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72話:リュリュたんの濃厚な目覚まし儀式

「ねーねー、ちょっとシ・アティウス、ここ点滅してるわ。なあに?」


 リュリュが壁際のモニター下のパネルを指差す。

 メインパネルを操作しチェックしていたシ・アティウスは、作業の手を止め顔を上げた。


「さっきから忙しなく点滅し出したのよ。大丈夫なのかしらん」


 シ・アティウスはリュリュの隣に立つと、点滅するパネルを覗き込んだ。


「Encounter Gullveig Systemが起動していますね」

「なにそれ?」

「フリングホルニの自動防衛システムですよ」

「やーね、舌噛みそうだわ」


 リュリュが肩を聳やかすと、シ・アティウスは神妙な顔つきで腕を組んだ。


「非常に優秀なシステムですが、これにロックオンされると死ぬまで解放されません」


 垂れ目をめいっぱい見開き、そして目を細めた。


「ちょーっとそれ、ヤバイんじゃない? それにロックオンされてるのって、ライオンの連中じゃないかしら」

「ソレル王国兵の残党は?」

「アタシが調べた限りじゃ、もう残ってないようよ。ベルやライオンの連中が掃除したので全部みたいだし」


 ふむ、と小さく頷くと、シ・アティウスはメインパネルの前に戻って操作を開始した。


「Encounter Gullveig Systemは、侵入者の深層心理に潜む不安や恐怖を見つけだし、立体映像化して、それを侵入者に向けて放ちます。その攻撃では肉体への損傷はありませんが、精神を破壊して侵入者を殺すものです」

「血のかわりに、ヨダレが床を這いそうね…」


 渋面を作って、リュリュはブルッと身を震わせる。


「映像ですから、当然物理攻撃も魔法攻撃も効きません」


 ですが、と言ってシ・アティウスはメガネのブリッジを指で押し上げた。


「システムに干渉した、未知の力があったようですね。システムがそれを理解できずに回答を求めている」

「……それって、小娘の力じゃないかしら?」


 ふと思いついたように言うと、リュリュはちらりとシ・アティウスの顔を見た。シ・アティウスには珍しく、面白そうに表情を和ませて小さく頷いている。


「なるほど、アルケラの力か」

「なんにしても、あの子たちにエンカウンターなんたらが向いてるのはマズイわよ。それ、止められないの?」

「機能を停止するためには、ベルトルド様の許可が必要になります。それにこのドールグスラシルからでないと駄目です」

「パスワードでも打ち込むわけ?」

「ええ、あの方は生体キーですから。専用パネルに触れていただく必要があるんです」

「ンもー、めんどくさいわね」


 リュリュは頭を左右にコキコキッと動かし、手近のパネルを操作した。


「ちょっといいかしら、アルカネット」

「はいはい、なんですか?」


 通信用のモニターを通じて、リュリュがアルカネットを呼び出すと、すぐに返答があった。


「ベルのお風呂とお着替えは、もう終わってるかしらん?」

「いえ、バスタブの中で気持ちよさそうに寝ていますよ」

「ナンデスッテ?」


 リュリュのこめかみがピクリとひくつく。


「昨夜ちょっと……眠れなかったもので。まあお疲れのようなので、少し寝かせています」


 キュッリッキとメルヴィンの初キッスの邪魔をした報いを受けて、結局寝られなかったベルトルドとアルカネットである。


「仕方ないわ、アタシが直々に目覚めさせてあげる」


 ペロリと上唇を舐めると、アルカネットの返事も待たずに一方的に通信を切った。


「ちょっとベルを起こしてくるわね」


 意味深な笑みを浮かべてシ・アティウスに手を振り、リュリュはスキップする歩調でドールグスラシルを出て行った。

 その後ろ姿をしげしげと見つめ、シ・アティウスはモニターの一つに映像を出した。

 生活ブロックにある一室の映像で、そこでは真っ白なバスタブで寝ているベルトルドの姿が映し出されていた。

 バスタブのヘリに頭を引っ掛けるようにして仰向けに寝そべり、だらしなく伸ばした長い脚は、やはりヘリに引っ掛け、手は湯の中に浸けたまま寝ている。

 無防備状態もいいところで、いささか絵ヅラ的には情けなさが漂っていた。


「どんな風に起こすのか、興味津々ですね」


 大して興味もなさそうに呟くと、メインパネルのそばにあるオペレーター用シートに腰を下ろした。



* * *



 ベルトルド、アルカネット、リュリュの3人は幼馴染だ。隣向かいに住んでいて歳も同じ、遊びも勉強も昼寝も一緒、家族ぐるみの付き合いだった。しかしリュリュは5歳の時に女に目覚めた。性は男だが、心は女だったことに。それからは少し2人と距離を置いて、オシャレや化粧などに熱中するようになった。

