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第九十一話 『慌てすぎのサンタクロース』その7

 早見兄妹との会談後、魔女の隠れ家まで帰って、わたしは何を聞かされてもいい心の準備をしてから、ローエンに内緒話の中身を聞いた。

「マジか」

 その内容は、やっぱり、意外かつ対応に困るものだった。

『去年のプレゼントをサンタさんがくれてたんだとしたら、取り消してほしい。もしそれがプレゼントじゃなかったんだったら、今年は犬がほしい』

 まとめると、そういうことらしい。

 犬がほしい。だけだったら、全然わたしの領分じゃない。早見少年から両親に伝えてなんとかするべきだ。つまり依頼はここでおしまいにしていい。けど、

「取り消しが願いだったら……手を貸してやらなきゃ嘘だよなぁ……」

 呻くわたしに、ローエンは軽くため息する。

「お前ならそう言うだろうね」

「魔女だったらどうしてたと思う?」

 わたしが尋ねると、ローエンは少し考えて、もっと大きくため息した。最近ため息多くて大変ねこの猫(他人事)。

「……人間に叶えられないプレゼントを強請られるリスクを言い出せなかった時点で、こっそり内密になんとかしようとしただろうね」

「さ、流石に依頼元家族に報連相するぞわたしは」

 抗議するわたしに、ローエンはわかっていると言わんばかりに目を細めて、それから遠い目をする。

「ああ、だから、お前の方がずっとマシだよ」

 ローエンがしてきた苦労を、久々に垣間見た気がする。わたしが会ったときもそうだったしこれまでの予定もそうだったけど、魔女は本当にいい加減でコミュ障な奴だったんだなぁと思う。そんな魔女だからこそされてきた依頼もたくさんあったんだろうって思うけど、それはそれとして。

「じゃあ早速、相談するかあ」

 わたしはスマホのメッセージアプリを立ち上げて、早見少年と連絡を取る。お願いごとの中身なんかそうそうわかるわけないと、期待はせずに。

 だけど、意外にもそれは拍子抜けするほどすぐに明かされた。

『父が話したいみたいなんですけど』

 そんな返信に快諾の返事をして、すぐには。


『実は、あの子ずっとお兄ちゃんがほしいお兄ちゃんがほしいって言ってましてね』

 軽い挨拶を済ませてすぐに、早見父は肉声でそう言った。

 そこだけ聞くと不穏そうだが、あくまで早見父の声は微笑ましそうな響きで、更に言葉も続く。

『先日あの子が夢中で見てるアニメで「下の子がいて大変」っていう話をやっていたので、真に受けちゃったんでしょうね』

「ん? でも子供向けのアニメって大体そういう不穏なところで次回に引っ張ったりしなくないか?」

 幼少期の記憶を辿ったわたしが疑問を挟むと、早見父は電話越しにもわかるほどわかりやすい苦笑いをする。

『あの子、アニメは見たがるんですが、いつも途中で体力が尽きて寝ちゃうんです。だから、今日早速途中から見せますよ』

「はえぇ……」

 思わずアホみたいな相槌が出る。子供のことよく把握してるな、この父。

『まあだからつまり、あの子には犬をプレゼントすればいいだけなので、魔女さんは心配しなくていいですよ』

「あ、そっか。そうなるのか」

 あっさり解決してしまった。

 わたしはすっかり安心して、早見父との会話と、それから早見少年への報告を済ませて、魔女の予定帖に『済』を書き入れる。

 対価も必要なかったし、簡単でよかった。



 というところで終わっていたらよかったのに。不測の事態はまた訪れてしまった。

 十二月二十四日の夕方、早見少年が突然の高熱を出したのだ。

 別にどうってことない子供の風邪らしい。だけど、わたしたちは事前に大きなミスを犯していた。

『去年のプレゼントをサンタさんがくれてたんだとしたら、取り消してほしい』

 そんな伝言の取り消しをローエンが聞いた、という事態を、リセットしておかなかったのだ。

 だからその日の夜、わたしに元には早見母から着信が来る。その背後からは、火がついたように泣き叫ぶ早見妹の金切り声が聞こえていた。

 今日はまだイブだと説得する父親に向けて、「サンタさんあわてんぼうだからきょうきた」と。

 兄がいるという事実を取り消しされてしまうのだと。


 わたしとローエンが急行すると、早見家の玄関ドアを開けた早見母は、すごく申し訳なさそうな顔で言った。

「魔女さん、こんな日のこんな時間に。ごめんなさい」

 風に煽られて一時間半もかかったわたしは、気ばかり焦っている。

「いや、こっちこそ遅くなったし、わたしの気がきかなかったせいで。少年は大丈夫なんですか?」

 つい早口になって捲し立てると、早見母はこくこくと頷いてわたしの腕に優しく手を添える。

「大丈夫よ。そんなことより、イブの夜に呼びつけちゃって、ごめんなさいね」

 あくまで優しい姿勢に、わたしの方が涙目だった。

「いい」

 もう泣かないので精一杯のわたしが短文しか喋れない代わりに、足元でわたし持参の足拭きを使っていたローエンが言う。

「大丈夫だよ、こいつの家は仏教だし、チキンも映画も済ませてる。それより娘のことだ。私が上手く話すから、このまま中に入っていいかい?」

「え、ええ勿論」

 わたしは自分の足りなさを恥じながら、早見母の背中を追って部屋に上がる。

 今回責任を取りに来たのはいいものの、わたしにできることは説得の同席くらいだ。なぜなら、わたしに病気をなんとかする魔法は使えない。古くからある熱冷ましくらいは使えるけど、普通に現代医学の方が効き目あるし、おでこに冷えるやつ貼ってりゃお役御免レベルの魔法だ。逆に効き目が強い魔法は制限もあれば難易度も高いし、薬の生成系は今のわたしがやったらバリバリ違法で、未熟な分リスクも高い。

 ぐるぐる考えつつも足は自然に進む。

 早見家は普通の洋風の一軒家で、子供がいる家らしくクリスマスの飾り付けがされている。そして、子供部屋は予想通り二階にあった。

 足元を歩くローエンがそっと言う。

「あいつだったら既にぴーぴー泣いてるところだよ」

 わたしのフォローのつもりなのだろう。けど、わたしは想像する。

 あいつは自分の恥を晒すことを、わたしみたいに躊躇ったりしない。だからぴーぴー泣いてでもちゃんと自分で喋るのだ。

 わたしが泣くのを堪える方を優先しているのは、何も相手を気遣えているからってわけじゃない。十七歳の自意識に勝ててないからだ。ローエンを頼っているっていう判断の側面も、わたしなりにはあるけど。

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