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第六十七話 『だれかの思い出の庭』その9

「これが……ふぅん……気持ちが嬉しかった、とかなのかなぁ」

 キオちゃんは喜びもしないが、がっかりしてみせるわけでもなくそう評する。

 松が主役の渋い庭は、聞いていた内容とは随分違う。

「好きな花ばっかり……みたいなこと、言ってなかった?」

 恐る恐る聞くと、キオちゃんはあっさり笑う。

「うん、ノートに『好きな花ばっかりの庭を見せられた』って書いてあったし、あたしもそう思ってた。……でも、あたし嘘つきだからなぁ。ノートに嘘書いたのかもね! 嬉しかったってことの誇張として」

 わたしは額の汗を拭う。過去の記憶を引っ張り上げるのは、結構な労力だった。今立体映像みたいな情報を保つのも、わりとしんどい。

「時期や年号が間違ってるとかはない?」

 望みをかけてわたしが聞くと、自分自身のことをよく知っている先輩魔女は苦笑いで応える。

「ううん、書いてあった通り。それに、そういうところで嘘つくことはないなぁ」

 わたしは段々と、自分が指定を間違えたのではないかという不安に駆られ始めた。

「わたしが時間を、」

 言いかけた言葉を手で制される。

「ううん、発動を見ていたけど、間違えてないよ。……でも、この後植物を運び込んで植えた可能性もゼロじゃないから……もうちょっと付き合ってもらっていい?」

「了解」

 わたしが頷くと、キオちゃんが飲み込みきれなかったというような調子で「ごめんね」とこぼした。

 はたと顔を見れば、バツが悪そうな笑顔と目が合う。

「お庭を見れたところで何か残るってのとは違うでしょ。そのために、不確かなことに付き合うのって嫌じゃないかなって、ちょっと思っちゃった。……今更だね!」

 わたしはぐっと箒の柄を握り直す。苛立ちに似た力強い感情があった。

 だから、

「でも見たいんだろ? なら小さいことだよ。少なくともわたしからしたらさ」

 意趣返しと洒落込む。

 キオちゃんは目を丸くして、それこそ花でも咲かせるように笑う。

「あははっ、一本取られちゃった!」

 わたしはしてやったりと口元を歪めながら、土地の記憶の、掘り起こしている部分の時系列を一気に先に進める。投影してるだけの過去の時間も、リアルタイムと同じ速さにだったら勝手に流れるけど、それじゃ日が暮れるどころじゃ済まないし。

 過去時間の早送りは、今出してるところの近似値を呼び出すことで行われる。だから一から掘り起こすよりは楽だけど、それでも続けると、立っているのも辛くなってきた。

 わたしは休憩代わりに早送りをやめる。ただ投影しているだけの状態に戻したわけだ。

 それで完全に休めているわけではないが、例えるなら、長い長い梯子を登る途中、両腕で寄りかかって一息つくような感覚だ。もちろんこれだって続けたら足がガックガクになる。

 と、丁度そのとき、わたしたちの横をすり抜ける二つの人影があった。

 片方はさっきからちょろちょろ見えてたこの家のチビ助。まだ背の伸びきっていない、多分声変わりすらしていないだろう子供だ。

 そしてもう片方は、キオちゃん――当時の記憶の魔女だった。

「あたしだ……」

 キオちゃんが庭の真ん中に駆けてきた自分たちをしげしげと眺めている。

 わたしから見ると、同じ人が二人いる感じだ。当時の記憶の魔女は髪型こそおかっぱにしているが、今のキオちゃんと顔は全然変わっていない。

 チビ助は当時の記憶の魔女の手を引いてきたみたいだ。

 声は聞こえない。声の記憶まで呼び出したらわたしが死んじゃう。

 だから、目で見てわかる情報だけで、彼らのことを判断しなければならない。もし『思い出の庭』の件の日が今日ならそれを。そうでないならそうでないということを。

「懐かしい?」

 わたしが言うと、キオちゃんはゆるく首を振る。

「覚えてないもん。でも、仲良かったんだなぁって感慨は、あるよ」

 雑草の小さな花くらいしか咲いていない、でも綺麗ではある庭の記憶の中で、わたしたちは立ち尽くす。

 そんなわたしたちの前で、チビ助は突然縁側の下に潜る。

「おいおい」

 やんちゃだな。そう思っていると、チビ助は誇らしげに上気した頬をくにっと笑顔に歪めた顔で戻ってくる。

 そして、縁側の下から持ってきたのであろう四角い水槽を記憶の魔女に手渡した。

「あ」

 土地の記憶の中の記憶の魔女と、実際にわたしの側にいるキオちゃんが同じ顔をする。

 驚きと、嬉しさによるほころび。

 チビ助が出したのは、色とりどりの花が満開に咲いた庭のジオラマだった。

 小さいせいかわたしには何の花かもわからなかったが、キオちゃんが花の名前を呟く。

「ツツジだ……」

 尋ねなくてもわかった。ツツジは、キオちゃんの好きな花だ。

 つまり、時期もノートへの記述も、ちゃんと合っていたのだ。


 わたしとキオちゃんが見守る中、記憶の中の二人は何事かずっと話して、そして、庭の隅にコソコソ穴を掘って水槽を埋めた。

 魔法(多分保護魔法)を掛けて、更に木箱にも入れて、それを風呂敷に包んで、丁寧に。

「はるちゃん、もういいよ」

 真相がわかって満足しているキオちゃんに言われるが、わたしはわたしで好奇心がある。

 それに、最初こそつらかったものの、魔法に慣れてきたのか体が軽くて、ちょっと気持ちに余裕がでてきていた。

「いや、この後どうなったか気になる」

 少し早送りすると、父親と思しき人物や母親と思しき人物が何かを探してバタバタしている様子が出てくる。

「はるちゃん!」

 叱るような声が横から飛んでくるけど、今集中できてていいところで、わたしは軽く首を振るだけの返事をした。

 もう少し送ってみると、チビ助が大目玉を食らっている様子も出てきた。

 そのお陰で、あの水槽が親からくすねてきたものだと言うことがわかる。

 わたしはくすっと笑って、同時に鼻の下がぬるりと温かくなる。

 わたしは指先で掬った赤を目にして、初めて自分にかけていた無理のデカさを知った。

「やっべ……」

 そこで、一旦意識が途切れた。

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