目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第八十六話 『慌てすぎのサンタクロース』その2

「……で、こうなったと」

 三つの予定のために飛び回った後の日暮れ前、寒い中箒の穂に乗ってついてきてくれたローエンに、わたしは呆れ顔を向けられることになった。

 全部、見事に全部、不発だったのだ。

 しかも、北に行って西に行って南に行ってとバラバラに、それなりの長距離を移動してみての、不発。

 まず『カッコイイかまくら』、これについては現状確認と打ち合わせのつもりで訪問した。けど、行ってみたら待ってたのは寒がりのおばちゃんで、返事は「子供のときにお願いしたけどねぇ、今はできるだけ家から出たくはないわよ」。つまりお断りだ。

 次に『裏庭の妖精と会話』、これはちょっと草花の採取と対価の徴収が必要だったから、それらが用意できていればそのまま叶えるつもりで訪問した。けど、長々と放置していたせいで、彼らなりの交流とか関係値とかが完成していて、返事は「ああ、今はいいよ。一応何かあったときのために連絡先だけ交換しませんか?」。つまり、今回って意味ではお断りだ。

 最後に『子供の頃の王子様に再会』、これは人探しかなと予想して訪問した。けど、もう会ってた。ていうか結婚してた。終わり。

「マジかよぉ……」

 田舎の道の脇で落ち込むわたしに、ローエンも流石に同情したのか体をすり寄せる。なんだかんだ猫って空気読むよね……。

 道は用水路とフェンス越しに上がっていく傾斜に挟まれた狭いもので、片側一車線くらいの狭さだけどそもそも車が通っていない。わたしはそのフェンス側に寄って、というかほぼ寄り掛かって座り込んでいる。流石に情けない不発すぎて、「公道だぞ!」という倫理よりも「落ち込んでたい!」という弱気の方が勝ったのだ。ウィッチハットもずり落ちかけているけど、知らん。

「……予定帖の導き通りだったとしても、そのうち不発を踏む必要はあっただろうさ」

 ローエンは今回ばかりは珍しく、振る舞いだけでなく言ってることも優しい。

「……でも、こんっなバラバラの移動経路にならないように出てきたと思う……」

 普段とは逆にわたしがマイナスの発想しか出てこなかった。事実に近いのは多分こっちだし。

 と、そのとき、

「あ、あの! さっき、飛んでた人ですか?」

 道の向こう、カーブで見えなかったところから、リュックを背負った小学生が駆けてきた。

 立ち上がったわたしの胸か肩くらいまでしかないその子は、両サイドの三つ編み、紺の吊りスカートと『役所や学校の古いイラストの小学生女子』といった出立ちだ。ランドセルと黄色い帽子があればもっと完璧だっただろう。それが田舎の道に出没したものだから、一気にフィクション感が出てくる。

 駆け寄ってきたその子の手前しゃきっと立ったわたしは、聞かれるままに答える。

「そうだよ。わたしは用事があってこの辺に来た魔女。見習いのね」

「すごい! 帽子も本物⁉︎ すごい!」

 間髪入れずに大興奮で褒められた。走ったせいもあるんだろうが、ほっぺたが真っ赤だ。

「魔女さんって本当に飛べるんだ! あのねあのね、き、きのう、社会の時間にやったばっかりなんです、魔女さん!」

 普通に喋ったり敬語喋ったり忙しい小学生女子は、何かをもどかしがるようにむずむず動いて跳ねる。

 なるほど。タイムリーだったわけだ。

 確かに教科書に出てきたばっかりの存在が目の前に現れたら、これだけはしゃいでも仕方がないだろう。

「みならい、ってことは、新しい魔女なんですか。今すごく減ってるって先生がっ」

 喋っている途中で息切れしたその子の言葉をわたしが引き継ぐ。

「うん、そうだな。わたしは新しい魔女だけど、珍しいよ。れき……社会科の内容ちゃんと覚えててえらい」

 わたしが気をよくしてつい小学生女子の頭を撫でてやると、当人は一瞬怪鳥のような変な悲鳴を上げて、それから必死に首を縦に振って喜ぶ。……小学生だからなんとかなってる(?)けど、かなり変なやつかもしれない。

「あの、あの、わたし、教科書に載ってたやつ、いいなって思っててっ。駄菓子屋、一緒に来ませんか?」

「えぇぇ……何、何が載ってんの今の教科書」

 覚えがない申し出にビビるわたしの足元、これまで気配を殺していたローエンが、わたしにだけ聞こえるように小さく言う。

「多分……昔の魔女への『ほどこし』のことだろうね」

 言われても全然わからん。魔女が遺していった内容も、実際の依頼とか立ち居振る舞いとかに関係ありそうなもの以外の資料は基本スルーしてるから、スルーしたところにある慣習かなんかだろうか。

 小学生女子はリュックを前後逆に背負い直すと、中から教科書を取り出す。え、休みの日に教科書持ってる! なんで? 塾? 宿題? まさかだけど自習か⁉︎ こわ。

「これ、これです」

 教科書を出してバラバラめくった小学生女子が見せてくれたのは、江戸時代くらいまでは記録が残されているという古い慣習。

 可愛いかどうか微妙なキャラクターについた吹き出しの中に、こう書かれている。

『魔女の多くは町に暮らす人々のため、「持つ者の義務」としてただで働くことも多かったんだ! だから人々も魔女には積極的にほどこしをしたよ!』

 吹き出しの文字の下に、鉛筆で『ご飯に呼んだり反物をあげたり』と書かれている。

「わたし、この町のために何にもしてないぞ……」

 精々目の前の小学生に夢を与えた程度で、マジで何もしてない。

「そう……ですかぁ……」

 露骨にがっかりされた!

「うぅううんん、いやでもお姉ちゃん駄菓子屋さんは好きだなあ。帰る時間は大丈夫なの?」

 罪悪感で言葉を搾り出すわたしに、小学生女子はやっぱり元気だ。

「五時の鐘までは遊んでていいから…………えぇっと、大丈夫、まだ遊べます!」

 印籠のように見せられたスマホの時間は十六時二十五分。つまり、大体残り三十分くらいだろう。本当にわたしからしたら今からじゃ全然遊べない残り時間けど、小学生からしたらまだ遊べる時間らしい。

「ニャー」

 ローエンに、鳴き声と視線で諦めろと言われた。猫語なのは、小学生の前で喋れることを明かしたくないゆえだろう。今のところ、ではあるけど、この子はわたしにしか興味がないみたいだから。

 まあ、そんな悪あがきしたところで『大人しくついてくる猫』なんてカワイイ存在していれば、関心を向けられるのは止むなしなのだが。


 わたしたちは結局小学生女子の案内で駄菓子屋を訪れて、わたしがちょっと折れる形で梅ジャムを奢ってもらって表のベンチで食べていた。

 ローエンは残念ながら、先客含めた小学生たちに撫でまくられた。今は『もう触るな』と態度とシャーで示してからわたしの足元に落ち着いているけど。

 そんな、もう少しで五時を迎える時間帯。

 わたしは初めての『自分への依頼人』と出会った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?