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83.天下烈志vsエーイーリー



 ――…………おい



『…………なん、だ?』



 ――…………おい、アンちゃん



『…………なに、か……聴こえる』



 ――…………アンちゃん、聴こえてね~のか?



『……だれか、が…………』



 ――おいっ! 起きろっ!!



『――っ!?』



 ――……はぁ~~、やっと起きたかい



『は……? え? なんだ、ここ……』



 ――おーい、ボケッとしないでこっち見ろ~~



『…………へ? はぁっ!?』



 ――へっへ~ん



『お、お前…………だれ……?』



 ――あーし? あーしはね……



 十一のセフィラにて、智恵と道理を司る者。



 あーしは、第二のセフィラ。



 コクマーだよ。



* * *



「ごめん、ペーラちゃん」


 大切な者を目の前で失い、己の弱さに打ちひしがれて、心折れてしまったペーラ。


 そんな彼女を、煩わしいと苛立ったエーイーリーがペーラを殺そうと、手に持つ大太刀を掲げては、地べたに力無く座り込む彼女の頭上目掛け、凶刃振り下ろそうとしたその時。


「遅く、なった」


 フィヨーツへと攻め入ってきた魔族の手から皆を助けるべくと、一人エレマ部隊本部基地から生命の樹へと向かっていた天下烈志が。


 間一髪のところ。


 彼女とエーイーリーの間に割って入り、エーイーリーの凶刃が彼女を襲い掛かる直前にて、その銀飾の大太刀を受け止め、見事に弾き返す。


「どう……して…………」


 誰しもが。

 彼が、天下がここへ来ることなど全く想像すらしていなかった。


 だが、いまこの時。


 顕在する天下の姿を目の当たりにして。


「どうして……あなたが、ここに…………」


 混乱するペーラは、動揺し震える声で、彼の背中に向けて疑念を投げかければ。


「…………ペーラちゃん」


 問われる天下は、彼女の声にはしっかりと応えるも、彼女の姿を見ようとして、後ろを振り返ることなどは決してせず。


「ペーラちゃん。オレのことはいいから……いまはおっさん抱えて、急いでこっから離れて欲しい」


 彼はただ。じっと目の前で対峙する巨躯の怪物の姿から目を離さずに。


「オレは、いまから……」


 己が手に握る赫刀身のつるぎを構えて。


「このクソッたれな化け物の頸、ぶった斬ってやるからさ」


 口調は静かに落ち着いて。

 深い呼吸を売り返しながら、その精神を。


 己が持つ感覚全てを研ぎ澄ませるよう、集中させていく。


「キサマ…………ナニ者、ダ……」


 込めていた力は、ローミッドと闘っていた時よりは幾段も手加減していたとはいえ。


「此ノ……我ガ太刀ヲ…………ウケ止メル、トハ…………」


 四メートルはある大太刀を初見で綺麗に弾き返されたことに、僅かながらも驚きの様子を見せるエーイーリーは。


「…………。スコシ、試サセテモラウゾ…………」


 己が眼前に現れた異様な姿をした者に興を示せば、此奴が先ほどまで闘っていたローミッドと同様に、己が求む強者であるか否かを。


「………………イチ - 壱 -」


 それを確かめるが為、銀飾の大太刀を右腰にぶら下げる鞘の中へと納めれば、初撃の用意を。



 ――――整えんとした



「…………遅え」


「――っ!」


 だが。


「剣・擬技っ!!」


 エーイーリーが腰を落として構えを見せた。


 次の、瞬間。


「” סנוניות עפותアフォード ”ッ!! - 飛燕ひえん -」


 なんと。エーイーリーが動き出すよりも早く。


「こっちだよっ!!」


 天下は、奴の目の前から跡形もなく姿を消し去って。


「しゃおらぁぁぁっ!!」


 再び姿を現した先は。


「――っ!? グァッ!?」


 エーイーリーの頭上。天井擦れ擦れの位置まで彼は跳躍して、そこから奴の脳天めがけて強烈な一撃を浴びせ。


 さらに。


「まだいくぜぇっ!!」


 このたった一撃では終わらせないと言わんばかり。


「剣・擬技っ!」


 再度、就受けて擬技を唱える天下は。


「” ברק לבןバラーク・ラヴァン ”ッ!! - 白雷 -」


 自身の装着するエレマ体を加速させ、エーイーリーの前へ、後ろへと交互に回り込めば。


「”神仏、細部に至れば万象成り”っ!!!!」


 先ほど、ローミッドの剣技によって削れ、崩れ剥きだしとなった怪物の傷口へと狙って寸分の狂いなく、一太刀一太刀を正確に、奴へとダメージが通る部位だけを的確に斬り刻んでいく。


「グッ!?」


 ローミッドとの戦闘の最中に負わされた傷の上から重ねて、立て続けに攻撃を受けるエーイーリーは。


「グァァッ!!」


 固い皮膚の上からであれば何ともないはずの斬撃も、比較的柔らかな肉へと直撃すれば、走る痛みに全身が痺れて思わずひるみ、天下の動きを捉えようにも、身体の初動は遅れをとってしまい。


