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第六十四話 『だれかの思い出の庭』その6

 火曜日、普通に学校に行ってすごしていたわたしの目の前に現れたのは、小さな藁半紙。に、印刷された簡易的な進路希望票だった。

「時期的にはちょっと早いけど、一旦考えてるやつがあったら書いてみてください。任意です。今回書く内容は保護者には見せないから、こっそり検討してる進路の相談にも使ってください。でも、ふざけるのはやめるように」

 相変わらず腹から声が出ている担任の言葉と共に回ってきたのだ。

「うげぇ」

 突然ぶつかってきた現実にわたしが呻くと、前の席のクジが振り向く。相変わらずそばかすと三つ編みが似合ってる派手目女子のクジは、意外そうに食いついてくる。

「はるひも決まってんじゃないの?」

「いーや、ぜんぜん。『も』って何?」

 わたしはぴらぴらと藁半紙を揺らしながら聞き返すが、クジは前を向いてさらさらと文字を書き出す。質問部分聞こえなかったのかもしれん。

「…………」

 それとも、踏み込みすぎただろうか。あだ名で呼び合う程度に仲良しクラスメイトではあるけど、休みの日遊びに行くほどの距離感でもない間柄だし。

 と、クジは書き終えるとまたわたしの方を向く。

「ウチはこんな感じ。誰にも隠してないからはるひもじっくり参考にしていいよ」

 ドヤっとしてくるクジと用紙の記入内容に、わたしは可笑しくなって笑う。

「流石に参考にできねえよ」

 クジの用紙には第一志望から第三志望まで超頭のいい大学、その横にはメモ書きのように県職員とか誰でも知ってる大企業の社員だとかが書かれていた。

 こいつ、頭のいい努力家のギャルなのだ。漫画でよく見るテストの順位貼り出しなんかがあれば、クジはトップテン常連のランカーだろう。

「へへっ、がんばってっかんね」

「えらい」

 今更に照れるクジを雑に褒める。ここで丁寧に褒めてしまうと照れが限界突破して地金の謙虚さが出てきて気まずくなってしまう。お互い思春期なのだ。

「でも本当に意外だわ。はるひそのまま魔女になるかと思ってた」

「ああーそれか」

 言われてみればそう思われそうな道程を歩んでいるけど……高卒で魔女。厳しくなかろうか。

「魔女って食ってけるんだろうかね」

 わたしが言うと、クジは大声で笑う。

「わっかんないって! ウチに聞くなし!」

 流石に担任に注意されて、わたしたちはそれぞれの机にだけ向く。

 残りのシンキングタイム、わたしは名前欄意外が埋まっていない藁半紙の前でぼんやりすることになった。藁半紙は持ち帰り可だったけど、わたしは『決まってない』とだけ書いて提出した。



 進路かあ。

 書かされてみると、意識してしまうものだった。

 その日の帰り、わたしは魔女の隠れ家に行かない代わりに駄菓子屋に寄って、ベンチで夕空を見上げていた。

 大根の駄菓子と杏の駄菓子が心底美味い。お小遣いの減り具合的にも大助かり。コスパ最強。

 今日は珍しく小学生たちも来ていないから、ベンチもわたしのもの。

 わたしはスマホを取り出して、何も考えずに夕空を撮ってみる。自分の写真の腕前を誤解してしまいそうなくらいに見事な画像が撮れた。鱗雲が素で美しすぎる。

 わたしは気まぐれにメッセージアプリを立ち上げる。久々に伯父さんにでも話しかけようかと思ったのだ。親戚で一番親しみを感じる人だし。

 でも、立ち上げたメッセージアプリに丁度サイトウからのメッセージが入ってくる。

 サイトウ、魔女の予定帖の予定関係で知り合っただけの他校の男子……そんなに関わる相手でもないはずなのに、何故どうでもいいメッセージを送ってくるのか。魔女って言ってもわたしけっこう普通だし、面白みも何もないと思うんだが。

 しかも、音楽機材の画像だけ送られてきてもなんもわからん。

 わたしは言葉で返事をするのも億劫で、丁度伯父さんに送ろうとしていた画像をサイトウに送る。

『何これ』

 こっちの台詞だよって感じのメッセージが返ってきて、わたしは返事を打ち込む。

『進路希望調査票を渡された日の綺麗な空』

『あれ、魔女さん俺と同級生だっけ?』

 レスが早い。対面の会話のごときペースだ。

『あんたの学年とか知らんが二年?』

 わたしも、片手で大根を齧りながらぺこぺこタップして文字を打ち返す。サイトウは馴れ馴れしくてテキトーでややうざいが、お陰でこっちもあんまり言葉を選ばずに言い返せてしまうのだ。

『先輩を頼ってくれていいんだよ』

「うざっ」

 やや、で済まないうざさが飛び出てきて、わたしは思わず声に出した。三年生かよ。

『俺はバンドがどれくらいハネるかでプランBまでは標準装備で備えてるよ』『働きながらバンドでも、バンドしながらたまに労働でも』

 連続で届いたメッセージ。

 自己開示が唐突なんだよ、お前は。と突っ込もうかと思ったが、ツッコミを入れると絶対喜ぶので今はやめて、わたしはただ短く返す。

『そう』

 でも、悔しいことにちょっと参考になる。

 クジみたいに行けるとこまでいいとこを目指すのも、サイトウみたいに今やっていることを仕事にしてもしなくてもいいように備えるのも、大事な選択方法の一つなんだろう。

「魔女を仕事に……」

 まったくイメージがわかなかった。

 だって、見習いだし。見習いってまだ報酬は受け取れないルールだし。

 これがバイト始めたみたいなノリで報酬を受け取っていたら、もうちょっと予想も立てられたんだろうけど。

 しかも今やってることは『おつかい』だ。予定帖の残りを片付けるだけ。わたしが主体的に始めた約束なんか一個もない。

 先代にあたる魔女もわたしと入れ替わりで消えてしまったから、参考情報も少ない。

「……あ」

 そうだ。

 そこまでで考えを打ち切って、わたしは勢いつけて立ち上がる。

 よく考えたら、相談にうってつけの相手がいたのだ。

 今週末も会いに行く、キオちゃん。依頼人でもあるけど、大先輩魔女。

 こういうのは先輩に聞くに限るのだ。たぶん。

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