『…………ねぇ、パパッ! みてみてっ!』
『……ん? おぉっ、ザフィロッ! どうしたんんだい? おや、またいったい……! これはこれはっ、立派な花束だなぁっ!』
『これねこれねっ! ぜんぶ、ザフィロがマホーでつくったんだよっ!』
『なんだってっ? これを、ザフィロがっ? ほ、本当に……お前がかっ?』
『うんっ! ザフィロ、おしごとがんばってるパパに、アリガトウって言いたくてっ。それでそれで、ママといっしょにお花をつくるマホーのケンキュウをしてたのっ!』
『ママとだってっ!? いつの間に、そんなことまで……。それじゃあつまり……これ、パパにくれるのか……?』
『うんっ! はい、パパッ!』
――――いつも、アリガトウッ
* * *
危急存亡――。
「――っ!? マズイッ!!!!」
「魔技っ!! “
アグゼデュスが天高くと掲げた両腕に、釣られて上部を見上げた彩楓とザフィロ。
彼女らの視線の先にはなんと、いつの間にか。巨大な茨の棘が幾つも宙へと浮かび吊るされては。
「“
怒り、声を震わせ静かに詞を呟くアグゼデュスの声を合図として、それらは轟音鳴り立たせて一斉に、彼女らの頭上へと目掛けて落下し始める。
「(なんだっ……!? この小娘、いつこんなモノをっ……!!)」
不意を突かれるも初見からすぐ、茨の棘が動き出す瞬間その初動に合わせ、ザフィロも両腕を頭上高くへと掲げれば。
「おのれっ……! 小癪な技を使いおって……!!」
慌てて魔技を唱えて、己と彩楓の二人分を覆うほどの大きさを持つ蒼の防護膜を張り。
間一髪、落ちてくる棘その直撃を避け、身を護ろうとする。
「赦しません赦しません赦しません赦しません赦しません赦しませんゆるしませんゆるしませんっ…………!!!!」
俯き、顔に深い影を落としては、両腕を掲げたまま微動だにせず、彩楓たちへと攻撃を仕向けるアグゼデュス。
ギャリギャリと。
上空から雨のように降り続ける巨大な棘が、ザフィロが張った防護膜へと激しくぶつかっては飛び散る火花とともに、接触面からは抉るような、耳を劈く爆音を発生させ。
一つ落ちればまたその上から、別の棘が重なり合うと、さらに勢いと重さを乗せては畳みかけるよう強襲し。
都度、先端はねじ込まれ、たった一枚の薄い護りを意地でも壊そうとする。
「(重っ……いっ……!? このわしの魔術がっ……押されて、いるだとっ……!)」
想定外も想定外。
初撃防ぐことはできたものの、あまりの手数の多さに加え、降り注ぐ茨の棘その一発一発が持つ威力の重さに思わずその場から動けずに、あぐねてしまうザフィロは。
「クソッ……! あまり……調子に……乗るなぁっ……!!」
着弾するごとに、頭上掲げた両の掌から腕へ、そして身体中その芯へと響く衝撃と痛みに苦悶の表情を浮かべては。耐えては受け、受けては耐えての苦行をこのたった数秒の間に何度も繰り返されて。
「お、おいっ! 大丈夫かっ!?」
「うるさいっ!! 似非魔法士ごときに心配されるワシではないわっ!!」
それでも、ただ一方的に。何もせずこのまま滅多打ちにやられるわけにはいかないと。
同じく傍で躰を屈めては、アグゼデュスの攻撃に狼狽える彩楓からの心配の声を一蹴して。
「…………魔技っ!!」
その場で踏ん張り、魔術に注ぐマナを絶やしてはならぬと意識を再び集中するザフィロは、反撃の糸口として、ほんの僅か。敵の攻撃の手数と威力が緩んだ隙を狙い。
「“
掲げた両腕のその片方をアグゼデュスが立つ位置へと照準定め、次なる魔技を叫ぶ。
刹那。
「これでもっ……」
周りに張り巡らされていた防護膜の色は、ザフィロの声に反応して蒼から橙色へと変貌すると。
「喰らうがよいっ!!」
