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第六十八話 『だれかの思い出の庭』その10

 ガンガンと頭を殴られるような痛みで目を覚ました。

「いてぇ……」

 顔を顰めつつ目を開けると、視界にはキオちゃんちの客間の天井。それと、手前にローエンの顔と前足があった。

 ローエンの前足が、べしべしと繰り返しわたしの額に当てられている。殴られるような痛みというか、ぶん殴られていたみたいだ。

「いだい」

 わたしの苦情をよそに、ローエンは無言でわたしの額を叩き続けている。

 振り払おうと布団から腕を出したそのとき、ドアを開けてキオちゃんが入って来る。

「起きた?」

「おぎだ……」

 わたしがローエンの前足をキャッチしながら返事をすると、キオちゃんはわたしが寝かされている布団の横にすすすっと正座して、真顔になって言う。

「あれから一週間寝ていたのよ」

「え」

 一瞬、呼吸が止まる。ちょっとの無理がだいぶ大事だ。

 静止したわたしの隙をついて、ローエンは更にべしべしべしべしと額を叩いて来る。

 動揺するわたしに、キオちゃんは言う。

「嘘です。まだ次の日の昼です」

「なんだぁ」

 わたしがほっと息をつくと、ローエンはわたしが起きて初めて声を発する。

「なんだじゃないよ!! お前はほとんど丸一日起きなかったんだよ!!」

 頭の痛みに響く大声だ。前足の猛攻もあって、ひとたまりもない。

「ご、ごめ……いたた……ていうか殴るのやめてくれ……」

 わたしが抗議すると、余計に強く叩かれるし、ローエンはまた無言になってしまった。

 キオちゃんはわたしたちの様子に苦笑して、ローエンの代わりに教えてくれる。

「一応回復方法の一種なのよ。魔力の使い過ぎで脳まで引き絞っちゃったときのね。痛いけど我慢しなさい」

 そして、ローエンに加勢するように額の余白を指でぺちぺちやりだした。

「えぇぇ……いや、だからって……ナニコレ……」


 ものすごい痛みに襲われながら教えてもらったのだが、わたしは結局鼻血を垂れ流しながらぶっ倒れて気絶してしまったらしい。

 それで、キオちゃんに助け起こされて、着替えさせられて寝かされていたと。

「大変な魔法だって言ったでしょう」

「はぁい」

 先輩魔女に怒られながら、大人しく遅めの昼ご飯を食べる。病人だったわけではないので、お粥ではなく普通の和食だ。

「頭を打たなくてよかったよ」

「そうだよ。頭打ったら普通にコトなんだからね」

 キオちゃんとローエンに口々に言われながら、漬物と白いご飯を口にする。一日栄養を取っていなかったせいか、塩気が妙に美味しい。

「ごめんなさい」

 もう何度目かわからない謝罪を口にしながら、お茶も口にする。自業自得だが、忙しい。

 とっくにお昼を食べ終えているキオちゃんが、わたしではなくローエンに訊ねる。

「これ、親御さんに言ってもいい? あたしからもお詫びしないと」

「そうだねぇ……」

 わたしは丁度口いっぱいにご飯を入れてしまったばかりで口を挟めないけど、それだけは勘弁してほしい。

 親との距離を上手く空けておくのに、心配を掛けるのは悪手も悪手だ。……そう考えると、無理をした時点で悪手だったんだけど!

 そんなわたしにローエンはぴしゃりと言う。

「はる來、諦めな」


 そして、わたしはその日の夕方には、先輩魔女によって家まで送り届けられる。

 移動手段は普通に車だった。仕事で使うから、ペーパードライバーですらないらしい。

 家につくと、キオちゃんは玄関先まで出てきたお母さんにまず頭を下げて、事情を説明する。ローエンも似たような感じだ。

 お母さんはキオちゃんの真剣な謝罪に逆に恐縮しながら、わたしを叱る。

「はる、最近ちょっとはしっかりしたと思ったら、今度は無茶をして人様にこんな……まったく」

 呼び方は、はる、だ。わたしに『はる來』なんて古風で区切りが面倒で間違えられやすい名前を付けておいて、相変わらず。止めてと言っても変わらず。

 でも今はそこに反発を覚える場面じゃないってこともわかる。呼び方が気に食わないのには変わらないけど、今は普通に、心配や面倒を掛けている場面なのだ。

「いえ、お嬢さんはまだ見習いなので、本来は私がもっとしっかり止めなければならなかったんですよ。本当にすみません」

 キオちゃんが改めて深々と頭を下げて、お母さんからわたしへの言葉を止めさせる。

「私も少し任せすぎたところがある。今度からはもっと気をつけるよ」

 ローエンからも口添えがあり、お母さんも矛を収める。

 とはいえそれは一時的なものだ。お父さんが帰宅すると、わたしはダブルで久々のガチお説教を受けた。

「お前が魔女の見習いになったことは、悪いことじゃないと思っているし、お前は自分のことは自分で決めたい性格だし、魔女のことに人間から口を出すのがあまりよくないのも知ってる。でも、倒れたり怪我をしたりするだけは看過できないな。今回は記憶の魔女さんが近くに居たからいいものを……」

 以下を省略したくなるくらいには、しっかりと。たっぷりと。

 流石のわたしも、最後まで聞いた。今回は自分が悪いので。

「せめてこれからは使い魔の言うことや先輩の言うことを聞きなさい」

 放任主義モドキを続けてくれる条件がこれだけで済んだのは、大きな僥倖だったのだろう。



 次の週の土曜日。

 わたしは電車を使ってキオちゃんちを訪ねた。鼻血で汚した服を返さなければならないからだ。

 紙袋の中の服は、洗濯と新しく覚えた生活魔法で綺麗になっている。

 電車なのは、先週のこともあって箒の長距離飛行を止められたからである。倒れるまで魔力を酷使したのは、しばらくは響くみたいだった。

 そして、わたしはキオちゃんちの靴箱に置かれたそれを見つける。

「……いいね」

 わたしは自分のやらかしも忘れかけるほどの満足感の中、一人ごちる。

 だれかの思い出の庭は、鮮やかなままで。これからの思い出に残る位置に飾ってあった。

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