『…………は? あいつらが?』
――そっ。いまねー、魔族の奴らがフィヨーツに侵入して、生命の樹を滅ぼそうとしててねー。あいつらの術で、ツヨヨの仲間もちょーピンチになっちゃって。マジやばたにえんって感じなんだよねぇ
『う、嘘だろそんなの……も、もしホントだったら、もう誰も助けようが』
――ほんとに?
『………………え?』
――ほんとに、もう誰もいない?
『いや、だって……総隊長は基地からぜってー離れるわけにはいかないし、他に向かえる戦力なんか』
――いるじゃん、ツヨヨが
『………………は?』
――ツヨヨがいるじゃん
『え、は? い、いや、だから……さっきのオレの話聞いてた!? オレはもう』
――うん、でも関係あるの?
『………………えぇ?』
――そんなの、関係あるの?
『い、いや……お前、そんなのって』
――みーんな、いなくなっちゃうよ?
『………………』
――ツヨヨは、それでもいい?
『……お、オレは………………』
――ねぇ、ツヨヨ
漢、オニ見せてこーぜ――。
* * *
「さぁさぁサァッ!!!!」
限界間近、崩壊の危険水域にまで陥る専用エレマ体を装着しながら、巨躯の怪物を相手に板造りの広間にて大立ち回りを演じる天下。
「………………ロクッ!! - 陸 -」
連発させる高火力のエネルギーによって、その反動負荷に耐えられなくなったエレマ体は、いよいよそのフォルムを維持することもままならず。端々から分解されたエレマが細かな粒状となって、少しずつと瓦解を始めていて。
「こっちだよっ!!!!」
それでもなお。
「――っ! ………………キンッ!! - 欣 -」
彼は、この闘いから一歩も引く様子を見せず。洗練されゆくエーイーリーの動きに確と合わせ、迫り来る大太刀をギリギリで躱し、臆することなく、上下前後と軽快な動きと体裁きで、奴へと食らいつこうとする。
「ウットウ…………シイ……」
周りを何度もちょこまかとされ。
己が巨体の周りを、まるでネズミのように細かく動かれて。一瞬、肩に乗られたと思いきや、すぐさま背を滑られそこから臀部、足元へと移動されたらば。
「フンッ!!!!!!」
天下目がけて大太刀を振り払うも、刃が足元を通過する前には既に、間合いの外側へと逃げられて。
「ナンナノダ……コヤツノ、タタカイカタ、ハ…………」
決して逃げ腰でいる様相ではない。かといって、先ほどまで対峙していたローミッドとは違い、真っ向から勝負を仕掛けてくるような動きを見せるわけでもないと。
そんな、予測のつかない天下の動きに、徐々に翻弄されるエーイーリーは、次第に苛立ちを言動へと露わにし出せば。
「ナラバ…………」
これ以上、小物の策に付き合ってはいられぬと。
「”
ふと、これまでの連撃技を止めたらば、銀飾の大太刀を両手で握り直し、ゆっくりと自身の左横腹の辺りにまで寄せて。
その巨体を僅かに反時計回りへと捻じり、横なぎの構えを取ろうとする。
しかし。
「そこォっ!!」
「――ッ!?」
そんなエーイーリーの動きをしっかりと観察していた天下は、エーイーリーが技を繰り出す寸でのタイミングで。
「うおらぁっ!!」
「グァッ!?」
勢いよく板張りの床の上を滑り、姿勢を屈めたまま潜り込むように巨躯の怪物の左臀部へと向かうと、赫刀に燃える剣の先で、奴の右籠手を思いっきり突き。
「隙見せるたぁ甘いぜぇっ! ツワモノジャンキーさんよぉっ!!」
天下の突き技により、僅かに手元が狂ったエーイーリーは、そのまま軌道を修正することもなく。
横一閃と。
構えた銀飾の大太刀を左から右へ、物凄まじい速度で振り払うも。
その一振りにより、大太刀の刀身からは白波の飛ぶ斬撃が発生するが、天下を狙い澄ましたはずのそれは、ヒトも獲物もいない虚な場所へと、文字通り空を斬って飛んでいき。
板張りの壁面へと衝突すれば、轟音携え、ただただそこには一文字の斬れ跡を深々と刻むだけとなり――。
「はっはぁーっ!! そのままずっと空振ってろってんだよぉっ!!」
「………………キサマ」
明後日の方向へと吹き飛んでいった白波の斬撃を見て、間を空くことなくエーイーリーへと向かって煽り散らす天下は。
「へっへーんっ」
怒りによって身体を震わす巨躯の怪物が自分へと振り返ると同時に、悪戯に舌を出し、瞬間、また距離を取るためにと奴の足元から消え去って。
「さぁ次ぁどこを狙って外すんでしょぉかねぇっ!!」
