「学校をサボってまで来るなんて……」
木目調のお洒落で落ち着いた喫茶店の店内、目の前に座っているのは、身なりの良いジャケットスタイルの人物。三十代っぽい女、早見母だ。
早見母は額に手のひらを当てて、制服姿で現れたわたしを前に露骨に参っている。
わたしは扉の前で待っているローエンに助けを求めたくなりながら言い訳を搾り出す。
「あの、今日はつい来ちゃいましたけど、息子さんの前ではそういうの出さないんで」
「当たり前です!」
ぴしゃんと叱られてしまった。
周りの人間は全員わたしの学校サボり癖に耐性ができているから、先生以外にまっすぐ咎められるのは久しぶりだ。親も匙投げ気味だしローエンも全然容認派なので、余計に。
……いっそ、『定時制高校通いで昼間のこの時間は授業取ってないです〜』とでも嘘つけばよかっただろうか。うちの制服なんか知らんだろうし。
「まさか魔女さんが高校生だなんて。知ってたら平日の昼間にお誘いしなかったのに」
真面目な人なのか、早見母は自分の迂闊さも含めて責めている。
「わたしも全然言わなかったので」
わたしが恐々と慰めると、早見母は一つ大きなため息をついて、わたしをまっすぐ見る。
「依頼の内容は?」
いきなり切り込んできた。けど、これはローエンの予想にあった切り出し方の一つ。慌てることはない。
わたしはメロンソーダで口を湿らせて、なるべく落ち着いた言い方をする。
「……厳密なルールはないけど、わたし側から聞き出して当人に嫌われても、わたしは何もできないぞ」
すると早見母は一瞬驚いたような悲しんでいるような顔をして、それから頭を振る。
「……それもそうね。じゃあ、本人に聞いてみるけど……危ない依頼ではないのよね?」
「多分だけど、微笑ましい類だよ。周りの人間のために何か考えてるっぽい」
わたしは自分の中の線引きに則って言えるところまで言う。……これで言い過ぎだって怒られたり恨まれたりするなら、責められるべきはわたしになる。魔女として選んだ線引きだ、これは。
すると早見母はふっと少しだけ力を抜いて、温かい紅茶を口に運ぶ。
「依頼料は? 魔女さんって慈善事業ではないんでしょう? 親が出していいのかしら」
「それなら大丈夫。わたし、見習いなんだよ。だから誰からも報酬は受け取ってない。というか、見習いを名乗り続ける以上、受け取っちゃいけないんだ」
「そう……」
飲み込みづらそうにしている早見母にわたしはもう一押し付け加える。
「修行に協力してもらっているって考えになるから、本当に気にしなくていい」
その後、なんとか納得してくれた早見母には対価として何が必要かまだわかっていないことを説明して、『対価で出す物によっては親の許可を取ったか確認する』という約束をして解散した。
「学校は行っておきなさい」
最後にそう念押しされて、喫茶店代は奢られて。
その日の夕方、早見少年本人から連絡が来た。
わたしはそのとき家で教科書を開いて、今日サボった分の授業で通りすぎてそうな部分を斜め読みしていたところだった。これやっとくだけでサボった後の大変さが全然違うのだ。自分のペースで読む教科書って普通に面白いし。
最初、電話番号がわかってさえいれば送れるSMS機能で早見少年から連絡が来て、そのままメッセージアプリの情報交換を済ませる。
わたしは申請だけ送って、文字で言うか音声で言うかは早見少年に任せることにした。
すると、十分くらい経ってからメッセージアプリの通話機能が通知を出す。
「はーい」
『あ、こ、こんばんは。あの、連絡遅れて、ごめんなさい』
挨拶もそこそこに謝られた。
「ん? 今日許可取ったんだし早いじゃん」
『ちちがくて、親に言うの、お遅れたから』
「いいよ」
言葉に詰まりやすいっぽい早見少年が変に慌てないように、わたしは普段以上に鷹揚な態度を取る。
確かに三日掛かってたってことだもんな。積極的に声を掛けてきたからそうとは思わなかったけど、案外内気な小学生なのかもしれない。見た感じ高学年っぽいけど、気質もあるからなぁ。
「妹にサンタクロースを信じてもらいたいんだっけ? 何をしたらいいか考えたいから、どういう経緯――どういうことがあってのお願いなのか教えてくれる?」
わたしがなるべく噛み砕いて問うと、早見少年は自分たち兄妹の事情について話してくれた。
早見少年は、元々母子家庭の一人っ子だったらしい。そして今年になって、父子家庭の一人っ子だった女の子が妹になった、と。
新しい家族との暮らしそのものは、普通に順調だという。だけど、問題は妹の癖にあった。
『い、妹、まだ年長なんだけど、す、すごい遠慮するクセがあって。クリスマスだから、何でもほしいもの言ってごらんって、言っても、い、言ってくれないんです』
聞けば、大人たちが聞いてももちろん言わず、「にいちゃんにこっそり教えて」と聞いても教えてくれないのだという。
『う、うちは貧乏じゃ、ないんですけど、い、妹が赤ちゃんの頃に、と、父さん、ちょっとだけすごく貧乏な時期が、あったみたい、で。い、妹、覚えてるんじゃないかって』
「なるほど……」
小さいときの強烈な経験による思い込み。わたしにもうっすら覚えがある。
伯父が冗談で『この手袋を外したらお医者さん失格なんだ』って言ったのを真に受けて、結構長いこと泣きながら伯父の手に手袋をはめに行っていた。……と、伯父から聞いた。言われたらちょっと思い出したけど正直思い出したくなかったな、恥ずかしいし。
ともあれ、ああいうのは覆すのも難しいし、大人になって解けていくのを待つ方がゆるやかだろう。
『だ、だから妹に、サンタクロースを信じさせて、ほ、本当にほしいものを、い、言ってほしいんです』
早見少年の純な願いに、わたしは密かに覚悟する。
妹がサンタクロースを本気で信じた結果『雪』とか『ドラゴンのペット』とか『空飛ぶソリに乗せて』とか言い出したときは、わたしが黙ってなんとかするしかない。早見少年に、家族で叶えられないものをねだられる可能性の説明をするのはあまりに野暮だから。