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第八十九話 『慌てすぎのサンタクロース』その5

「議題。幼児にサンタを信じてもらう方法について」

 早見少年と通話した翌日の放課後、魔女の隠れ家であるログハウスに入ったわたしの一言目である。

「何だい挨拶も抜きに」

 窓辺で毛繕いをしていたローエンに軽く咎められつつスルーして、わたしは窓の近くに置かれている机の椅子に座った。

「例の子供、早見って子なんだけど、あの子の依頼。『妹にサンタクロースを信じさせてほしい』ってさ。ほしいものを聞き出すために」

 日向の暖かさに目を細めながらもそもそと説明する。あったかい。

 今日は外は曇りでめっちゃ寒かったから、魔女の隠れ家周辺の謎空間の安定した陽気が有難い。考えてみると、ここの日差しは猫にとっての天国のようだ。

「自分で案は?」

「出してるよー」

 ローエンの妥当な切り出しに、わたしも勿論、用意していたものを出す。魔女の予定帖の、空欄だったページに作った今回の依頼のページ。そこに自分で思いつく限りのものは書いてあるのだ。

「その一、サンタクロースか妖精になりすまして会う。その二、わたしが第三者として『えーお姉ちゃんプレゼント貰ってたよ』って言う。その三、喋る猫のローエンというそれなりにファンタジーっぽい存在が『いるよ』と断言して譲らない」

 わたしはメモを元に考えていることを伝えた。三つきりの披露。本当はあと二、三考えてから相談したかったが、思いつかないものは仕方ない。

「…………」

 ローエンが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ……正直、何を考えているかは手に取るようにわかるが、促さないと話しが進まなそうだ。

「何?」

 わたしの短い問いに、ローエンは薄い溜め息を長く吐く。

「その一もその二も胡散臭い。一番確実なのはその三だね。だけど、私に丸投げじゃないか」

「良い役だと思うんだけど、やりたくない?」

「もちろん」

 明るく持ち上げても、反応は芳しくない。

「じゃあ他の案は?」

 わたしがもう一度問うと、ローエンは今度は普通の溜め息を吐きながら、窓辺で前足を組み替える。

「本人がどんな子か見て考えるのが、確実なんじゃないかね」

「なるほど」



 ということで、次の日は保育園の様子を見に来た。当日無理だったのは、場所や時間帯を早見少年に聞かないといけなかったからだ。

「こういうときでもウィッチハット被ってないとだめ? 目立つんだが……」

 保育園の横の道路に生える街路樹、その枝ぶりに紛れるように飛びながら保育園を見下ろすわたしの言い分を、枝に乗ったローエンが却下する。

「こんな怪しい真似しておいて魔女の身分まで隠すようじゃ、見咎められたときに何も言い訳できなくなるよ」

「んー……」

 ローエンの言っている理屈は、いまいち理解できない。箒で飛べるなんて魔女しかいないんだし、隠しているとはいえないと思う。

「ただでさえ枝に紛れていたら『木登り』と誤解されるかもしれないんだから」

「なんで木登りだと思われたら駄目なんだ?」

 ローエンの心配事に疑問を挟んだ。

「公共の樹木の枝を傷める行為だよ。高校生がやってたら大目玉で済むかどうか」

「あー……確かに」

 言われてみればそうだった。そうだ、木ってあまりにどっしりしているから格上の存在だと思っちゃうけど、普通に傷つくこともある生き物だった。

 小学生の頃も木登りしていたら大人に怒られたんだっけ。当時は危ないから怒られているだけだと思っていたけど、今思えば樹木の保全の意図も含まれていただろう。

 関係ない会話が一段落した辺りで、目の前の園庭に子供達が出てくる。室内で何かやっていた時間が終わって、自由に遊ぶ時間を迎えたのだろう。目を擦っている子もいるから、お昼寝だったのかもしれない。

