目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

幕間 『クラスメイト』

 恋くらい気楽にしたら? って言われることはわかってる。人が出会ったり別れたりするなんて当たり前じゃない? って言われても、私は満足に反論できない。

 でも、私は誰かとお付き合いしてお別れするという手痛いプロセスを経験するのが怖い。友達や親戚の付き合いと比べて、ばっつり、完全に別れちゃう可能性がすごく高いから。

 両親の離婚という経緯は持っているけど、そういうものを横に置いてしまえば、ただの恋に臆病な女子高生。

 それが私、中林うみだった。



 同じクラスの志村――本名・殿田くんに告白めいたことをされたのは、文化祭の長い片付けが終わった後のことだった。

 体育館の花の片づけがとにかく大変で、全部終わらせる頃には全員文化祭ハイが悪化して箸が転んでも笑う様相でいたんだけど、体力がない私に至ってはテンションのピークも通り越してもうへろへろだった。

 頭を冷やそうと一旦廊下の水飲み場に行ったところで、私は志村に行き会った。

「あ、中林演出家、お疲れ様っす!」

 楽しそうに声を掛けてくる志村の顔が、斜めから注ぐ夕陽でオレンジ色に染まっている。

「志村もお疲れ様」

 私も軽く声を掛けて、顔を洗う。冷たい。シャキッとする気がする。

「……」

 用事は済ませたっぽい志村が、水飲み場に凭れたまま、じっと立っている。

「何?」

 尋ねると、無意識だったのか志村ははたとまっすぐ立って、それから、あー……と窓の外を見る。

 そして、ちょっと楽しそうな悩み方をしながら、こう言った。

「文化祭マジックって信じてなかったんだけど、なんか、そういうのも案外楽しいかもって思えてきて。……中林はどう思う?」

「えぇ?」

 恋の相談だろうか。それとも雑談だろうか。私は首を傾げるばかりだ。

 そんなわたしの顔を見て、志村は吹き出す。オレンジ色の顔面が、少し朱に寄る。

「俺、今回の文化祭ではプロデューサー的な立場やっててさ、普段そこまでがっつり喋らないクラスメイトとも結構喋ったんだよね」

「?」

 わからないけど、知ってる内容だ。

「で、そうしてみると、意外といいなって思う相手がさ、いたりする。一緒に何か作り上げるって楽しいし」

「そうだね」

 相槌を打ちながら、もしかして……って思う。志村がこの文化祭で初めてがっつり絡んだっぽい相手っていうと、私と春日ちゃんくらいだ。それ以外の、たとえば男子とは元々まんべんなく喋るタイプだし。

 だから、私か春日ちゃんに対して『いいな』って思っている可能性が高い。

 私は凶悪な西日に日陰側の頬まで熱くされながら、志村の言葉を待つ。

「そういう気持ちが文化祭マジックってやつかもしれないけど、でもそんなん、便乗した者勝ちかもなって。……それで、学校外でも遊んでみたり。俺は、してみたいなって思ったんだ」

「…………」

 私は息を呑む。

 この顔を見て『春日ちゃんかも』なんて可能性を残すの、流石に失礼だ。

「どう、思いますか?」

 最後には敬語になった志村に、私は小さな声で答える。

「わ、わからない……けど、考えてみても、いい?」


 それから暫く、私は考えてみる日々を過ごした。

 でもその間変に緊張して志村には話し掛けられなくて、そのせいか判断材料? みたいなものが全然足りなくて、無駄に考えて空転しているだけ。

 春日ちゃんにも「文化祭マジックがきっかけで付き合うカップルって別れやすいと思う?」なんて相談してみたけど、無駄に迷惑掛けただけだった気する。恥ずかしい。



 ある日、私の背後を通り過ぎようとした志村のカフスボタンに、私の長い髪が引っ掛かって絡まった。

「いたっ」

「うわごめん」

 お昼休みの教室、隅の方。友達と机を囲んでいた私と、購買に行くところだった志村。……だったんだけど、私の悩みぶりを知っていた友達は、志村にパンを恵むと、他のところで食べると言って教室を出てしまった。志村と一緒にいた男子も、私の友達に引っ張られていなくなる。

 教室だから他にも生徒はいたけど、私たちは友達の気遣いにより、取り残された。

 せめてボタンから髪の毛取るの手伝ってから退散してよ!?

「ごめん、なんか……」

 私は筆箱に入れっぱなしになっていた折り畳みのハサミを志村に渡す。振り向くと髪が引っ張られて痛いから、肩越しに手探りだ。

「いや、いいよ。ごめんね」

 後ろから、ハサミを広げる微かな音がする。

「私の髪の方を切っていいからね。絡まっちゃった時点で傷んで質悪くなってるだろうから」

「わかった」

 私の補足に、志村は素直に従ってくれる。

 私の髪は結構しっかり手入れして胸まで伸ばしているけど、傷んだら遠慮なくばさっと切ることにしているのだ。

「あ、枝毛だ。ついでに切っていい?」

「え、うそ枝毛? 切って」

 志村があんまりに自然に提案するものだから、私は思わず普通にお願いしてしまう。よく考えたら教室だったのだけど。

 そもそも、男子に髪を触られるって、緊張する。でも、嫌な緊張感ではなかった。

 ちょき、ちょき。「あ、ここも」。ちょき。

 そうして取れた髪の毛を、志村は律儀に手のひらに乗せて見せてくれる。

「こんだけ」

「…………ありがとう」

 淡く言いながら、私は後頭部を触る。手入れを頑張っている甲斐あって基本つるんとしていて、ちょっと切られた髪のことなんかよくわからない。

 私は、切られた自分の髪の毛を見ながら何を思ったのか、ふわふわした自覚のままで大事なことを訊く。

「志村は、さ。付き合って別れた相手と、友達とかに戻れると思う?」

 志村は目を見開いて、少し悩んでから、私の前の席(丁度席を外している子の席)の椅子に座る。

「わからない、けど、顔も見たくないって言われなければ、努力したい派」

 志村は、私の髪の毛を手のひらに乗せたままの変なポーズでいる。どうしていいかわからないのだろう。

 ……なんか、かわいい。

 私は、昼休みの教室の隅、小さく息を吸う。

 時と場所的に随分大胆だけど、今言わなきゃ何にもならない気がしたのだ。

 もし、別れやすい付き合いで、案の定別れるとしても、その形をいいものにしようって思える同士なら。

 私は吸った息を小さな囁きにして、志村にだけ届ける。

「じゃあ、一緒にがんばる?」

 私も、頑張りたいと思ったのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?