次の瞬間、ザフィロの防護膜へと着弾したはずの茨の棘は、先端が膜の表層へ触れた途端、鉛直方向から水平方向へと直角に弾かれそのまま向きを変えられては。
なんと。
「ゆるしませんゆるしませんゆるしませんゆるしませんっ!!!!!!!!」
絶えず叫び続けるアグゼデュスの下へと向かって物凄い速度で発射されるのであった。
さらに。
「これしきだけなどと思うなよっ!!」
単発で終わらせはしないと、立て続けに魔技を唱え続けるザフィロは。
「“
最初に弾き返された茨の棘がアグゼデュスの身へと襲い掛かるその前に、次々と頭上に降り注ぐ棘を防護膜によって反射させ、追撃の用意までも整えようとする。
「(…………当たるっ!!)」
土壇場も土壇場の、この状況下。
ハイレベルな魔術の応酬に思わず息を呑む彩楓は、両腕で頭を抱えながらザフィロが跳ね返した棘の弾道を目で追いかけては――。
いざ、アグゼデュスの身体へと、宙を高速移動する茨の棘が着弾するその瞬間を目撃しようとした。
「…………またですか?」
――だが
「「――っ!!!!」」
彼女、アグゼデュスに当たるはずだった茨の棘は。
「…………また、わたくしめをそうやって拒まれるのですか?」
いつの間にか、彼女の身体の後ろへと通過し飛び続けていって。
「わたくしめの何がいけないというのですか? 何が気に入らないと仰るのですか?」
直撃したはずの、アグゼデュスの小さな身体。その腹には今頃大きな傷ができては当たった衝撃によって後方へと仰け反るはずであると、そう強く予見させられていた。
にも拘わらず。
アグゼデュスは静かな怒りに肩を震わせ変わらずその場で佇んでいれば。
「なんだ……あの、すがたは……?」
彩楓とザフィロ、両者が驚き目を向けた先。
視界の先にはなんと、棘が直撃した箇所だけが、花や葉、茎や根などの植物へと変化して。ポッカリと大きな穴を開けては、空洞と化したアグゼデュスの身体があった。
後を追うよう、ザフィロが続けて反射させた茨の棘全てが順にアグゼデュスの身体へと当たるものの。
「ウソ……だろ?」
「効いて、いないのか…………?」
どれも同じく彼女の実体を捉えることなく、纏う赫と漆黒のドレスも含め、蜃気楼のように一瞬で植物へと変化する彼女の身体を通過しては、そのまま背後遠くへとまで飛んでいき、どこかの壁や本棚へとぶつかっては大きな音を立て破裂する。
血が流れるわけでも、肉や骨が躰の内から剥き出しとなるわけでもなく。
よろける動作も、倒れる様子さえ見せることないアグゼデュス。
腕や脚、身体の各所にウネウネと。
薔薇が咲き乱れる茨の蔦が、意志を持った触手のよう奇怪に蠢いては、アグゼデュスの身体を包み込むように絡まっていき。
そうして、暫くしたのちには。
「赦しません……そんな貴女方には、地獄をお見せいたします」
癇癪を起こし叫ぶことを止め、元の姿へと完全に戻る彼女の姿が。
開けた蔦全てが生き物のように華奢な躰の中へと吸収された後、傷一つとして刻まれることなき可憐な姿を再び二人の前へと顕すのであった――。
「こやつ……まさかゴースト系の魔物……」
「お、おい……今の攻撃はちゃんと効いていた、のか……?」
「いや、そんな……それならもっと実体としての感覚も、そもそも接触の音すら聴こえ……」
「あれも何かの術なのかっ……なぁ、あの娘はいったいっ……!」
「うるさいっ!!!! 黙ってろっ!!!!!!」
度重なる不測の事態に、目の前で繰り広げられる怪奇な現象。
「クリプトがなんとかって……まさか、魔族のっ……」
「分からぬ……分からぬっ……。なぜ先の攻撃がアヤツの身体をすり抜けたっ……! 幻術の類だとしても、さっきからわしの索敵魔法には、アヤツだけの反応しか……!」