 わたしは自分の右目の前に、人差し指で円を描く。そして、その円を好きなだけなぞって、力を強化する。簡易的な視界強化の魔法だ。

「いるかな?」

 ローエンに言いながら、わたしは園庭に出てきたチビたちの顔をしっかり見ていく。みんな普通の洋服の上からスモッグを着ているから、服装やなんかじゃ判別ができないのだ。

 その代わり、早見少年にもらった画像のおかげで、顔さえ見れればはっきりと判別できる。

 早見妹はなかなか見つからない、が、それにしても

「かわいい〜……」

 わたしは小さいのや赤ん坊を見てやたらキャーキャー言う女子のノリにはついていけないが、あのノリについていけるかどうかと小さいのをかわいいと思うか思わないかは別らしい。白桃色した大福みたいなぷくぷくした顔をして、短い手足をバタバタ動かしている生き物たちは、確かにめちゃくちゃ可愛い。

「ちゃんと探してるかい?」

「探してる探してる」

 ローエンの杞憂をぱぱっと振り払いつつ、まだ見てない顔を追っていく。走り回る子が多くて、どこにまだ顔を確認してない子がいるのか見失いがちだ。

 そのとき、園庭に出るのを渋っていた子が先生に押されて日の下に出てきた。おかっぱで、年齢にしては顔が『できあがり』に近い造形をしている女の子。早見妹だ。

 わたしは一呼吸置くと、さっきの目と同じ要領で耳も強化する。うわ自分の髪とか近くにある葉っぱが擦れる音うるさっ。耳への強化は目と違って情報の取捨選択にコツが要るのだ。

 ローエンは下手に助言などするわけでなく、静かにわたしの様子を見てくれている。

 頭の中ぐわぐわになりながら、幼児たちの声だけに意識をフォーカスしていく。ちなみにこの意識のフォーカスは魔法による補助などに頼っていない。脳の機能だけで充分らしい。あんま練習してないせいもあるのか、普通にしんどいけど。

 急に叫ぶチビどもの声を必死にスルーして、わたしは早見妹がいるあたりの会話を拾い始める。

 丁度、チビばかり四人でサンタの話をしているようだ。

「サンタさんっていないんだよ」

 頭の動きからして、これを言ったのは手前の男の子。

「えぇ、いるよぉ。こないだきたじゃん」

 今度はちょっと奥の男の子かな? 保育園のレクリエーションか何かでサンタが来るイベントがあったようだ。

「あれはつきちゃんのパパだよ。うでどけいしてたもん」

 さっきの子の反論。奥の男の子はぐぬぬってなってる。つきちゃんパパ、迂闊者。

「やめなよ、いじわるだめだよ」

 二つ結びの女の子が、奥の男の子の様子を見て庇う。でも、サンタに反論してはいない。

「サンタさんはおひるこれないから、かわりにつきちゃんパパがきたんだよ」

 そう言ったのは、早見妹だ。

 あれ? あの子はサンタクロースを信じてないんじゃなかっただろうか。

 意外に思うわたしを置いて、チビたちの舌ったらずな会話は続く。

「そんなのせんせいいってない。うそつきだめなんだぞ」

「うそじゃないもん」

「うそだからな」「ええぇ、うそなのぉ」「あー、だいくんないちゃった! ゆうくん!」「ぼ、ぼくわるく」ない」もん!「なんでぶつの!「だってぇ〜! けんかしちゃ「「だめだよ」【せんせぇ〜「『まなちゃ」ン」」『うそつ」「「サンタさんいるって」『いな」いっていっちゃ「だいくんが』

「コラ!!」

 ローエンに叱り飛ばされた煩さで我に返ったわたしは素早く強化の魔法を解除する。後半もう誰が何を言っているのか全然わからなかったのに、なんか流れで聞き取ろうとしてしまっていた。頭が痛い。

「お前、また無茶を……」

 怒気を多分に含んだローエンに見据えられて、わたしは背中に汗をかく。木の上に隠れてお説教は嫌だ!

 でも、誤魔化しても逆効果だろう。

「お、おかげで助かった。うん、やっぱりローエンがいて正解だな」

 ごめんのジェスチャーをしながら必死に言う。

 すると

「コラ!!」

 今度は下から叱り飛ばされて、わたしとローエンは同時に跳ねる。

「そこで何をしているんだい」

 歩道からわたしとローエンを見上げていたのは、白髪に白い髭のおじいさんだった。

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