りを思い出す。
「(…………そうだな)」
こみ上げる懐かしさに、暫しの間、向き合えば。
「(彼女にはまだ、伝えきれてないものがある…………)」
再び目を開け、手に持つ剣を見つめ直す。
「…………すまない。その剣、拝借させてもらう」
そうして、足元に転がり、亡骸となったエルフ国兵の手から零れた剣を拾い上げれば。
「…………おいっ!! 怪物っ!!!!」
丁度、動きを止めていたエーイーリーに対し。
「俺と、勝負しろ」
たったいま、拾い上げた剣を、奴へと向けて思いっきり投げ飛ばす。
「………………アァ。ツワモノよ」
金切り音を響かせて、床に激しく打ちつけ滑る剣へと顔を向けた怪物は。
「イザ、ジンジョウニ…………」
すぐさま身体の正面を、ローミッドがいる方へと移動させ。
ゆったりと、居合の構えを取り始めようとする。
「(通じるかどうかは分からない…………)」
標的定められたローミッド。
「(それでも、こいつはここで仕留めなければならない)」
怪物からは、悍ましい”殺し”の気が発せられても。
彼は怖気ずに、奴と同じ構えを見せる。
「(生かしてしまえば、いずれ、他の仲間達にも影響が出てしまう)」
怪物の姿を一点に見定めて。
「(せめて、相討ちとなったとしても)」
剣を握る拳に、渾身の力を込めてゆく。
自分が決めて、歩んだ道のりを。
最後の最後まで、踏破しよう。
これから繰り出す剣技、それこそが。
誰かの未来を拓くものとなるならば。
「(お前はここで、必ずや)」
”一心”という詞以外。
どれも、全てを捨ててしまおう――。
三丈半の長を挟み、静かに構える剣士と怪物の。
間に張り詰めるは、緊張の糸。
「剣・奥義」
――いま、この時
レグノ王国軍剣士部隊部隊長。
ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン。
覚悟を決めた、一人の剣士の。
一か八かの大勝負が。
「”
いざ、始まらんとす。