ペーラとローミッド、そしてエルフ国兵らがいる場所から反対側の位置へと姿を現すと、そこから遠く仁王立つ巨躯の怪物へ向け挑発を続ける。
幾度も幾度も。
「此ノ………………」
バカにされるような態度を取られ続けて。
「クセ者、ガ…………」
分厚い頭蓋骨を持つ頭部には、ハッキリと。
遠くから眺めても分かるほどの青筋が浮き上がれば、沸々と静かな怒りを腹の底で煮えたぎらせるエーイーリーだが。
対して。
「おーっ? どうしたぁジャンキージャンキーッ! もう限界かぁ? それともションベンでもしたくなったのかぁ?」
広間中のあちこちに緊張の糸が張り巡らされたかのような、ひりついた空気の中で。ひたすらに、天下はあっけらかんとした表情を浮かべて。
手に持つ赫刃の剣を宙へと軽く投げては、持ち手を次々と持ち替えたりなどして。
あまつさえ、余裕ともとれるような行動さえ見せていた。。
それでも。
「(…………ちっ、流石にそろそろヤベェぞ)」
心境は決して、表へ露わにする態度と合致しておらず。
「(もうこっちのエレマ体なんて限界ギリギリもいいところ……。てかアレ出てくるの、まじでいつなんだよっ……!)」
闘い続ける最中、いまこの時も。目の前で浮かび上がり続ける【警告】を示す赤点滅のパネルに目をやりながら、敵に動揺を悟られないよう最小の動きで、この広間中の端から端を、しきりに何度も見渡して。
「(もうこれ以上は時間も稼げねぇし、あのデカブツの攻撃なんざ一撃でも喰らっちまえば…………)」
もう、いつ己が装着うるエレマ体が消滅して、生身の身体となってしまうのか――。
内心焦る天下の脳裏には、そんな最悪の事態が過ぎり出した。
その時。
「………………ウツロ - 虚 -」
「――っ!」
ここまでじっと、天下の言動に対して、怒り耐え続けていたエーイーリーが。
「(………………なんだ?)」
これまでの様相とは異なり。
銀飾の大太刀を構え直すわけでもなく、ただ小さく言葉を吐き出したかと思えば。
次の瞬間。
「………………フンッ!」
「――っ!?」
なんといきなり、右手に握り締めていた大太刀を、突然天下へ向けて投げつけて。
「(ばぁっ……!?)」
不意を突かれた天下は、瞬く間に急接近する大太刀を躱すべく、急いで立っていた居場所から横っ飛びし。
「あっぶっ……!?」
回避した瞬間、空を直進する大太刀が天下の後頭部ギリギリを掠め。
「どわぁぁっ!?」
天下が板張りの床へと思いっきり顔からつんのめ転がると同時、天下の髪の毛を数本刈り取った大太刀は、そのまま奥の木壁へ物凄い勢いで突き刺さり。
「(……っぶなっ!? あいつ投げることもしてくんのっ……!)」
床へと倒れ込む際、大太刀が木壁へと突き刺さる瞬間を目にしていた天下は。
「(かよっ…………!)」
すぐに起き上がり、大太刀を投げ込んできた怪物の姿を再び見ようとして顔を上げた。
「(……………………は?)」
だが。
「………………トラエ、タ」
――――刹那
「ウケルガ、イイ…………」
天下が見ようとした目線の先にはもう、あの巨躯の怪物の姿はどこにもなく。
代わりに、彼の右横へは。
巨大な岩石のような拳が、迫って――。
「――っ!!!!!!」
鈍く、弾けるような音が辺り一帯にと轟けば。
「………………ガハッ!」
エーイーリーが放った拳を、エレマ体全身でまともに受けてしまった天下は。
「(いまっ……なにっ…………がっ)」
防御の体勢や構えを取ることも出来ず、一切に為す術なくその場から勢いよく殴り飛ばされ。
背中から激しく、壁へと叩きつけられたらば、痛みとは引き換えに、身体中の隅々に渡って途轍もない衝撃が襲い掛かり。
「カハッ……ゲホッ…………!」
脳を、肺を、内臓を。
強い揺れと圧迫感が、あっという間に彼の五感全てを飲み込むよう支配して。
ぐるぐると、どこが地面でどこが天井なのだか全く以って把握できないほどの、グチャグチャとなった視界の中。
「クソッ……たれが……!」
瓦解が進むエレマ体を何とか動かそうと、仰向けに倒れた身体を反転させ、片肘を突き上半身を起こそうとするも。
「キサマ、ハ………………」
「――っ!!」
その時にはもう。
「ユル、サヌゾ…………」
既に奴は、吹っ飛んでいった天下の目の前へと立ち塞がっており。
「(や、ヤバッ…………!)」
