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第百一話 『怪談たちのお引っ越し』その8

 直後、辺りがシンと静まった。

「え……わたしなんかやっちゃった?」

 悪ふざけも兼ねて頭を掻くふりをしてみせると、放送室がいち早く復帰して、ドラムロールを小さく流し出す。

『説明してないのは、誰だー』

 クイズ番組みたいなノリだ。放送部でこんなんやったんだろうか。……やったんだろうな、そういうの好きな生徒が。

 ドラムロールが止んでわたしが下を見ると、ローエンは前足で耳をちょいちょいと掻きながら気まずそうだ。

「あー……私たちにとっちゃ常識だからね、言ってなかった」

 視界に入ってくる背の低い姐さんも、額に手を当てている。

「私も。知ってるか怪しいとは思ったんだけどね…………知ってることを懇切丁寧に説明するのも、どうかって、後回しにして……今は忘れてた……」

 モナリザはというと、姐さんのポーズを真似ている。

「言ってなかったんだねぇ」

 一人だけ自責の念がなさそうで結構なことだった。お子様が自分の非を考える場面じゃなさそうだし。

『どうする? 僕が図解を交えて説明してやってもいいけど』

「どうやってだよ」

 放送室の雑なボケは、今のところ落ち度ゼロっぽいわたしがさばく。

「いや……私が話そう」

 額から手を離した花子姐さんが、腕組みをして宣言する。

 表情や仕種はどこまでも『姐さん』なのに、おでこに残る赤と持ち上がったまま下りて来ない前髪は、どこまでも小学生の花子さんだった。


 姐さん曰く。

 園芸部員のような、生きてた者の幽霊ベースで体もない怪談は、引っ越し程度じゃ何も変わらない。

 花子さんのような、生きてた者かは不確定でも霊体っぽいものベースで体がない怪談も、同じく。

 でも、幽霊ベースであっても物と怪談が不可分な奴や、元々物ベースから怪談になった奴は、『新しい物』に憑りつけ替えされると、『その怪談である』というアイデンティティ以外は人格ごと刷新される。

 花瓶を取り替えたとき、代わりに置いたものも花瓶であり花を飾れるものだとしても、同じ花瓶ではありえないように。

 最後者さいこうしゃの物ベースな怪談に至っては、怪談になってなければ『自分の体に自分がいるだけ』つまり『憑りついている状態ですらない』のだから、むしろ憑りつけ替えが行える方が神秘に近い。

 ……全体的に、言われてみればそうって感じの内容だった。

 わたしたちは自分の体とは正常なワンセット、自分に憑りついてなんかいないのだ。


「人格ごと生まれ変わっても心の芯みたいなものは残るから、私たちは別人だとは思わないんだけどね」

 花子姐さんの補足。

 そのお陰で却って『人間なんぞにとってはほぼ別人判定クラス』だと理解した。それも、言われてみれば当たり前のことだ。

 リアクションに迷うわたしに、放送室が更に付け加える。

『特に物から生じた怪談は百発百中で変わっちまうけど、幽霊が元の奴は、たまーに半分以上変わらなかったりもするはずだ。誰に聞いたのでもないが、なんとなく共通認識だから多分正しい』

「…………じゃあ、えっと……とりあえず、放送室はどれにあたる?」

 どこから聞くのが無難かわかってもないわたしの質問に、放送室はピンポンピンポンと明るい音色を鳴らして答える。

『Goooooood Questionだ、新米魔女。答えは「わからん」。みんな割りかし怪談になる前の自分のことはあやふやなんだ。時間が経ちすぎている奴も多いしな』

「たまたま七不思議要素に被って怪談になっただけの個人だとはっきりしてるのは園芸部員くらいだね。あの娘だけは自分が昭和何年に入学したのかとか、時計が遅れ気味だった教室とかのどうでもいい断片だけ覚えてるらしいから」

 放送室と姐さんに教わって「ほぉぉ」と口を開けているのはわたしだけじゃなかった。ローエンはそんな間抜けな態度は滅多に取らない。つまりモナリザがそんな態度だ。

「モナリザも、モナリザの歌が残んないだろうなぁってこと以外忘れちゃってたよぉ」

 なんてへらへらしている。

 それが心情のすべてだと決めつけることはしないけど、ちょっとだけ和んだ。

 と、かなり遅れて気づく。

「……って、姐さんも生きてた誰かかはあやふやなの?」

 全体的に受け止めて飲み込むことが多すぎて、気になるはずのことを思いっきり取りこぼしていた。

 姐さんは、なんてことないように……いや、なんてことないと証明するようにケロッと言う。

「ああ、そうだね。覚えてない以上特定個人の幽霊だったかなんて確定はできないよ。気にしてないし、覚えてないだけ身軽だけどね」



 わたしたちは、その日は一旦解散することになった。

 対価の準備と、モナリザのリサイタル準備があったからだ。

 わたしは自然な流れで、みんなと一緒に最後の歌を聴くことになっていた。聴き終わって、そのまま、一人一人を憑りつけ替えさせていく段取りだ。

 またもう一周学校を回ってその知らせをしようとしたわたしを、放送室が呼び止めた。

『新米魔女、ここがどこかわかってないのか?』

 ニヒルな言い分。

 でも、初対面のわたし以外も、ちょっと意外そうに目を丸くしている。わたしも初対面ながら意外性を感じる。

 だって、魔女の予定帖に書いてあったのだ、『生徒たちに使わせなくて済むようになってから、気に入ってる相手にしか使わせないみたい。』って。

「いいの?」

 わたしが言外にお前のこだわりを知っているぞと伝える質問をすると、放送室は快活な笑い声を立てて、指笛と拍手混じりの歓声の効果音を使う。……賑やかな拍手も隠し持ってたみたいだ。わたしが引っ越しやるって言ったときはやる気ない効果音だったのに。

『最後の景気付けだよ。まあ、気に入らない相手でもないけどな』

 だから、わたしはお言葉に甘えて、これからの予定を伝える役目を放送室から果たすことになる。

 ついでにリサイタルのことも伝えることになったので、反響を気にしながら素人が喋るにはちょっと複雑な原稿が出来上がる。

 わたしはそれを手に、ちょっと緊張しながら、古びた木琴を長い板から順に鳴らす。

 ピンポンパンポン。

『七不思議の皆さん、七不思議の皆さん、引っ越しと、モナリザの歌の、予定が決まりました。歌の発表を、明日の午後四時から行い、その後に順次、引っ越し作業に入ります。対価の準備は、トイレの花子さんを中心に、皆さんで、ご協力をお願いします』

 繰り返します――と頭につけて、わたしはもう一度、噛まないように同じ内容を繰り返す。

 そして、古びた木琴を短い板から順に鳴らす。

 ピンポンパンポン。

 息を吐くのをもう一我慢しているわたしの前で、放送室のマイク音量が、一人でにゆっくりとゼロになった。

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