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第六十五話 『だれかの思い出の庭』その7

 と、いうことでわたしは金曜日の夜からキオちゃんの家に泊まることにした。

 ローエンにはジト目で見られたけど……教えてもらったアドレスにメール送ったらあっさりオーケー出たし、金曜の午後は体育でサボりたかったし、丁度両親が家を開ける日でサボったまま泊まってもバレなさそうだったし。

「あは、ほんとに早くきちゃった。意外とヤンチャよね」

 けらけら笑うキオちゃんに迎え入れられて、着替え一式を詰めた鞄だけ持ったわたしとローエンが家に上がる。はキオちゃんが寝巻きも洗濯乾燥機も貸してくれるというので、二泊の予定にしてはかなり小さい荷物で済んでいる。

 なんなら先週より嵩が少ない。先週だって、泊まりになるかもわからなかったし最低限(本当に最低限)の着替えしか入れなかったけど、タオルが入ってただけでそれなりの量にはなっていたから。

 荷物量といえば、

「随分さっぱりしたねえ」

 わたしが言う前にローエンが話題にする。

 隠し収納からはみ出ていた荷物は今はまったく見当たらない。ちらっと目を凝らしてみても、隠し収納の数自体、先週ほど夥しくはなくなっていた。

「お庭の整備頼むついでにゴミ回収もお願いしたからね。それに、対価として使えそうなやつは出しちゃったし」

「へぇ」

 わたしとローエンは、キオちゃんについてまた奥のダイニングキッチンに上がった。

「夕飯まだよね。丁度パート先の人が秋刀魚くれたんだけど、食べれる?」

「食べれる食べれる」

 返事をしながら、パートという言葉を頭で反芻する。キオちゃんは少なくとも今は、職業魔女ではないのだろうか。

「秋刀魚……それは素晴らしいじゃないか」

 うちの猫の金色の目が、普段と比べても激しく爛々と輝く。

 と、ワンテンポ遅れてわたしは気づく。

「あ……ごめん、手土産的なやつ何もない」

 一宿一飯もそれ以外にも世話になる気満々で来たのに、うっかりしていた。しばらく魔法の練習に忙しくてお金使ってなかったから、手土産くらいは用意できたはずだったのだ。

 するとキオちゃんは本当に可笑しそうに笑った。

「子供が気にしないの!」

 そして、笑いが落ち着いてから更に言う。

「それに見習いのことは魔女がちゃんと面倒見るべきだからね本来。あいつの友人として、ちょっとくらい肩代わりしなきゃ」


 そうしてわたしは皿を運ぶ以外なんの手伝いもせずに夕飯にありつく。

「うまっ」

 わたしは思わず口を押さえる。秋刀魚が美味しい。

 ふっくら焼き上がった身とパリッパリの皮、熱々のそれをちょっとの大根おろしと醤油で冷まして、炊き立ての温かいご飯と一緒に味わう。

 キオちゃんが用意した夕飯は、各自一尾ずつ焼かれた秋刀魚に、お好みで大根おろしと醤油。ローエン以外は白ご飯と味噌汁と茄子のおひたしもついていた。冷たい緑茶もある。ローエンには水だ。

「あたしが記憶してた中に料理で食ってた人の生活の記録があってね、文字じゃ記録しきれないようなカンみたいな部分も記憶にあって、それをよく活用してたから、料理は上手いのよ」

 自慢げに話すキオちゃんに、わたしは疑問をつぶける。

「古い記憶は全部消したんじゃないの?」

「いっつも活用してたから、活用してたときの記憶はばりばり残ってるわよ」

「なるほど」

 キオちゃんはなんてことないふうに言う。聞いてみればそれはそうだった。

「じゃあ、庭のことも、直前にノートに書いたときに思い浮かべてた記憶とかないの?」

 味噌汁を飲んでわたしが言うと、丁度大きく一口口に入れたばかりだったキオちゃんがもぐもぐと口の中のものを味わって飲み込んでから、冷たいお茶でさっぱりさせて、目線を斜め上に向ける。

「うーん……行動として繰り返したり、映像として見返したりしたのとはちょっと勝手が違うというか……朧げなのよね。桃色とか橙色とか白とか、色がたくさんあった気はするんだけど……あとは微妙よ」

「そうか」

 聞いてみればそれはそうパート2だった。

 わたしは口に入れた熱いご飯粒が味噌汁でさらさら分離していく感じを味わって、出汁にほっこりした心地のままで切り出す。

「先輩魔女と見込んで聞きたいんだけどさ、ぶっちゃけ魔女って職業としてどう?」

「んー?」

 わたしと同じように味噌汁を口にしていた魔女が、返事のために小さめの一口でこくんと飲み込む。

「止めるほど望み薄でもないけど、勧めるほど有利でもない……かなぁ。魔法は家計の節約とかに使って、お金を稼ぐ方は普通に仕事でって魔女も増えてるらしいし」

「他の魔女の動向とかってわかるの?」

「ああ、それなら……」

 わたしが挟んだ質問に、キオちゃんは食事の手を止めてパチンと指を鳴らすと「食事中ごめんね」なんて言いながら郵便物の塊を部屋の外から引き寄せてきた。ドアも勝手に開いて閉まる。

「この中にねえ……あった! 昔入ってたサークルのリーダーがマメな人でさ、繋がりのある魔女にたまにニュースチラシみたいなの送ってくれてるのよね。趣味でやってるだけだって言ってたけど、すごいよね」

「へえ」

 相槌をうちながら、ピザのチラシと不動産のチラシと一緒にひしゃげた手紙を見つける。わたしがここに来る前に送った手紙だ。……返事、ないわけだ。

「まあ、そんな感じで少しは把握してるってわけ」

 キオちゃんは手紙が紛れ込んでいるのに気づかないまま、郵便物の塊を棚の上に下ろす。後で見るつもりなんだろうけど、ちゃんと後で見るのか不安になる。わたしの手紙はもういいとして、他に大事な手紙があったら人生が詰みそう。

 わたしの心配をよそに、食事を再開したキオちゃんは言う。

「職業としての魔女だけどね……たとえば、問題。はるちゃん、割れ物の保護魔法だけでお金を稼ぎ続けるのって簡単だと思う?」

 わたしは今口の中にあるご飯を飲み込むまでの間考えて、返事する。

「宣伝とか顧客とか、そういうところで難しくなるところはあるだろうけど……ヒットすればいけそう……?」

 キオちゃんはしししっと笑う。

「ブーポン。半分正解。実際ははるちゃんの言う通りの難しさもあるけど、保護を掛けた割れ物はね、処分のときに困ることになるんだよ。魔法を解かないといけなくなる。丈夫にするってそういうことだから。アフターサービスにキリがなくてね、今みたいに人がバビュンバビュン移動する社会だとそっちの意味でもすんごい難しいの」

「そうか……」

 考えてもなかった。でも、聞いてみればそれはそうパート3。やっぱり先輩魔女ってすごい。

「でも、魔女で食べてくってのも悪くないと思うし、なんでも聞いて」

 そう言ってキオちゃんは残りのご飯を平らげて手を合わせる。

 それから、次いで食べ終えたわたしととっくに食べ終わっていたローエンの食器をさらっと片付ける。魔法と手両方を使えるから、洗い物もあっという間だ。

 わたしも一応立ってはみたものの、周りをうろうろして終わった。

 キオちゃんはそんなわたしを微笑ましそうに見て、湯呑みを二本持たせてきた。

「食後のお茶でも飲も。折角前乗りしてきてくれたんだしさ」

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