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最終話 『魔女の予定帖』

 正月のあとすぐからやってた依頼を終えて、数日後の自室。

 冬休みも残り二日になって、わたしは重大な事実に気づいた。

 魔女の予定帖に刻まれた予定を、すべてこなしていた、ということに。


「は?」

 温かいベッドでぬくぬく寝転んでいたわたしは飛び起きて、寝巻きの体を室温に晒す。

 でも、寒さもあまり気にならないくらいに動揺している。

「え、流石に嘘だろ」

 次の予定を確認するだけのつもりだったのに。

 わたしは、繰り返し魔女の予定帖を開く。ランダムに開く都度次にこなすべき依頼が出てくるはずの予定帖は、済と書かれた依頼を順番にお出ししてくる。

 頭から順番にめくってみても、済の予定と関係ないらくがきページと空白しか出てこない。……魔女のやつ、絵描き歌のコックさん異様に下手だな。

 わたしは白紙のページを前に頭を真っ白にする。

 いや、わたしのモラトリアム、短くない? 一年もなかったんだけども?

「なんだい急に飛び起きて」

 同じ布団でぬくぬくしていたローエンが足元から迷惑そうに言ってくるので、わたしは予定帖をつきつける。

「やってない予定がないんだよ。もう予定がない。え、もう? もうない?」

 しかし、動揺しているわたしをよそにローエンは昼寝の方が大事だとばかりに目を瞑っている。

「まあ、寂しいかもしれないけどねぇ、そういう日も来るさ……」

 少なくとも、泡食ってるのはわたしだけだった。

 だからというか、わたしは呆然としたまま冬休みを終えて、半分放心したまま新学期を迎える。



『新学期だしこっちの街来ない?』

 そんなサイトウからのメッセージが届いたのは、サボってないのに授業を聞いてもいなかった金曜日を越えた、土曜日の朝だった。

 わたしは、ぽんやりした頭で何も考えずにすんなり『うん』と返す。朝からうるせえ、とか、なんで冬休み終わったのを機に遠出の誘い? とか、そういう中身のある返事を打つ気にはなれなかった。

 そうしたら、サイトウがすっ飛んできた。 

 取り付けられた約束は駅前での待ち合わせなのに、なんかポカリとのど飴と冷えピタが入った袋を手に持っている。

「一旦断られるつもりで送ったからびっくりした」

「一旦断られるつもりのメッセージを送るな」

 流石に心配かけすぎを反省したわたしは意識してぴしゃりと返すが、当のサイトウの心配顔は止まない。

「……キレがない」

 いや、心配っていうか不服そうだなこいつ!

「ふざけに来ただけなら帰れ帰れ」

 わたしが腹立ちに任せて言うと、サイトウは表情を和らげて、寒空の中額に浮かべていた汗を拭く。

「なんてことないならいいけど」

「…………」

 流石に、ちょっと申し訳なくなってきた。こいつ、そんなにわたしのこと心配するんだ……って、思ったら。


 わたしは合流した足で、サイトウを魔女の隠れ家に招待することになった。来るのは数日ぶり、人を招くのはこれが初めてだ。

 ぼうっとしてた理由を説明したら、

「でも、これからも魔女は続けるんでしょ? なら前向きに何かしてみたら?」

 って言われたから。

 魔女の隠れ家の荷物整理でも手伝ってもらおうかと思って。

 まあこのきっかけの言葉を出すまで二分くらいげらげら笑いやがったから、ケツ蹴っ飛ばしてやったけど。

 いつものひらけごまー的なことをして隠れ家のある森林謎空間に踏み入り、隠れ家であるログハウスのドアを開ける。

 すると、ローエンがまっしぐらに駆けつけて……わたしの前まで来ると失速して、尻尾をだらんとさげて、ジト目になった。

「えっと、何日かぶりー……?」

 謎に後ろめたくなってぎこちなく言うと、ローエンはフンと鼻を鳴らす。

「……心配して損したよ」

 む。それは嬉しいけど、でも待ってほしい。あまり態度に出してくれなかったからわたしは一人で悩んでいたわけなのだ。

 でも、ここで深刻に怒っても仕方ない。

「拗ねるくらいなら心配を態度に出せ〜!」

 わたしはローエンを揉みくちゃに撫でまくるだけで許してやることにした。

 魔女の立てた予定が全部なくなっても、ローエンとの付き合いはまだまだ続くのだし。


 サイトウという名の男手を得て、わたしは荷物整理を始めてみる。

 隠し収納魔法の中に仕舞いっぱなしだった物が結構あったから、自分でわかりやすい入れ方に直したり、マジで要らんと思ったら捨てる候補に分類したりするのだ。

 そうしていて、気づいたことがある。

 思ったよりも、机の周りとかベッドとかのよく使う箇所が、既にわたしの場所になっていたのだ。ちょっとした配置や持ち込んだものや柔軟剤の匂いなんかが、結構『わたし』に傾いている。

 きっといつか、何年も経ったら、そのうち……この『魔女の隠れ家』も単に『わたしの隠れ家』になって行くのだろう。ひょっとしたらわたしも自分の予定帖に予定を溜め込むようになるのかもしれない。

 まだ進路は確定していないけど、そんな気がする。



 ……なんて、綺麗に締めて今日は帰っちゃおうかななんて思ったそのとき、サイトウが、本ばかり入った隠し収納から靴箱を発掘した。

「なんで靴?」

「知らないね」

「右に同じ」

 靴箱を持ってきたサイトウとローエンとわたしで頭を突き合わせて、蓋を開ける。

「…………は?」

 そこには、見覚えしかない色形サイズのそれが、いくつか。

 わたしは流れるようにひとつ手に取り、開く。

 そして中身を読んで、わたしとサイトウは顔を見合わせて笑った。

 ローエンは『そんなことだろうと思った』って感じに溜め息をついてみせるけど、ほっとした感じが隠せていない。

 もう、脱力するしかない。

「あーあ、バカバカしいっ」

 わたしが手に取った手帖には、こう書かれていた。

『くらげが二百歳まで生きてたらお祝いしに行く。』


 魔女の予定帖のおつかいをこなす日々は、まだまだ続くみたいだ。

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