 そんなリュリュに2人は否定的な意見も、差別的態度も一切出さなかった。むしろ「二つの性が同居することは不便そうだな」と思っているだけで。そんな2人のおかげで、リュリュは憚ることなく、堂々とオカマの道を歩いている。

 リュリュの初恋はベルトルドだ。心が女であることに気づき、ベルトルドを異性として感じたその時、恋をした。

 小さい頃から綺麗で整った顔立ち、男らしい性格と優しさがリュリュは大好きだった。だが、ベルトルドは真の女好きである。男とオカマは遠慮する! ときっぱりした態度に失恋したものの、気味悪がず幼馴染で親友で有り続けてくれ、上司と部下という関係で今も一緒にいる。

 今のリュリュには恋人もいるし、ベルトルドへの恋心は卒業してる。そして歳を重ねるにつれ、リュリュはベルトルドで”遊ぶ”ことを覚えた。何故かアルカネットとリュリュに対して頭が上がらないことに気づいてから、お仕置きと称してベルトルドを弄ぶ愉しさ、悦びを。


「ンもー、風邪ひいちゃうわよ」


 バスタブのヘリにくねっと腰を下ろし、無防備に爆睡するベルトルドをニヤニヤ見つめる。そして顔から胸へ、ヘソから股間へ視線を滑らせた。より一層悪魔的な笑みが満面を覆う。


「萎えててもぶっといあーたの股間のモノはホントいつ見ても立派よねぇ。これを尻にブチこまれたら、極楽へイケそうだわ…。ああ…感じちゃう!」


 そう言って、リュリュは手袋を外して袖をまくり上げると、湯の中に手を突っ込んだ。そしてもう片方の手で顎をクイッと掴む。


「濃厚に一発抜いてあげるから、早く起きなさい、ベル」


 眠り続けるベルトルドの唇にガバッと食いつくと、音も激しく吸い立てた。


(まるでバキュームですね……)


 浴室の入口に立って2人の様子を伺っていたアルカネットは、おぞましいものを見るような目つきで眺めていた。


「いい加減そのくらいにして、普通に起こしてあげてください。また新しいトラウマになって、こちらが困るのです」


 ため息混じりのアルカネットの声に、リュリュはちらりと目を向けて、唇をきゅぽんっと離した。


「あらん、これがアタシの普通よ?」


 アルカネットのほうへ顔を向けながらも、股間に回した手は離さない。


「うふ、寝ててもちゃんと感じるのねえ」

「目が覚めたら急速に萎れますよ……」

「そーはさせないわっ! そこらへんの女どもより、アタシの口の方が何倍もウマイんだから」


「お湯が邪魔よ、抜いちゃえ」と言いながら、リュリュはバスタブの底にある栓を抜いてしまった。

 アルカネットは額を軽く押さえながら、長々と息をついた。さすがに目眩を感じるのだ。

 昔からの毎度の光景で別段珍しくもないが、同じ男としてああされることには同情を禁じえない。まして起きたら最後、またベルトルドが幼児化して泣き喚くのが目に見えている。

 やしきで非番ならまだしも、ここは出張先の遺跡である。


「あなたの愉しみを邪魔するつもりはありませんが、場所をわきまえなさい」


 アルカネットは両手に雷をまとわせ、のっそりとリュリュの背後に立つ。


「感電死したくなければ、手を離して外に出て下さいな」


 リュリュはビクッと硬直すると、引きつった笑顔で振り向き、小さく頷いた。リュリュの超能力サイも上級レベルなのだが、アルカネットの魔法に対抗出来るほど強くはない。アルカネットに対抗できるのは、ベルトルドくらいである。

