甘い梅ジャムをちびちび吸いながらすっかり当たり付き駄菓子に関心が移った小学生女子たちを眺めていると、被りっぱなしにしていた帽子のつばに何か当たる感触がした。後ろだ。
わたしが振り向くと、小学生の、今度は男子が立っていて、わたしの挙動にびくっと肩を震わせた。わざと帽子のつばに触ったわけじゃなさそうだ。
「なあに?」
なるべく間延びした言い方になるように用件を訊ねる。この子も『ほどこし』をやってみたいクチか、ローエンを撫でたいとねだりにきたのか、それくらいの軽い理由かと思ったのだ。
だけど、その小学生が言い出したのは、わたしに向けられた初めての依頼だった。
『い、妹にサンタクロースを信じさせてあげてほしいんです』
そして、念押しまで終えてしまったわけだ。
アホな練習から始まり、怪我と焦りを経て、不発の旅をこなし、小学生に梅ジャムを奢られて、わたしは初依頼に辿り着いたのであった。
とはいえ、すぐに依頼に取り掛かるとか、詳しい話を聞くとかはできなかった。
なぜなら、すぐに五時の鐘が鳴ったからだ。
「チビども、もう帰りな〜」
駄菓子屋でレジを打っていた三十代半ばほどの女が、慣れた口調で小学生たちに帰りを促す。
わたしを連れてきた小学生女子を含めた何人かは、素直に返事をして、口々にわたしに手を振って帰って行く。
帰りを躊躇っているのは、依頼人の小学生だけだった。
「どうした、早く帰んな」
駄菓子屋の人に言われて、依頼人の小学生は涙目になりながらも、顔を上げる。
「ま、魔女さんに依頼、まだ、話、はなしが……」
「また話そう、今は帰らなきゃ。連絡先交換すればいいだろ」
わたしが言い聞かせると、依頼人の小学生は絶望的な顔をする。
「知らない人と連絡繋がっちゃだめだってママが」
「あ〜……」
それもそうだ。相手は小学生だった。
するとローエンが下から助け舟を出してくれる。
「はる來、お前の電話番号だけ渡しておやり。それで親に許可を取って、そのあとこの子から連絡を取らせればいいだろう。そしたら繋がる前に話しを通せる。」
「お、賢い」
一緒に頭を捻ってくれていた駄菓子屋の人が小気味よくローエンを賞賛する。猫が喋っても驚かないタイプの大人だ……。
「ねこ、しゃべっ……!」
子供の方が動揺していた。
とはいえその衝撃と正面から向き合っていたらそれこそ帰りが遅くなってこの子の親に敬遠される。
「番号教えるから、持って帰って保護者に話しな」
その結論と共に、その日は解散となった。
三日後の放課後、ファーストフード店に寄り道して季節限定の味付けポテトに舌鼓を打っているわたしは、サイトウからのいたずら電話と知らん人からの勧誘電話を捌いたあとで、その電話を取った。
『もしもし、早見です』
「誰?」
相手の名乗りに対しての雑な態度も、そこまでの経緯のせいだった。だって、サイトウはコールセンターごっこしてたし、勧誘電話は不動産だったし、知らん番号だったし、知らない女の声だったし……。
電話の相手は、困惑したような口調で続ける。
『え、あの、早見といいます。息子がお世話になるみたいで』
「……えぇ、息子、さん……?」
サイトウのやたらキラキラした顔が頭をよぎる。でも、あいつんちってかなり複雑だったような。
困惑するわたしに、電話越しの声も困惑を重ねる。
『あの、魔女さん? ですよね』
「ああ、うん、魔女です」
やっぱりサイトウの親だろうか。サイトウって本名早見だっけ? そんな方向に頭を回転させるわたしに、電話越しの声は言う。
『うちの子が魔女さんに依頼をしたいって……』
「ああ!」
わたしはファーストフード店の窓際ででかい声を出してしまった。周りの注目を浴びて、咄嗟に小声を作ってスマホに手を添える。普通に小声で喋る気であるのに加えて、『驚いてつい大声を出してしまっただけで大声で通話する意思があるわけではない』というジェスチャーとして大袈裟に振る舞う。アホっぽいけど知らん人間との摩擦は減る。
「いや、わたしがわかってなかった。あの、息子って、何日か前に会った小学生? で合ってます?」
さっきまでの自分の態度に内心冷や汗をかきながら、わたしは確認の言葉を連射した。すると相手の言葉もこんこんと流れ出す。
『あ、はい。はいそうです。あれ、あの子名前も言わなかったんですか?』
「ああ、うん。でもわたしも名前は言ってないし。知らない大人に何か言うのが心配だったんだろうから」
あとであの子――早見少年が叱られそうな流れをなんとか堰き止めて、わたしは本題に移る。
「魔女への依頼をしたいそうで、こっちとしては引き受けてよさそうなんだけど、そのためにあの子との連絡先、繋げても大丈夫ですか?」
『その件なんですけど、謝礼とか、対価とか、色々あるでしょう。それも含めて一度お会いしたいのだけど……』
なるほど。親としては最低限わたしの顔も見ておきたいだろうし、それくらいした方がいいか。
子供と連絡を取る立場になるって、結構面倒だな。わたしも人間社会的には子供っちゃ子供だけど、高校生ならある程度本人の判断に任されるのが普通だし。
「いいけど、いつとかどことか、都合はあり、ます?」
わたしは迷いながら、一応は『保護者の人』との会話なので、敬語を意識する。
『もしよろしければ、明日の昼、駅前の喫茶店でいかがですか?』
「ああ、それなら行けます」
明日は普通に学校があったけど、一回もサボってない授業ばっかりの曜日だし、大丈夫そうだ。
そうして二つ返事で決めた予定の先、わたしは、普通にサボりの小娘としてお叱りを受けるところから話しを始めることになるのだった。