怒りを伴った、その仁王立つ姿を目の当たりにして。
すぐに天下はその場から離れようとするも。
「………………フンッ!」
「ガッ……!?」
回避の隙すら作らせてもらえず。
今度は巨木の丸太のような脚が、天下の左脇腹を捉えれば。
「グボァッ…………!!」
またしても凄まじい衝撃を受けながら、天下の身体はピンポン玉のように軽々と蹴り飛ばされ、宙を舞い広間を横切れば、今度は反対側の壁へと頭から激突してしまう。
「もういいっ!! 私達のことはもういいからっ!!!!」
赤子を捻るよう扱われる天下に、闘いを見続けていたペーラが彼のやられっぷりに思わず叫び声を上げるも。
「ガハッ……! ハァ……! ァ…………」
そんな彼女の声など、一文字も彼の耳に入ってくることなどなく。
二度、連続と致命的な一撃をまともに喰らってしまった天下は、身体を動かそうとするどころか、呼吸すらままならない状態にまで陥って。
「(ダメ……だっ…………これ、以上は……)」
エレマ体の各構成状況など、パネル上で確認するまでもなく。いま己が着ているエレマ体は間違いなく、消滅まで秒読みであろうと。
まとまらない思考の中、それだけは強く予感させられて。
それでも。
「………………キンッ! - 斤 -」
「ゲボッ……!?」
そんな天下に。
「………………カンッ!! - 貫 -」
「ゴハァッ……!」
この怪物の中に、かける情けなど持ち合わせているわけがなく。
「………………ヒョウッ!! - 俵 -」
「グッ…………ガァァッ……!!」
次々と。
糸が切れた人形のように、やられるがまま宙舞う天下の身体を、確殺せんとエーイーリーは止まることなく殴りかかり。
一撃一撃が、天下のエレマ体を襲うたび。彼の身体中からは、分解されたエレマが粒状となっては、まるで血液のよう大量に空中へと飛び散って。
そして、遂に。
「――っ!?」
再び天下が、エーイーリーの攻撃によって思いっきり木壁へと激突した時。
「グッ…………アァァァァッ!?」
受け身を取ろうとした際に、彼の左肋骨にかけ、今まで感じてこなかった強烈な痛みが襲い掛かる。
「(ま……まさ、かっ…………!)」
創造を絶する痛みが、胸から左脇腹へと走ったかと思えば、すぐにその周辺には異常な熱が発生して。
反射的に、患部へと天下が自身の手で触れたらば。
「――っ!!!!!!」
その手が触れたところには。
「う……うそ、だろ」
もう、エレマ体の固く冷たい感触は一切なく。
代わりに返ってきたものは、大きく膨れ腫れ上がった己の肌と手の平が擦れる感覚だった。
「はぁ…………はぁ……」
意識は朦朧として。
先ほどまでの軽快な動きも、大口を叩く気力も体力もなく。
鳴り止むことのない耳鳴りの中に、微かに聴こえてくるペーラの叫び声と、低く轟く足音が混ざり合い。
「(………………あぁ)」
痛い、苦しいと。
尋常じゃない量の冷や汗が、身体中にべったりとしがみついては。
絶対絶命。
いよいよ、崖っぷちへと追い詰められた天下だったが。
「(………………おっさん)」
それでも彼は。
何を思ったか。
「(おっさんは…………ずっと……)」
死への恐怖におびえるわけでも。
思わずその場で命乞いをするかのよう、泣き叫ぶわけでもなく。
「(ずっと…………)」
彼は静かに目を閉じて。
「(ずっと、生身のままで闘い続けてきたんだよな)」
暗闇の中、瞳の奥底で。
ローミッドの姿を思い浮かべ――。
「(あの時も…………)」
彼が、ローミッドと初めて出会った日から。
「(さっきまでも…………)」
いまこの時。彼がこの広間へと至り、ペーラを助け。
そして、あの巨躯の怪物と闘い続けてきた瞬間までの出来事を――。
レグノ王国内王城訓練場にて、ローミッドと剣を交えたこと。
魔族シュクル率いる魔族軍と、レグノ王国城門前にて闘った日のこと。
決闘だと言い放ち。
エルフ国フィヨーツへと向かう最中、月明り蒼く煌めく湖畔の前で一騎打ちをしたことを。
「(…………怖く、なかったのか?)」
その全てを。
「(なぁ、おっさん…………)」
走馬灯のように、刹那の中で顧みて――。
「マダ…………生キテ、イタカ……」
もう間もなく、天下の傍まで近づこうとするエーイーリー。
「(オレは…………エレマ体がないと闘えねぇ)」
己の命を狙い、確殺しようとする怪物を横目に。