行く手を阻む怪異なる存在を前に、橙色から蒼へと色戻された防護膜の内側にて。困惑し、取り乱してしまう彩楓とザフィロ。両者、人から植物へ、植物から人へと姿を移ろいでいくアグゼデュスの姿に言葉を失えば。
その最中にて。
「マズイッ……このままでは流石に防護膜を張り続けるのもっ……!」
良くなる兆しは見えずして、状況は悪化の一途を辿る一方。
止まることなく上空から降り続ける巨大な棘は確実に、ザフィロが張る防護膜の耐久を削り、気づけば所々にて、小さな蜘蛛の巣の形をしたヒビが入り始めていた。
「“
諦めず、もう一度と。防護膜の色を再び蒼から橙色へと変貌させたザフィロは魔技を唱え、上空からの棘を器用に反射させては。
「貴女方は……わたくしめを…………」
ただじっと、ぶつぶつと。
動かず、佇むだけの黒薔薇の怪異へめがけてカウンター攻撃を仕掛けるも。
「愛して、くださらない……ならば……ならば…………」
宙を飛び、術者の下へと向かっていった茨の棘はどれも躱されるがまま。
直撃したかのような音が轟いたかと思えば、アグゼデュスの身体は大きな穴を空けてはそこだけを、生身から植物へと変化させては何事もなかったかのように佇んで。
そうして暫くすればまたとして。先ほどと全く同じことを繰り返すよう、うねる蔦に包まれたらば、内から三度と、無傷となった躰を顕すのだった。
攻撃は当たらない、ただし向こうからの攻撃が止むこともない。
「(くっ……! このまま無駄打ちを繰り返している場合ではないというのにっ……!)」
時間が経つごとに、覆う防護膜に生えるヒビは全体を浸食し。
糸口掴むさえもできず、ただ防護膜が破られるのを待つことしかできないのかと。
「お、おいっ! このままだとっ……!!」
「分かっておるっ……! わかっておるっ!!」
いよいよ、アグゼデュスによる攻撃の餌食となろうとした。
その時、だった。
「そうですわ」
突如として。
「きっと、舞へと誘うための、“音色”が足りていなかったからに違いありませんわ」
ここまでずっと、俯きワナワナと。
怒りへと、染まりに染まり上がっていたアグゼデュスの様子が。
「でしたらば…………」
またしても一変し、今度は不気味な笑みを浮かべた様相へと変貌する。
「「(な、なんだ……? また雰囲気が、急に……)」」
少女が纏う雰囲気が、凍えるような寒気が突然和らいだかと思えば。
「…………なっ、おいっ! 上っ!!」
ふと違和感を覚えた彩楓が頭上を指差し見上げると。
ほぼ同時、これまで絶えず降り続けていた巨大な茨の棘は、全て宙へと浮かんだ状態で制止しては、幻のように薄っすらと、暗闇の中へとその姿を消し。
「――っ! しめたっ……! 魔技……“
あと数本さえも受けてしまっていたら、と。
結果として、偶然か否か。間一髪のところ、彩楓とザフィロは一時の静穏を得る。
その間にも。アグゼデュスが攻撃を止めたその瞬間、ザフィロはすかさずボロボロとなった防護膜を張り直し、そうして。改めて防護膜から遠くへ立つ怪異なる少女の姿を睨み観察する。
「そうですわっ、そうですわっ」
精神疲れ、肩で息をする彩楓とザフィロの両者と対照的に、血染めのヒールをカツカツと、左右に愉しくステップを踏むアグゼデュスは。
「ふんふんふんふんっ」
鼻歌混じりにその場で興に乗れば、降ろした両手を胸元に咲く一凛の青薔薇の前へと持っていく。
そうして。
「…………“
一つ、詞を唱えれば。
「さぁ、躍りましょう?」
彼女の小さな掌の中には。
古びた機械仕掛けの箱が一つ、現れて――。
「あれは…………?」
「オル、ゴール…………?」
大事にだいじにと、小さき掌に包まれる小さき機械仕掛けの箱は、持ち主に見つめられるなかゆっくりと。何者の手も借りず、不自然に朽ちた木製の蓋を開こうとしては。
