「降りて来なさい」
言われるがままに高度を下げたわたしと枝をつたって木を降りたローエンは、じいさんに普通に叱られた。
曰く、『あんなところにいるのを見られたら小さい子たちが真似をしたがる』『地域の大人から見てどれだけ怪しいかわかっていないのか』など。ご尤も。
どうやらじいさんは地域の老人らしい。ポケットがいっぱいついた古びたジャンバーに、似た素材のズボン姿で、鞄も持っていない。いかにも冬の散歩の途中といった出立ちだ。
「嬢ちゃん魔女みたいだけど、何でこんなことをしてたんだい」
「それが……」
たずねて貰えた好機にと、全く怪しくない目的のわたしは、保育園児の兄からの依頼のために様子を見に来たことや、保育園側にこそ相談していないものの保護者側には相談済みであることも伝える。
というか、じいさん異様に聞き上手で、わたしは余計な迷いごとまで口にする。
「で、サンタクロースを信じてない子に信じてもらうって話だから、どんな子か知りたくて来たんだけど……なんか、もう信じてそうなんだよな」
余計なことばかり言ってまた叱られるだろうかと思ったけど、じいさんは案外フランクに返してくる。
「どの子だい?」
「あそこで座ってるおかっぱの……」
丁度一人で砂山を作っている早見妹を指すと、じいさんは目を細める。
「ああ、あの子か。……信じてはないんじゃないかな」
意外な言葉にわたしは思わず振り向く。
「え、どういうことだ?」
怪訝さを隠せていないであろうわたしに、じいさんはあくまで鷹揚な態度を崩さない。
「勘だよ。まあ子供たちは元気でさえいれば何も心配はいらない。君も暗くなる前に帰りなさい」
「はあ……」
不思議ではあったが何故かしつこく掘り返す気にはなれず、わたしは大人しく帰ることにする。ローエンも、特に疑問を挟むことはなかった。
次の土曜日、クリスマスまであと一週間ちょいしかなくなった日に、わたしは早見妹に会いに行った。早見少年同伴だ。
じいさんと別れたあと早見少年に『サンタ信じてる側として話してたよ』と伝えたところ、早見少年にも言動の理由がよくわからなかったのだ。だから、もう会っちゃおうか時間ないしーみたいなことになった。
一応、様子を見に行った成果がゼロってわけじゃない。
保育園での様子を見た感じ、早見妹はかなり言葉が達者な類の幼児だ。なら、もし本当はサンタクロースを信じていなかったとしても、言葉による説得ができる可能性は高い。つまり、作戦その二とその三が使えるのだ。
作戦その二『わたしが第三者として「えーお姉ちゃんプレゼント貰ってたよ」って言う』と、作戦その三『喋る猫のローエンというそれなりにファンタジーっぽい存在が「いるよ」と断言して譲らない』。結局このカードで勝負する。
わたしとローエンは、ショッピングモールの外ベンチで早見兄妹と落ち合う。
現れた早見少年は水色のジャンバー、早見妹はジンジャークッキーみたいな色とデザインのコートを着ている。わたしとローエンは黒いコート黒い毛皮だから、対比でなんか怪しい出立ちに見える。
ともあれ、二人にホットココアを購入してベンチに並んで座る。
わたしはお名前もちゃんと言える早見妹に、まず雑談から切り出す。こういうのアイスブレイクっていうらしい。
「あ、アップリケかわいいね。マミちゃん?」
「マユちゃんだよ!」
あ、失敗した。
女児向けアニメのキャラだってことは知っていたけど、名前までは流石に正確に覚えていなかったのだ。
だけど、幸い早見妹は『面倒を見るのが楽しい』側の女児だったようで、雑談失敗したかと思われたわたしに次々にお喋りしてくれる。
「マユちゃんはね、にちようびになるとあたらしいアニメにでてるよ。おもしろいよ。ネット◯◯でみれるよ」
「ありがとう。物知りだな」
わたしが褒めると、一旦兄の方を見てふんにゃりにやける。
「おにいちゃんもみてるもんね」
「んぐ、……う、うん……」
早見少年は飲んでたココアを喉に詰まらせそうになりながら、照れくさそうに頷く。小学校高学年なんか、女児向けアニメとか見てると思われたくないよなー……。
わたしは話題を変えようと早見妹の名前を呼び掛けて、本題に近づく。
「サンタさんにもマユちゃんの何かお願いするの?」
すると、早見妹は首を振る。
「ううん、サンタさんいないもん」
だからわたしは作戦その二を決行する。
「ええー、おねえちゃんプレゼントもらってたし、サンタさんはいるよ」
なるべく嘘のない目で、ガチっぽく、一点の曇りもなく疑わずの顔。……のつもりだけど、どうだろうか。
早見妹はわたしの顔を見てしばらくフリーズすると、『こいつまじか』と書いてある顔をしながら、一生懸命話し始める。
「あ、そ、っかぁ。うん。いるよね。サンタさん。いる。いるよ!」
そこで完全に理解する。この子、本当に気を使う。保育園での言動だって、サンタクロースを信じている子の前では『いる』と嘘を吐き通すつもりでいたのだ。泣けるぜ。
でもわたしだけじゃ信じて貰えないのも確定だった。
出番を迎えたローエンが、落ち着いた声で言う。
「私は会ったこともあるよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ」
聞く姿勢になった早見妹に、ローエンは異様に具体的なエピソードを交えてサンタクロースとの面識について話す。
何、魔女がクリスマスに飲酒箒運転してたら怒られて酔いが覚めるまでずっとソリの荷台に乗せられてたら、しまいにゃ忘れられて危うく地区のサンタの拠点まで連れ帰られそうになったって。わたし初耳だよ。
そんな話の成果か、早見妹はローエンの言葉は信じてくれたらしい。
すっかり心を開いて、ローエンの背中を撫でながら言う。
「……ほんと? じゃあくろちゃんはサンタさんとおはなしできる?」
「できる」
お、黒じゃないって訂正しなかった。えらいぞローエン。
心の中で勝手に茶々入れ……じゃなかった、応援するわたしをよそに、早見妹はあどけなくも真剣な顔をローエンに向け続ける。
「じゃあ、じゃあ、サンタさんにおねがいつたえて」
「なんだい」
早見妹はローエンにだけ耳打ちをする。あとで聞いちゃうこととはいえ、わたしも聞き耳は立てない。早見少年と目を合わせて、お互い頷くだけだ。
だけど、耳打ちはすんなり終わらない。ローエンからも何事か囁き返して、早見妹が首を振って譲らない。
そんなに難しいものを頼まれているのだろうか。