「(さっきの攻撃も、この造り物がなけりゃあ。今頃とっくにお陀仏だっただろうな…………)」
天下は。
――いいだろうな。決して傷つかない、死なない身体というのは
かつての、決闘の際にローミッドから言われた言葉を思い出し。
「(そりゃそうだわ…………。おっさんはいつも、ずっと真剣だったんだ)」
あの時受けた、ローミッドの剣の重さとその覚悟を。
「(あんなに重てぇわけだ。おっさんは自分の命も。全部、ぜんぶ。背負ってたんだから…………)」
忘れないようにと。
赫刃の
「(そうしてまでも、守りたかったもんが…………)」
「オワリ、ダ…………」
「あったん、だろうな」
その場から一歩たりとも動こうとしない天下に。
握り締めた巨大な拳を掲げたエーイーリーが。
上から振り下ろし、とどめの一撃を浴びせんとす。
「逃げてぇぇぇぇっ!!!!!!」
叫ぶペーラの声が、板造りの広間に反響するなか。
巨躯の怪物の拳が。
天下の身体を、完全に捉えようとした。
――――その、時だった
「「「――っ!!」」」
突然。
「な、なんだっ……!?」
板造りの広間全体が、紅の輝きに覆われれば。
「くっ……! 急に、なにがっ!?」
その光の、あまりの眩しさに。
「な、なにも……視えないっ!」
その場にいたエルフ国兵らに、ペーラまでもが。
みな思わず目を閉じ、顔を手や腕で覆い隠して。
「…………ナン、ダ」
広間の中央から放たれる、強い光源と異様な気配に。
天下の鼻先。寸でのところで振り降ろしていた拳を止めたエーイーリーが。
「ナンダ……イッタイ…………」
背後に現れた光源を気にしては。
何事かと。そう、ゆっくりと振り返ると。
なんと。そこには。
「………………アレ、ハ」
宝石のよう、紅玉に煌めく一つの果実が。
ゆっくりと回転しながら、宙へと浮かんでいて。
何がきっかけとなったのか。
何者が、どういう意図でそこへと用意したのかなんて、分からない。
だが。
――エーイーリー
その実を目撃した巨躯の怪物は。
――マナの実を、回収しなさい
「アレハ……我ガ、主ガ欲スル…………」
途端に、魔族オーキュノスからの命を思い出すと。
「アレガ……ソウカ…………」
何かに取り憑かれたように、殺生など一切に忘れ、目の前の果実にのみ気を取られれば、後ろで倒れる天下のことなども全く視界に入らずに、煌めく果実へ向かって歩き出そうとする。
突如現れたマナの実に。
広間にいた一同が、呆気にとられる中。
「アレヲ……我ガ、主ヘト…………」
巨躯の怪物が、絶対に手中へ収めんと。
何者よりも早く。その実に手を触れようとして。
決してあの果実を、敵に取られてはいけないと。
皆が、一同が。頭の中では分かっていても。
目の前を移動する怪物を前にして。
誰も、咄嗟に脚を動かすことが出来ずに。
「アァ…………コレ、ガ」
そうして。
エーイーリーと、マナの実。
二者の距離が、残り僅かとなった。
「……………………やっと、かよ」
――――その時
「剣・擬技っ!!」
「――っ!!」
この男だけは。
「”
この機会をずっと、狙っていたかのように。
「…………へっ」
消えゆくエレマ体に残された、最後のエネルギーを消費させ。
「お前にだけは」
一瞬の隙を逃さずに、怪物が手に取るよりも早く。
壁際から、広間中央へと移動し。
「取られるわけにはいかねぇよっ!」
紅玉に煌めく果実の前へと、姿を現す。
「おらぁっ!!!!!!」
間一髪。
エーイーリーよりも先に、精一杯に伸ばした手の中へと果実を収めた天下は。
「ごへぁっ……!」
勢いのあまり、派手に不格好に床へと転がりこんで。
「いっつつ…………へっへ…………。こんな時でさえ、カッコ悪いなぁ」
そのまま力無く仰向けに倒れると、天井見上げて一笑いし。
「でも、これで約束は…………守ったぜ」
左脇腹に走る激痛を必死に堪えながら、ほんの一瞬だけ。
息を大きく吐くと同時に。どこか、安堵したような表情を浮かべる。
「キサマッ……!!」
目前で、マナの実を奪われたエーイーリーが。
「ソレヲ……ヨコセッ!!」
遠くで倒れる天下の下へと向かうべく、剛腕伸ばして物凄まじい勢いで駆け出すも。
「おっさん…………」
天下は、迫り来る怪物などに目もくれず。
「
手に握る果実を、改めて見つめれば。
「キサマァァァァッ…………!!!!」
そのまま、その果実を。
己の口元へと。
運んでいくのだった。