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不機嫌な王子様(4)



 神話にも登場するオリハルコンは、神秘の合金といわれ、武器にしろ防具にしろ、他の合金を寄せ付けない圧倒的な強度と耐久性を持つ。



 史実では数百年後、オリハルコン鉱山を巡って、山の所有権を奪い合う、血みどろの争いが周辺国で繰り広げられた。



 どうせ採掘されるのならば、多少早めでも良いのでは、と考えたシルヴィアは、



「争いによって多くの血が流れ、命が失われるのを防ぐことができる」



 それを建前に、プロキリア王国が滅亡する前に、さっさと採掘をはじめてしまおうと目論んでいた。



 シルヴィアの計画では、今冬に調査を終えて、来春からは少量のオリハルコンを採掘。まずは、バイロン軍の武器や防具の生産に着手しようと思っていた。



 商業ギルドを設立するのも、今後のオリハルコンの正規取引を見越してのものだ。レグルス辺境領で採掘し、正規品として流通させる以上、公正な取引と品質の維持が求められる。



 それらをしっかり管理、監視できる組織の設立は必要不可欠──とはいっても、肝心要かんじんかなめのオリハルコンが採掘できなかったら、すべて水の泡。



 そこで商業ギルドの設立に先立って、まずは南東の岩山の採掘調査をしなければならなかった。



 近くに集落がないので、調査中は野営をすることになるが、それだって5日程度だからと、エルディオンに伝えるまでもないと思っていたのだが……



 それが、負のオーラをまき散らす原因なのだろうか。



「あの……エルディオン様、冬山の視察をすることが、何か問題なのでしょうか」



「大ありだ」



 原因らしい。



 金色の両眼に、ギロリと睨まれる。



「野営が必要な視察があるのに、なぜ、教えてくれなかった。その調査隊の編成に、なぜ、ひとりも第一騎士団から選ばれていないんだ。なぜ、俺すらも除外するんだ」



 なぜ・なぜ・なぜ



 3連続の問いに、さて、何と答えようか。



 エルディオンの云い分として考えられるのは、ここ1か月ほど、シルヴィアの領地視察には、護衛隊のほかに第一騎士団の騎士が交替で数人ずつ、同行してくれている。



 今回もその一環として捉えている可能性は高い。



 しかし、この視察の同行に関して、シルヴィには申し訳なさが付きまとっていた。



 なぜなら、同行してもらう騎士に、謝礼を支払おうとすると、



「衣食住のすべてを与えてもらっている俺たちが、今できることをしているだけだ。謝礼なんて受け取れない」



 エルディオンをはじめ、騎士たちは本当に一銭たりとも受け取らない。



 そうは云っても──と、城下の視察に行ったとき。



「これで、何か食べてね」



 第一騎士団の若手3人組に、こっそりお小遣い程度のお金を渡そうとしたシルヴィアだったが、これがけっこうな騒ぎになった。



「少し多めの昼食代だと思ってくれたらいいの。どうぞ、遠慮しないで」



 年齢も近いとあって、少し強引に渡そうとするシルヴィアと、必死に固辞する三人組。



「ダメです、ダメです!」



「本当に、受け取れませんから!」



「無理です、無理です。団長と副団長にバレたら殺されます」



 王家に『星痕』のことはバレても怖くないと云い切るくせに、自分たちの上官のことは「そんなに怖いの」かと、シルヴィアが訊ねると、身震いしながら三人組は答えた。



「そうです。怖いんです。団長が優しくするのは、シルヴィア嬢だけです! 俺たちに見せる顔なんて、しかめっ面ばっかりなんですから」



「もっと怖いのは、鬼の副団長です。あの人の傭兵時代の二つ名をご存知ですか。セント・セブンスの悪鬼ですよ! プロキリアじゃないんですよ。大陸全土にその名を轟かせていたんですから」



「未来ある俺たちの命を救うと思って、どうかご勘弁ください~」



 そんなことがあったので、金銭を一切受け取らない第一騎士団を、無償で数日間の視察に同行してもらうのは、あまりに申し訳ないと思った次第だ。



 冬山の視察のことを、事前に伝えていたら、第一騎士団が同行するのは目に見えていた。それゆえ編成しなかったのだが、うっかりバイロン兵たちに口留めするのを忘れていた。



 冬山の視察出発は来週。



 バレてしまったものは、仕方がないが、謝礼の件を話せばまた「衣食住のすべてを~」という話がはじまるのは目に見えているので、それらしい断りの理由を取り繕って、エルディオンに伝えるしかなかった。



「日帰りならともかく、療養で滞在している皆様を、領地の遠征視察隊に編成するわけにはいきません。ですから、今回の調査隊は護衛騎士を中心に編成しました。5日間ほどで戻ってきますので、大丈夫ですよ」



 しかし、エルディオンからは4度目の「なぜ?」が返ってきた。



「俺に限って云えば、もう十分療養させてもらった。それでもシアは、俺すらも同行させてくれないのか」



 暗く重苦しい空気のまま、返事に困っていると、エルディオンから問われる。



「冬山での野営の経験は?」



「それは……ないですけど」



「獣の多くは冬眠するが、魔物は冬場に出没しやすい」



「ええ、ですからエルマー隊長と兵士を連れていくので……」



「エルマー隊長とレブロン兵が優秀なのは疑いようがない。しかし、魔物の討伐は王国騎士団の管轄だ。とくに冬場は、第一騎士団が長年担ってきた」



「そ、そうですか……」



「そうだ。だから、シアに同行を許可してもらえないのであれば、俺たち騎士団は希望者を募り、同じ山に魔物の討伐に行くことにする。ちなみに、俺は単独でも行く」



 不遇の王子様あらため、負のオーラをまき散らす『不機嫌な王子様』の答えは、初志貫徹。



 引く気はひとつもないらしい。






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