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第八十五話 『慌てすぎのサンタクロース』その1

「い、妹にサンタクロースを信じさせてあげてほしいんです」

 初めて自分で依頼を受けた。

 魔女に遺された予定帖の中身をこなすので精一杯のわたしが、だ。

「わたしでいいの? わからんかもしれないけど、わたし、見習いの魔女だぞ?」

 一応説明を試みるけど、目の前の小学生は譲らない。

「い、いいです。ていうか他の魔女さん知らないからお姉さんに頼むしかないっていうか……」

 なんか黙っといてくれた方が助かることそのまま口から垂れ流したな、こいつ。

「……使う魔法によっては対価は請求するけど、平気?」

「へ、平気……です、多分!」

 念押しにも気合いの入った涙目で応えられて、わたしは『断る』という選択肢を自分の念押しによって遠くへ押しやってしまったことに気付く。

 足元で様子見に徹する我が使い魔のローエンは、猫らしい大あくびをかまして、黒い体毛に埋もれ気味の目を細めている。自分で判断しろってことだろう。

 さて、どうしてこうなったんだっけ。

 こうなるまでの道筋は、一体どこから始まったのか。

 ちょっと考えてみたけど、『こちら側のどこからでも切れます』って感じで上手いこと切れ目が思い出せない。

 仕方ないのではじめから、わたしがバカやって怪我したところから思い返してみることにした。



 十一月の初め。五時間目の体育が団体球技だったので、とりあえずサボった。出席もまあまあ足りてたし。

 にも関わらず、わたしは自主的に体を使った遊びをしていた。

 全然球技じゃないし、単独だし、なんならスポーツですらないけど。


 わたしは魔女の隠れ家と呼んでいる森っぽい空間(異空間みたいなもの)で、箒に乗っていた。

 といっても、普通の乗り方ではない。

「次こそ耐える……!」

 無駄に気合いを入れて、もう一度乗る。

 乗り方は、例えるなら、波乗り。

 わたしはサーフボードに立つように、箒の柄に左足を、箒の穂先に右足を乗せて立ち、五センチほど浮いた。

 そして、すーっと地面に沿って前進していく。すぐにでもバランスを崩して落ちそうだった。

 これが結構難しくて、難しい分面白い。

 普通、箒で飛ぶときは自分の体を軽くしつつ箒を浮かせる。そのことにより、箒で股が痛くなることも防げるし、腕に掛かる重さや力もマシになる。あと、落下しかけても多少はなんとかなる。

 だけど、自分を軽くしちゃうから、横っ風に吹かれると吹っ飛びそうになるのだ。

 そこでわたしは考えた。いざとなったら重さを払わずに箒に乗れたら、幅が広がるんじゃないかって。

 ついでに波乗りみたいに足で華麗に乗れたら、カッコいいんじゃないかって。わたしの人生が漫画でいきなりテコ入れされてバトル展開になったときにも対応できそうだし。

 そんなアホみたいな発想から来る愚行は、使い魔のローエン不在だからこそのものだった。あの黒い猫に冷めた目で見られてまでやるほどの情熱はない。そもそもそんな状況、十七歳の自意識が耐えられない。

 わたしは一人で、のびのび遊べていて――それゆえに、段々と調子に乗り始めていた。

 だからすっかり忘れ始めていたのだ。

 わたしは『波乗りスタイル』のまま、地面から一メートルくらいまで高く浮く、そして隠れ家本体たるログハウスの周りをぐるーっと一周して、そして、

「おわっ!」

 案の定というか、柄に乗せていた左足を滑らせた。

 落下しそうになった瞬間、わたしは思い出した。

 ローエンに、箒の乗り方でふざけると股を打つと忠告されたことがあったのを。そして、小学校のとき、鉄棒で綱渡りごっこをしていて落ちた上級生の女の子が、股間を強打して救急車沙汰になった話を。

 わたしは恐怖から咄嗟に箒から離れようとした。けど、今度は右足を乗せていた穂先につま先が埋まって上手く離脱できない。周りに掴まれるものだって何にもない。

 永遠のような一秒間、わたしはグラついた足元と格闘して、最後には、体を捻って右肩から地面に落下した。

「……っつー…………」

 痛くて、情けなくて、涙が出た。


 この顛末のどこが依頼を受けた状況に繋がっているかというと。肩を強打した部分だ。

 わたしはこの日から暫く、休養を余儀なくされたのだ。

 何せ肩を脱臼しかけた。というか一瞬脱臼したと思う。少なくとも、一瞬何かがずれた。

 一繋ぎだと思っていた自分の体があくまで色んなパーツの組み合わせで出来ていると初めて気づかされたあのときの感覚は、なんとも言い難い。ありえないと思っていたことが起きているから怖いし、でもちょっと面白いし、でもそれらの感想を塗りつぶすくらいには滅茶苦茶痛いし。

 ちなみにこういう関節の外れかけとか、外れたけど元に戻せるとかいう状態を亜脱臼という。

「……懲りたかい?」

 ローエンには思いっきり白眼視された。金色の目で白眼視って器用だなとも思ったけど、さすがのわたしも洒落言ってる場合じゃなかった。

 話しはずれまくったけど、まあそんな感じで魔女の予定帖に書かれた内容の消化をストップして、ついでに飛行とか魔法の練習とかの類も全部ストップして、だいたい一ヵ月くらいが経ったわけだ。

 だからというか、流石のわたしもちょっと焦った。

 先に急ぎの予定を見つけていたわけじゃないけど、何もしないってだけで焦れて焦れて仕方がなかったのだ。

 それで、わたしは予定を一気に消化することに決めた。

 魔女の予定帖から『魔法の力を借りてカッコイイかまくらを作りたい』と『裏庭の妖精と会話を試みたい』と『子供の頃の王子様に再会したい』の三つを一旦の予定として動くことにしたのだ。

 本来は、魔女の予定帖って『パラパラっと開く』が占いみたいに機能して、概ねそのときやるべき予定が出てくるようになっているんだけど、今回はページ順通りに見てまだ叶えていないものを抜き出した。

 多分古い順に近いだろうけど、悪いことにはなるまい……と、思っていたのだが……。

 まあ、上手く行かなかったから今回の依頼に繋がったのだ。人生ってわからないなあ。わはは。

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