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第六十六話 『だれかの思い出の庭』その8

 結論。魔女一本で食ってくかは一旦保留。

 再びキオちゃんと喋り倒して、わたしは『まだガッチリ決めるとかはしない』ということだけを決めた。

 これはこれで一歩前進……ってキオちゃんやローエンには言われたけど、前進した実感は正直ない。ぐるっと一周回って似たようなところで立ち止まったような感覚だ。

 わたしは畳張りの客間で、キオちゃんの娘(娘だった)のお下がりの寝巻きを着て来客用の布団に包まって、馴染みのない和風の電灯を見上げている。木と……ガラス?で四角い笠の中に二重丸みたいな形で蛍光灯が収まってて、真ん中の白い丸が豆電球とか紐とかのせいで顔っぽく見えるやつ。

 ローエンは最初冷房を嫌って布団に入ってきたが、それはそれで暑かったのか部屋の外に出てしまった。

 照明器具の顔(顔ではない)と見つめ合いながら、キオちゃんの話を思い出す。

 キオちゃんは生きてきた時間が長い分色々な仕事をしたり仕事以外の生きる術を選んだりしてきてて、その中には魔女で食ってた時代もあるのだという。

「まあ、近代以降に魔女だけで生きてくときに選ぶ職っていうと、大きく分けて三つかな」

 そうして話してくれた内容をもう一度ぼんやりと思い出す。

 一つは、薬屋。今は魔女も薬事法の取り締まりの範疇だから、人間社会の薬の資格と魔女社会の方のルール両方をクリアしなければならない。その分職業としては一番安定するそうだけど、難しそうだ。

 一つは、雑貨やアクセサリー屋。卸売りでも店を構えるでもいいらしいが、小中学生をターゲットにおまじないグッズを売る場合は自分で店を構えるのがウケがいいらしい。……なんか、想像がつかない。

 そして、最後の一つはあの魔女がやってたみたいな、何でも屋さん。依頼を叶えて報酬を貰う。一番不安定で、自由な魔女業。

 今やってることと一番近いからか、最後者の選択が一番しっくり来る。

 でも、『食ってく仕事』として考えると、需要がやたら高そうな薬屋以外は不安定すぎる気もする。わたしに予定を残した魔女は問題なくやれてたそうだけど、安定した職業を持つ親に養われる人生しか知らないわたしからすると未知数の不安があった。

 ちなみにアニメの影響で「宅配は?」という疑問もあったのだが、そういうのは交通機関の発達とともに需要は減って行ったらしい。逆に現代っぽい登録式の配達も、車両の登録という意味で規格から外れてしまってアウトだとか。

「……とりあえず、潰しがきくように大学だけは出とこう」

 独りごちたと同時に、わたしは大欠伸をかます。今が何時かは知らないけど、スマホでショート動画を見始めたら明日の予定が駄目になることだけは確かだ。

 わたしは寝返りを打って、翌日に備えて眠りについた。



 翌日。

「わ、魔法陣上手っ! ……プロ?」

 先週と打って変わってすっかり片付いていた庭に魔法陣を描くわたしは、キオちゃんにめちゃくちゃ褒められていた。

「魔法陣にプロとかあるの?」

 縁側に立って魔法陣の内容や出来栄えを見ているキオちゃんに聞いてみる。

「あは、そんなのないよ!」

 キオちゃんはあっさり言い分を翻す。けど、こうも続ける。

「でも上手いのはほんと。フリーハンドで線を引く練習してないとこうはできないからね」

「……どうも」

 わたしは、ちょっとだけ誇らしくも照れくさい気持ちになる。

 言われた通り、結構ちゃんと練習してきたのだ。正円の描き方のコツは人に習ったものだけど、その正円だって練習して習得している。

 線を引く素材は使わなくなった菜箸だった。業者の人が均して行った地面をがりがり削って直接描いている。キオちゃんが説明のときにやってくれたみたいな空中に線を引く魔法はわたしにはまだ難しいし、この地面の柔らかさではチョークは使えないからだ。

 正確にいえば線だけは出せるんだけど、魔法陣として有効化するほどの存在感というか実在性のようなものまで付与するとなると、習得にも時間が掛かる。

「歪んでないか?」

 一旦顔を上げて問うわたしに、キオちゃんは腕で丸を作る。

「大丈夫、綺麗だよ」

 二人きりの作業だった。実作業は依頼を受けた側でありやり方を教わって経験を積みたいわたしだけだが、キオちゃんは最初から、結構しっかり見てくれている。

 ローエンは思い出の庭に興味がないというのと、今回はわたしを監督するのもキオちゃんに一任ということで、縁側で丸まって眠ってしまっていた。

 わたしはある程度複雑で、でもこれまでで一番大変ってほどでもない魔法陣を描き終える。キオちゃんから借りた着替えの服も、今のところ汚していない。

 縁側で冷たい飲み物を貰って一息だ。いただいているのは氷入りのしそジュース。見た目若いけどこの辺のチョイスは老人感があった。

 わたしは綺麗な赤紫を日に透かしながら、隣で同じものを飲むキオちゃんに問う。

「……ところで、この魔法を使うのにさ、魔法陣をもっと複雑にするとか対価をもっと大きくするとかで、もっとこう……疲れなく? する方法とかってないの?」

 多分ないだろうなと思いつつも、理由が知りたかった。

 わたしの質問に、キオちゃんはさらりと質問意図に沿って返す。

「それがねえ……まず、対価を大きくっていうのは効率悪いかな。方向がてんでバラバラだからさ。それで、魔法陣の方は……理論上はある」

「理論上は、ある?」

 言葉をそのままなぞるわたしに、キオちゃんはふふっと口を押さえた笑顔になる。

「ほら、数学でも証明されてない定理なんてものがあるでしょう。そんな感じで、複数の要素をまとめて動かせる魔法陣を考えつけば、もしくはそれぞれを魔法陣で動かしても喧嘩しない記述を思いつけば、できる…………はず、なの。でも、少なくともあたしは知らない」

「なるほど」

 直感的に理解しやすい説明に、わたしは頷く。

 やっぱり、腹を括るしかないようだ。

 キオちゃんが部屋から持ってきた風呂敷四つ分の対価を魔法陣の真ん中の空白に置いて、わたしは今回初めて教わった魔法を、教わった通りに発現させる。

 それとともに、魔法陣の端に突いたわたしの箒の柄が、ぐぅと沈む感覚を覚えた。魔法陣から光が漏れて、ゆらゆらと揺れる。

 隣で追加の対価として魔力を注ぐキオちゃんが、わたしに改めて、プレゼントされた日の年月日を教えてくれた。昔の春の半ば。

 土地が持つ概念の中に年月日なんてものはない。だからわたしは季節何周遡るかと、季節の大体の進み具合を座標として、そこを目指して奥の方から、記憶を引っ張ってくる。間違えないように。

 そのまま集中力を切らさないようにして、なんとか、といった調子でその時期の景色を投影する。

「……っ……ん?」

 自分のミスを連想して固まる。時期を、大きく間違えて指定してしまったんだろうか。それくらい、思っていた庭と違ったのだ。

 魔法で呼び起こされた庭は、普通の日本の庭。

 ツツジどころか春に咲く花の植物が植えられていない。

 咲いているのは、雑草くらいのものだった。

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