開かれた箱の中身からは、ゼンマイ仕掛けの円筒歯車が視えれば。外の空気に触れた途端、それはおもむろに動き出し。
錆びた針に突起を引っ掛け一つ一つ、静寂に包まれる空間にと、虚しく寂しく奏でられる。
そんな、アグゼデュスの掌に召喚された物を、薄目でじっと遠くから見つめる二者は。
“まさかまた、なにか別の魔術でも起こすのではないか”。
そう、本能に訴えかける危機に、思わず身構え警戒を露わにした。
――――その、瞬間
「「――っ!!!!!!」」
なんと、突然。
「今度はなんだっ!?」
「ぐっ……!? 風がっ……吸い込まれっ……!?」
音色放たれる小さき箱から黒い渦が湧き上がれば。
辺り一帯に暴風吹き荒らしては、床に落ちていた本や本棚の残骸その全てをあっという間に吸引し始める。
渦に襲われるやいなや、すぐさま防護膜を解かれた二人は咄嗟に急いで近くの本棚や物陰へと身を潜み、掴めそうな板や柱にしがみつき逃れようとするも。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!」
そんな二人の恰好を見てあざ笑うアグゼデュスは。
「さぁ、御二方様。どうぞこちらまで、こちらまでお越しくださいっ!!!!」
狂気の表情を浮かべながら、二人の身体を己の下まで強制的に引きずりこもうと更に渦が持つ吸引の力を強めていく。
「なんですかこれなんですかこれっ!?」
「こやつ……なんでも、あり……なのかっ!?」
辛うじてしがみ付く二者であったが、徐々に強まる黒渦の吸引力に為す術なく、握る力を奪われて。
そして。
「も、もう……ダメっ……」
「――っ! お、おいっ!!」
先に限界を迎えたザフィロの手が。
「しっかりしろっ!!!!」
掴んでいた柱から離されて。
「…………うおわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アグゼデュスの術にその身を引き寄せられそうになった――。
「魔技っ!! “
――――その時
何者の声が。
「…………へ?」
嵐の様相となる書庫室内へと響き渡れば。
ほぼ同時。
どこからともなく飛んできた一本の煌めく光線が。
なんと。
「「――っ!?」」
なんと、笑うアグゼデュス。
彼女の頭部を側面から見事に打ち抜いてしまう。
「わたくし……どう、して……?」
何が起きたのか、さっぱりと。
目を丸くしては、その場に力なく倒れるアグゼデュスの。
掌抱えられたオルゴールは地面へと転がれば、黒い渦収められては、その蓋閉じられ、そうして。
嵐は去り、辺りは再び静寂へと包まれる。
「ケホッ……ケホッ……」
「ぜぇ、はぁ……なん、だ……?」
地面を這う形で倒れる彩楓とザフィロが。
しばらくしてから、ゆっくりと。周りを見渡しながら起き上がれば。
「――っ! あ、あなたは……」
倒れるアグゼデュス、その傍では。手を翳しながら見下ろす一つの影があり。
「はぁ……はぁ…………よかった……!」
その者、駆け寄る彩楓の声に反応すれば。
またその後ろ、彩楓の背後で遅れて近づこうとするザフィロの姿に目をかけて――。
「あぁ……! 無事でよかったっ……!!」
五体満足のザフィロの姿を見ては、安堵の表情を浮かべる大柄な男。
「…………げっ!?」
ここまでずっと、探し求めてきた愛娘を抱きしめようと近づくも。
「
表情引き攣らせ、抱擁から逃れるザフィロに振られてしまい。
それでも。
「…………いいんだっ……お前が無事ならそれでもいいんだっ……」
ツェデック・アリー。
颯爽と、彼女らを助けた元魔法士部隊部隊長は、ようやく合流できたこの瞬間を。
一人の父として、胸撫でおろすのであった。