 ベルトルドに負けず劣らず綺麗で整った顔立ちのアルカネットだが、にじみ出るような、いや、滲み出しまくるサドッ毛の強いアルカネットに、真っ向から歯向かう勇気はいまだに持てない。昔からこういうところは苦手だ。

 名残惜しそうに股間から手を離すと、渋々と立ち上がり肩をすくめて浴室を出た。


「アルカネットの意地悪ぅ」


 くすんとベソをかいてみせ、リュリュは浴室の入口にしがみついて、アルカネットを睨みつけた。

「ふうっ」と疲れたような息を吐き出し、アルカネットは恨みがましいリュリュの文句は黙殺した。そしていまだに眠り続けるベルトルドを見おろし、股間に殺意のこもった目を向けた。


 ――全くこの男はっ!


「さあ、いい加減起きなさい!!」




 顎の無精ひげをさすりながら、シ・アティウスは感心したように頷いた。


「あの3人も、本当にやることなすこと面白いですね」


 大きなモニターには、裸体から煙を噴いて痙攣しているベルトルドと、両手を腰にあてて、ベルトルドを見おろしているアルカネットが映っていた。




「俺を殺す気かお前は!!」

「死ねばいいんですよ」


 本気でキレたベルトルドの怒号に、底冷えするような声のアルカネットがピシャリと言った。


「あれだけ弄られていて、よく目が覚めませんね。寝ると本当に中々起きないんですから、その体質どうにかなりませんか」

「何を弄られてたんだ?」

「私の電撃を食らっても、元気に上を向いている粗末なモノですよ」


 指差されて、ベルトルドは「ん?」と下を向く。


「…………………なんで勃ってる?」


 逆に不思議そうに聞かれて、アルカネットは呆れたように首を振った。そして背後でニヤニヤ笑っているリュリュを指差す。それを見たベルトルドの表情かおが、瞬時に引きつった。


「こらあああリュー!!」

「アハッ、ンもー、今頃気づいたのン?」


 アルカネットが怖くて浴室の外で中の様子を見ていたリュリュは、ベルトルドの股間に熱っぽい視線を注いで「うふふ」と笑った。途端、静かにおさまりだす。


「ああん、勿体無い」


 リュリュが心底惜しそうに見つめているものだから、ベルトルドは手近にあったタオルを急いで腰に巻いた。


「見るなエッチ!!」


 チイッと大きく舌打ちすると、リュリュは「つまんなーい」と言って室内の方へ戻ってソファに座る。あまり座り心地のいいソファではなく、拗ねたように唇を尖らせた。

 広大な生活ブロックの、ケレヴィル職員が寝泊りに使っているスタッフ専用住居区である。そのため簡素な家具が適当に置かれただけの、広さだけは充分ある質素な部屋だった。


「こんだけツマンナイ部屋だから、ケレヴィルの連中はフェルトの高級宿に息抜きに行くのねん」

「減給してやるからそんな贅沢はもうできん」


 むっすりした顔で浴室からベルトルドが出てくると、アルカネットは衣服を並べたテーブルを指した。

 着替えのため腰に巻いたタオルを取ろうとして、ベルトルドは尻に邪な視線を感じて、肩ごしにリュリュを睨む。


「見んなっ!」

「だってぇ」


 すぼめた口で指をくわえながら、リュリュの視線はベルトルドの尻に釘付けにされている。


「さっさと着ればいいだけのことでしょう。仕上げはしますから、とにかく着てしまいなさい」


 アルカネットに促されて、ベルトルドは拗ねた顔のままタオルをはずすと、急いでパンツをはいた。


「ところでリュリュ、今更聞くのも間抜けですが…、一体何しに来たんです?」


 そういえば、といった表情でアルカネットが訊ねる。

「あ、そうそう、ちょっとタイヘンなのよ」


 ベルトルドを弄り倒すほうへ気持ちが集中していて、ここへきた本来の目的をすっかり忘れていたリュリュは、アルカネットに訊かれてようやく思い出す。


「えーっとなんだっけ、Encounter Gullveig System? とやらが、ライオンの連中をロックオンしたらしくって、今すぐ機能を停めて欲しいのよ」


 シャツのボタンをとめていたベルトルドの手が一瞬止まり、


「そういうことは先に言わんか、馬鹿もん!!!!」


 リュリュの脳天に、ベルトルドのゲンコツが落下した。

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