ローミッド視点
…………あぁ
「すぅーーーー…………はぁ…………」
自分の呼吸音が、不思議とよくハッキリと聴こえてくる。
「すぅーーーー…………はぁーーーー…………」
口から吸いこんだ、冷たく張り詰めた空気が。
気管を通り、縮こまった肺の中にゆっくりと。
めいっぱいに、広がっていくのが分かる。
「アァ…………ツワモノよ…………」
投げ込まれた剣を見てから、奴がこっちへと気付いても。
今はもう、さっきまで感じていた恐怖心はどこにもない。
背中に受けた痛みも、内臓を圧迫する違和感さえも、全く気にならないくらい。
「剣・奥義」
全神経が。
「”
目の前の化け物、ただ一つに集中される。
「イザ…………ジンジョウニ」
あぁ。
やはり、剣はいい。
柄に触れると、自然と視界は広がっていき。
肩に凝り固まった力は徐々に抜けていけば、沈み込む上半身に流れを委ねるよう、腰は適度な位置まで落とされて。
視線は狙うべく高さへ、斬撃を喰らわすべき奴の体へと真っすぐに、定められんとし。
心、技、体。
いま、己に。自分自身にとって必要なもの。そして、不必要なもの全てを教授し、与えてくれる。
やはり、俺は剣士でよかった。
ツェデック・ザフィロ部隊長のような、人という枠を飛び越えた魔法の才があるわけでも。カスピーツ・メルクーリオ部隊長のような、神に与えられた奇跡と呼ばれるような癒しの力があるわけでもない。
………………だが
いま、この時もまた。
これまで幾度も繰り返してきたように、この剣により、これからの一振りで。
何かの、誰かの未来が。明日が拓かれるのならば。
平穏な世界の、その礎の一欠片となれるのなら、と……
そう思えた途端、この胸の奥。心の臓からは熱く滾る力が流れ出し。
身体の芯を通じて、両腕へ、両の手へ。
そして、握られる剣へと注がれて。ようやく全てが一体と成る。
さぁ…………
準備は、整った。
どうか、この世界の全ての生命の源であるマナよ。
この愚直な己を、最期まで導いてくれ。
「”
「――っ!」
己が咆哮と共に、耳を劈くような轟音が、自分の身体中からけたたましく鳴り響く。
足元を震源とする震えが急速に伝搬すれば、空間全体を、激しく揺れ動かして。
空気中から体内へと侵入してくる大量のマナが、己の血管を、骨を、筋肉を。
大切な者を守るために働くべき器官、その全てを異常に膨張させ。
「”
人という、俺の凡庸な器に、溢れんばかりの万力を生み出し、与えんとす。
「ぃっ…………ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!!!!!!!」
全身が、細胞の全てが軋む。
内から湧き上がる圧迫感と、全身を巡る想像を絶する痛みに、あわや己の精神が吹き飛びそうになる。
あぁ。だがな……
ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン。
”こんなもの”で、簡単にくたばろうとするんじゃあないぞ。
守るのだろう? この剣で。
己に科した使命を、いまこの時。
全てを尽くせる限り、果たすのだろう?
「………………はっは」
………………笑え
「はっはっはっは…………!!!!」
なぁ、笑えよ…………!
キツイ時こそ、窮地に立たされた時こそ、腹の底から笑え。
声を出せ。
めいっぱいの呼吸を繰り返せ。
沸騰する己の血を、体内で激しくうねり、暴れようとする血管を極限にまで張り巡らせろ。
止めるなよ。
木端微塵に全身の骨が折れようが、全ての筋線維が断裂しようが、四肢が無くなろうが。
己の身体が、塵芥となろうが。
――――絶対に、止めるなよ
たとえ、この身体が機能を果たせなくなったとしても。
奴が倒れるその時まで、剣を振り続けろ。
途中で刃が折れたとしても。
何度も何度も拾い上げ。
何度でも、何度でも。
あの巨体目掛けて斬り掛かれ。
奴が、倒れるまで。
奴が、倒れた後でも。
さぁ。
ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン。
大切な者達を守るため。
この剣に。
己の全てを乗せて――。
………………おい、化け物
「…………アァ、ツワモノよ」
………………いまの、俺は
「………………イチ - 壱 -」
……………………お前よりもずっと、速く
「…………遅い」
………………………………ずっと、強いぞ
「“
奴が、俺に目掛けて一撃目を振ろうとした時。
「――っ!!」
既に、奴の大太刀が通過したところには、俺の姿は消えて。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!!!」
その頃にはもう、俺は奴の背後へと回り。
奴の、巨大な岩石のような分厚い背を地面から天上へと向かって斬り上げていた。
「――っ!! …………ニッ! - 弐 -」
俺の剣が完全に奴の背を通過した後、奴は衝撃に押されるような形でその巨体を前へと屈めれば、すぐに背後上で舞い上がる俺へと向かって、振り返る形で大太刀を振り回してきた。
だが。
「”
再び、奴の剣が俺の左脇腹を捉えようとした瞬間。
「――っ! …………マタ、カ」
俺の身体は、奴から見れば霧状となって空間の中へと溶け込んでいったように姿を消し。
「…………おい、どこを見ている」
奴の剣が空を切ったとき。
俺は、奴の左側遠くへと姿を現して。
捻じられた奴の上半身を睨み、剣を構え直す。
「”
奴が、次の攻撃を仕掛ける前に。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
奴が、次への動き出しを見せる前に。
風の速さの如く。
奴の、懐へと接近し。
「”
二撃、三撃と。
ありったけの力を籠め、奴の身体に己の剣を叩き斬る。
「…………サンッ! - 参 -」
………………遅いぞ
「シィッ…………! - 肆 -」
……………………どこを、見ている
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
斬っては躱し、斬っては瞬時に奴の死角へと回り込んで。
何度も、何度も斬りつけて。奴のその腕を、その胴を、その頸を切り落とさんと剣を振り続ける。
次々と、奴の身体には切り傷が刻まれて。
あちこちから、生き物とは思えないような、どす黒い色をした体液が飛び散ってゆく。
まだだ……まだ、だ…………
奴はまだ、地面に膝をつけてはいない。
奴はまだ、どこの部位も欠損していない。
奴にはまだ、十二分に動ける力が残っている。
「”
たとえ。
「ぐっ…………!?」
たとえ、途中で骨にヒビが入り始めても。
「…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
両眼から、鼻から血が噴き出し始めても。
「”
決してこの剣を、止めずに振り続けろ。
この化け物が、地面に伏して。
二度と、起き上がれなくなるその時まで。
大切な者を守るため。
我、ローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
己が信念を、この剣へと乗せ。
奴の心臓を。
いざ、貫かん。