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第百二話 『怪談たちのお引っ越し』その9

 翌日、わたしは昼過ぎには小学校についていた。

 鍵を借りるだけならもう少し遅くてよかったはずなのだが、準備があったから。

「空きがほとんどなくてすまないね」

「いや、あっただけいいよ。ホントに」

 恐縮する校長に手を振って、わたしは花壇の隅に穴を掘る。旧校舎で育てられている花の植え替えのためだ。ジャージ姿で現れた校長が手伝うと言ってくれたが、わたしの仕事なので、わたし一人で借りたシャベルを振るっている。

 掘り起こし終わると、わたしは立ち上がって足回り尻まわりの土を払う。

「はる來、袖」

 ローエンに言われて、袖も払う。まあ、汚れたのがコートの方の袖でよかった。

 今日のわたしは、庭いじりとかそういう感じじゃない格好だ。コートもきれいめって呼ばれるテイストのシンプルなグレージュだし、その下は魔女が仕舞い込んでた『ちょっとしたワンピ』を着ている。黒を基調とした魔女らしいもので、襟と袖だけ白い。

 わたしは伸びをして、今日のやるべきことリストを頭の中で並べる。リサイタルに行く前にやるべきことは、この花壇の用事以外は済ませてある。

「じゃあ、そろそろ行ってきます」

「ええ、お願いします」

 怪談に直に会う勇気がないという校長を置いて、わたしは最後のリサイタルを聴きに行く。

 ……しっかし、新校舎に出るようになったあとこの人どうすんだろ。



 定刻ちょっと前、わたしは放送室から伸びるマイクのコードを辿るように、隣の多目的室に入る。

「来たね」

 六脚並べられた椅子の一番手前に座っていた花子姐さんが、隣の席をとんとんと叩く。

「姐さん」

 わたしは後ろ手に扉を閉めると脱帽して、数個ある空席に迷うことなく姐さん隣に腰掛けた。

「こんにちは、魔女のお弟子さん」

「ども」

 真ん中手前の席には骨格標本が、一番奥の席には園芸部の幽霊がいた。園芸部とは小さく会釈だけ交わす。

「十三階段たちは?」

 二つの空席を見ながらわたしが聞くと、視線が近かった骨格標本が答える。

「気が乗らなかったそうです」

「えぇぇ……」

 最後なのに?

「私も最後だろうって説明したんだけどね、気分じゃないって動かなかったんだ。まあ、放送室が校内放送で流すから、それで聴くだろう」

 背後から答えてくれた花子姐さんを見ると、足と腕を組んで『まったくもう』って感じのポーズになっていた。

『お集まりの皆さん、お集まりの皆さん、ちゃんと席に着いてるか?』

 多目的ルームの壁についたスピーカーから、放送室の声がする。彼の一部であるマイクはここにあるけど、視界は確保できていないのだろう。マイクはあくまで耳なのだ。

 どこにいようか迷っていたローエンが、放送室の質問に応えるようにわたしの膝に飛び乗った。

「全員着席したよ」

 姐さんが返事をすると、ガララと多目的ルームの扉が開いて、目をキラキラさせたモナリザが入ってきた。

 モナリザは顔こそぺかーって感じだけど歩き方はしずしずって感じのまま、わたしたちの前にしっかりと立ち、深くお辞儀をする。

「よろしくおねがいします」

『モナリザ・ファイナル・リサイタル開始だ。全員魂に焼きつけろ』

 わたしはスマホのレコーダーアプリを立ち上げて録音ボタンを押す。昨日、ちゃっかり録音許可を貰ったので。


 モナリザの歌声は、昨日に増して美しかった。

 曲は昨日仕上げていたもの以外にも用意があったようで、三曲、アカペラで歌われる。

 姐さんと園芸部は静かに聴いて、拍手もどこか厳か。骨格標本は感動屋らしく、涙が出るわけでもない目頭を押さえ、曲ごとにガチャガチャと拍手を鳴らし、最後にはスタンディングオベーションをした。

 放送室はあくまで音響に徹していたが、骨格標本のスタンディングオベーションが響き渡るときには、一緒になって盛大な拍手の音源を何重にも鳴らす。まるで骨格標本と競うように、長々と。

 意識して見届けるに努めるわたしとローエンも、しっかりと拍手を贈った。


『お集まりの皆さん、お集まりの皆さん、これにてすべてのプログラムは終了とする。新校舎でまた会おう』

 放送室はそう言うと、プツンと反応を切る。多分こっちに置いてあるマイクもオフにしたのだろう。

「さ、引っ越し開始だね」

 口火を切ったのはやっぱり姐さんだ。

 ……なんか、喪失があるはずなのに悲哀なくちゃきちゃき進んでいくこの感じ、大往生した老人の葬式の空気に似たものがある。

 わたしたちは、野暮用があるという骨格標本と先に花壇に行ってるという園芸部と別れて、最初に十三階段の元に行く。

「まじょだー!」

「まじょー。シールあげる!」

 やっぱり騒々しかった十三階段たちはわたしを取り囲んで、どうやって剥がしたのか自分たちの見た目のモデルとなった『ペンギン着ぐるみのシール』を差し出してくる。

「え……これ?」

 ローエンに聞くまでもなく対価としての価値は高い。遠隔でやることを鑑みたって、憑りつけ替えの対価としては余りあるものだ。だって、十三階段たちの今の人格らしきものと容姿の元になっているものだし。

「これ使うってことは、向こうに移ったとき今のお前たちの、こう、存在? 階段が増えるってやつ以外、完全になくなるんじゃ……」

 言いながらローエンにも視線をやると、当然のように頷かれる。

「いいよー!」

「きにしなーい!」

 十三階段たちはきゃっきゃと走り回る。

「刹那主義とでも思っていいよ」

 姐さんは眩しそうな苦笑を浮かべてわたしを促した。

 わたしは予定通り踊り場に遠隔憑りつけ替えの魔法陣を描き上げて、興味津々にまとわりついてくる十三階段たちに挟まれたままで箒を立てる。見下ろした魔法陣は、絡まれまくったせいでところどころ歪んでいるけど、ちゃんと新校舎に書いてきた魔法陣と対になっている。

 お陰で、惜しむ間もなく十三階段たちの憑りつけ替えが終わる。つまり、あいつらの人格らしきものと容姿が消えてなくなる。わたしの両側にしがみついていた感触も喪失されたし、シールも台紙ごと消滅した。

「…………」

 あまりに嵐のようで、感慨がついてこない。

 でも、それがあのクソガキどもらしさだったのかもしれない。

 そんなことを考えるわたしの足元に、ローエンの体温と毛皮がするりと触れる。

「今日は忙しい、次に行くよ」

「う、うん」

 言葉にも詰まるわたしと違って、姐さんはただ頷いてわたしたちを先導する。小さな背中には、寂しさを感じ取らせない力強さがあった。

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