「………………ニィッ!! - 弐 -」


 ほんの僅か、天下の攻撃の手数が少なくなった所を狙おうとするが。


「どこ見てんだおらァッ!!!!」


 振り返った先にはもう、今さっきまでそこに居たはずの天下の姿はどこにもなく。またしても、彼を見失ってしまえば。


「おらおらおらぁっ!!!!!!」


「グァァッ!?」


 三度、傷ついた箇所を狙われて、死角に上手く潜り込んだ天下によって更にその身を削られ、多量の体液を空間中に散らし、板張りの床へと滴らせてしまう。


「………………サンッ!! - 参 -」


「” מַעְגָלマガン ”ッ!! - つぶら -」


「………………シィッ!! - 肆 -」


「” מַעְגָלタバート ”ッ!! - りん -」


「………………ゴォッ!!!! - 伍 -」


「” סְכוּםソム ”ッ!!!! - やわら -」


「………………ロクッ!!!! - 陸 -」


「” עַזアーズ ”ッ!!!!!! - 斐然ひぜん -」


 唱える数字が増えるたび。

 エーイーリーの動き、その太刀捌きは速く、鋭いものへと移ろい、変化していくが。


「だぁっ!!!! しゃァァァッ!!!!」


 キレを増す怪物に負けじと、天下はエーイーリーの動きに喰らいついていき、次々と繰り出されるエーイーリーの大太刀に、己が持つエレマ体の剣を合わせ、激しく火花散らしながら刃を滑らせて、右へ左へといなしていく。



「な、なんだあいつ…………」


「いきなり、現れて……。あの化け物と、あんな……互角以上に」


 板造りの広間の中央にて、激しく鍔迫り合うエーイーリーと天下。両者の凄まじい闘いの様子を、傍から見つめ、茫然と立ち尽くしていたエルフ国兵ら。


「――っ! ま、待てっ!! あいつの着ているあの変なものって、確か……魔族の疑いがかけられていた、もう一方の国から来た奴らと同じっ……!」


 この広間へと乱入してきた風変わりな格好の者の、その常人離れした動きに暫し面を喰らっていたが、我に返ればすぐに、天下の装着するエレマ体が、他の、右京瀧や岩上護らと酷似したものだと気づけば。


「な、なんで……あいつら、魔族の手先のはずじゃ…………」


「どうしてあそこまで……あの化け物に立ち向かって」


「死ぬのが…………怖く、ないのか?」


 生命の樹を訪れた空宙が、リフィータ王女の右腕であるマルカの術によって魔族の者としての嫌疑がかけられたことで起きた、くだんの件について。


 何故、魔族の手下だという疑いがかけられた者達が、こうも懸命に、その魔族の手の者であろうあの巨躯の怪物へ向かって闘っているのだろうかと。

 彼らの中に渦巻いていた疑念は、目の前で闘う天下の姿によってより一層に混沌と化し――。



 そんな彼らとは別にして。


「………………ねぇ」


 天下の闘いぶりを見て、ここまで言葉を失っていたのは、先程彼によって命を救われたショスタ・ペーラ。



 ――このクソッたれな化け物の頸、ぶった斬ってやるからさ



 彼からこの言葉を聴いた瞬間。


「(どうして…………)」


 何故、彼がそこまでして自分達の為に。


「どう、して…………」


 何故、別の世界の者である彼が。

 マナの回収だけが目的だけのはずの、彼が。


「なんで、そこまでして…………」


 彼らにとっては、魔族との喧騒など、自ら命を投げ入るほどまで、ここまで深入りするほどまででもない事情だというのに。


 そこまで懸命に、必死になって。


「まる、で…………」


 まるで、彼が。


 己が信じ、想い馳せ続けてきた人が。

 国や民。その未来を、明日を守るためにと。


 その一心で、ずっと闘ってきたかのように。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」


 いま、この時。

 手に持つその剣を、振るい続けるのかと。



「………………シチッ!! - 漆 -」


「――っ!? どわぁっ!?」


 そんな、闘いの最中にて。


「ちっ……! 危ねぇあぶねぇ…………」


 ここまで全ての攻撃に対応してきた天下だったが、エーイーリーの動きがまた一段階と洗練されてきたところ。


「さすがに、のままじゃ、キチィよなぁ…………」


 順調に見えていた戦闘もここへきて初めて、エーイーリーが繰り出す太刀の威力全てを相殺することができず、天下は受けた剣もろとも、怪物の剛腕によって勢いよく弾き飛ばされてしまう。


「アマリ……チョウシニ…………乗ル、ナ」


 ようやく天下の動きを捉えた怪物は、その巨体全身から大量の蒸気を発散させれば、さらに苛立った様相を見せ、天下に休ませる暇は与えんと。すぐに次の連続攻撃の仕掛けを始めれば、腰を落とし、再び銀飾の大太刀を鞘の中へと納め、居合の構えを見せる。


「…………さぁて」


 徐々に本気の姿を見せ始める怪物に対し。


「こっからどこまで粘れるか…………」


 ここまで軽快な剣捌きを見せてきた天下だが。


「オレのエレマ体も、修復前の状態だったからなぁ…………」


 そんな動きとは裏腹に。

 目の前に表示される、【警告】を示す赤点滅のパネルを一瞥しては、少しばかり苦い表情を浮かべて――。


がどっかから出てくるのが先か。それとも、オレがあの化け物にやられるのが先か」


 それでも、皆を助けると約束したからにはと。


「大博打といこうじゃねぇか」


 己の命を狙わんとする、目の前の巨躯の怪物に一寸たりとも引く様子を見せず。


 一つ、深呼吸を取ったらば、真剣な表情となりて。

 彼は再び、構えるエーイーリーの動きに合わせるよう、己が剣の柄を強く握りしめて。


 真っ直ぐに、奴の首元狙って剣先を向け直す。


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