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第百三話 『怪談たちのお引っ越し』その10

 一番あっさりしているのが十三階段かと思いきや、他も、十二分にあっさりしていた。

 次の手番に手を挙げたモナリザは、放送室の棚から取り出した自分の歌のテープ、その半数を対価に憑りつけ替えを行った。モナリザの本体である絵は保存状態が悪すぎて移動できなかったから、十三階段と同じく遠隔の憑りつけ替えだ。

「ありがとうございました! じゃあねぇ」

 最後まで猫大好きだった女児は、目を線にした顔でいなくなる。

 ずっとだんまりを決め込んでいる放送室は、モナリザから手渡されていた歌のテープのもう半分で遠隔憑りつけ替えを履行する。

「さよならくらい言ってくれればいいのにね、いざとなったら自分が一番寂しがるのを隠したいんだろうよ」

 とは姐さんの弁。

 続いて園芸部。彼女は憑りつけ替えは不要だったが、新校舎に移動するためには彼女が育てていた花を新校舎に移す必要があった。

 だから野暮用が終わったという骨格標本にも手伝わせ、取っておきだというその花を掘り出して、一時的に鉢に入れて、お昼に掘っておいたスペースまで運ぶ。

「ご苦労様」

 園芸部の幽霊は言葉少なにわたしたちを労って、あっさりと関心を花壇に移した。先に植っている植物が気になるみたいだ。

 ブレない。

 そして、最後に骨格標本。花の植え替え中からずっと煩く言ってたけど魔女宛に想いを込めて手紙を書いたという彼は、その分厚い封筒を対価にした。

 お陰で対話よりも一回読み通して対価としての重さを測る方に時間を使ってしまい、終いにはかなり巻きで憑りつけ替えを行うことになってしまう。

 締まらないなぁと思いながら、骨格標本と一緒に新校舎の理科室を訪れて、シンプルな憑りつけ替えの魔法陣を描く。最初の依頼でも描いた魔法陣だ。

 我ながら、随分上達したように思う。特に丸と直線の部分にこなれ感がある。

「……骨格標本、お前も何も思い残すことはない?」

 ちょっと迷いながら、姐さんが聞く。長々喋られたらどうしよう、という葛藤が見て取れた。

 でも、骨格標本はきざったらしくボールペンを手渡して、言葉は一言で済ませた。

「これ、持っててください。勿体ないので」

「あ、ああ」

 拍子抜けした様子の姐さんが、自分のシャツの胸ポケットにぴかぴかのボールペンを指す。ペンがポッケよりでかいせいで斜めになっていた。

「それではご機嫌よう」

 胸に手を当てたお辞儀の骨格標本に、わたしは魔法を発動する。

 すると、目の前で古い骨格標本は倒れた。物理法則を無視しなくなったせいでテグスに留められて、バラバラにすらならない。

 わたしはちょっと心臓バクバクしつつ、深く呼吸をして落ち着く。思ったより『死』っぽい挙動だし、普通に怖かった。

「片付けは校長にやらせよう」

 ローエンが身も蓋もないことを言って、姐さんが吹き出した。

「それがいいですわね! ほほほ!」

 すっかり性格が様変わりした新しい骨格標本が一番笑っていたので、わたしは戸惑うばかりだった。


 仕上げとして、二人と一匹になったわたしたちは新校舎を回って憑りつけ替えの成功を確認していく。

 つまり、新校舎に引っ越した怪談たちにも会っていく。

 十三階段は無言で段数を増やし、モナリザは酒焼け声をした大人のお姉さんで、絵から全身飛び出そうなんてお転婆なこともしない。

 やっぱり、怪談としての芯だけ残してすっかり違っていたのだ。

「あ、ちょっと待ってお嬢ちゃん。私の袖口にこんなのが入ってたわ。旧校舎時代の忘れ物かしら」

 確認だけして去ろうとしたわたしに、モナリザは黄色い折り紙を手渡してくる。ひまわりだ。真ん中に『お兄ちゃんありがとう』と書いてある。

 わたしたちはそれを受け取って、放送室を目指した。『今の放送室』には要らないかもしれないけど、一応。

 しかし意外なことに、放送室は

『聞いてくれ、聞いてくれ! まさかまさかだ! 僕は僕のまま! なんてこったい寂しいねえ!』

 うるさくてびっくりした。骨格標本くらい喋る。

 でも、間違いなく、さっきまで話していたあの放送室だ。性格も声も話し方もそのまま。人間の感性のわたしからしても『同じ放送室』。

 変なテンションだが、彼はただただ寂しいのだろう。見送られる側だと思っていたら見送る側だったのだから。

 モナリザのひまわり渡したら嬉しさと寂しさで泣いちゃうかもしれない。

 だけど、

「……よかったね」

 わたしは姐さんにこっそり言う。

 姐さんはこちらを向かないままで大きく頷いた。

 一人でも多くの仲間が『そのままの性格』なのは、やっぱり嬉しいのだろう。言葉を詰まらせたまま、何度も無言で頷いていた。

 ひまわりは姐さんから手渡してもらおう。


 そうして依頼を終えたわたしは、離れ難くなる前に一人と一室に別れを告げて、校長の元へ戻った。

 校長室で待っていてくれた彼は、明日からが怖いし骨格標本を片付けるのも怖いと震えている。後者についてはかなり申し訳ない。でも、わたしの力じゃ運ぶとき壊しそうだしなぁ。

 わたしは校長に旧校舎の鍵とマスターキーを返して、ふと思いつきを口にする。

「旧校舎のころのモナリザが天使の歌声だったんだけど、聴く?」

「鬼かい」

 ローエンに突っ込まれて、わたしは口を尖らせる。

「克服できるかなーって思っただけ」

 スマホを引っ込めようとするわたしに、意外にも校長が食いつく。

「そ……そんなに綺麗なら。挑戦します」

 青ざめたながらも果敢な校長の前で、わたしは音声ファイルを再生する。

 ひょっとしたら本当に恐怖を克服させるだけの力がある歌かもしれない、なんて期待をしながら。

 しかし、

「……え?」

 再生される音源から『いなくなってしまった霊』の歌声は、すっかり消えてしまっていた。耳を澄ませても、歌声らしきものは記録されていない。拍手や衣擦れだけが記録されている。

 わたしは思わず音量を上げる。

「……入って、ませんね」

 心なしかほっとした様子の校長が口を開いたそのとき、音声からノイズがさっぱり消えて綺麗な無音になる。

 そして、低く穏やかな声が優しく喋り出した。

『七不思議を手伝ってくれて、ありがとうございました。七不思議を代表して、七つ目という概念から、改めてお礼申し上げます』

 わたしとしては嬉しいけど、それでも予想外の事態だ。

 結果、どうなったかっていうと……なんていうか、悪気はなかったんだけど、良かれと思ったんだけど………………校長が腰を抜かした。

 ごめん!!


 怪談たちの引っ越し劇は、わたしのやらかしで幕を閉じることになってしまった。

 でも、何故だろう。

 今回のことは全部、いつか懐かしく思い出せる記憶になる気がしてならないのだった。

 わたしは満たされた気持ちで、そして、このときはまだ気づかない。

 予定帖の、残りについて。

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