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76話:戦争終結。そして

 炎の中で灰に転じていくヒューゴの姿を冷ややかに見おろすベルトルドの横に、シ・アティウスが並んで立った。


「幽霊退治が終わりましたね」

「ああ、これでフリングホルニは完全に俺のものだ」


 戦いの間、ベルトルドが動力部に防御を張り巡らせていたので、どこにも損傷はなかった。それが判って、シ・アティウスは小さく安堵の吐息を漏らす。


「それと、アルカネットが放置してある3人の王の死体、あれの掃除はどうしてくれるんですか?」

「…ダエヴァを呼ぼうか…警備も兼ねて」


 わざわざ呼びつけられて、腐った死体の後始末をさせられるダエヴァには、同情しか湧いてこないとシ・アティウスは肩をすくめる。かといって、自分でやるのは絶対嫌だった。


「仕事のうちだ! 仕事!!」


 引き攣りながら断言すると、ベルトルドは身体を後ろに向ける。

 蚊帳の外に置かれたままのライオン傭兵団が、情けない表情かおでぽかんとこちらを見ている。

 可哀想に、とシ・アティウスは思っていた。

 遺跡に入ったらキュッリッキがいきなり行方不明になり、Encounter Gullveig Systemに追い掛け回され、キュッリッキがアイオン族で片翼だと知ってしまい、いきなり1万年前の思念体と戦わされ、挙句上司の大技から必殺技まで見せつけられたのだ。


(これを不憫と思わずしてなんと言う)


「お前たちご苦労だったな。出口まではシ・アティウスに案内させるから、歩いてエグザイルシステムのあるところまで行け。それからエルダー街に戻ってイイぞ。俺のやしきにおいてきてある私物は使用人たちに送らせる」


 ツッコミもなく、ただ黙って皆頷いた。


「シ・アティウス、お前はダエヴァがくるまでここで待機しながら、システムなどのチェックをしておけ。近場にいるアルヴァーの部隊を寄越す」

「ケレヴィルの職員を幾人か呼んでもいいですか」

「うん。最終チェックもさせとけ」

「判りました」

「俺はアルイールへ行って、現場の大将どもの不満と愚痴を根性で聞いてやらねばならん。これから戦後処理で頭が痛くなる」

「仕方ありませんよ、自分で撒いたことです」

「…フンッ!」


 子供のようなふくれっ面で、ベルトルドはシ・アティウスを睨んだ。


「じゃあ俺は行く!」


 そう言って、ベルトルドは空間転移した。



* * *



 どこか曇天の雰囲気を貼り付けたライオン傭兵団を引率しているシ・アティウスは、黙々と出口を目指して歩いていた。

 当初動力部の幽霊退治は彼らに一任する予定だった。ところがEncounter Gullveig Systemの騒動でキュッリッキを欠いたため、急遽ベルトルドも出張ることになってしまったのである。

 幽霊の正体が1万年前に存在した騎士の残留思念体だったことから、断片的にではあるが衝撃的な話が飛び交い、居合わせたライオン傭兵団にしてみたら青天の霹靂のようなものだ。

 案の定彼らは疲れた頭を回転させながら、飛び交っていた謎の会話の数々に疑問や関心を向けてカーティスが真っ先に口を開いた。


「シ・アティウスさんあの……」

「あなたたちの聞きたいことは、おおよそ察しはついています」


 そらきた、とシ・アティウスは思ったが、感情のこもらぬ声で続ける。


「ここで私が話せることはありません。ベルトルド様やアルカネットに問うても、満足のいく答えは得られないでしょう。それはあなた方が知る必要のないことだからです」


 背を向けたまま淡々と言うシ・アティウスに、皆しょんぼりした視線を向けていた。

 彼らにも知る権利は多少なりともある。子飼いだなんだといって、しっかり事態に巻き込んでいるからだ。しかし今話したところで彼らは何もできないし、なにかすればベルトルドは彼らを躊躇いなく消すだろう。そのくらい深いことなのだ。


「知らないほうがいい。あれはそういう類の話だったと忘れなさい」




 安全に迷わず真っ直ぐ出口まで案内され、ライオン傭兵団とシ・アティウスは外に出た。すでに日は傾き、辺は夕闇に染まっていた。遺跡の入口の周辺は草木も何もないので、より寂しげな光景を漂わせていた。


「どうもありがとうございました」


 一同を代表して、カーティスが頭を下げて礼を言う。シ・アティウスはそれに小さく頷いた。


「疲れているところを放り出すようになってしまったが、これからここも騒がしくなりますし、のんびりとお帰りなさい」

「はい」

「それとメルヴィン」

「はい?」


 突然名指しで話しかけられ、メルヴィンは顔を上げた。


「あまり気に病まない方がいいですよ」


 一瞬なんのことを言われたのかと眉間を寄せたが、闘技場での一件だと気づいてハッとなる。頬をそっと指先で触れた。

 ベルトルドが感情に任せて思い切り殴りつけた頬は、痛々しいくらいに腫れていた。口の端の傷も紫色に変色している。せっかくの男前が台無しだ。

 ランドンの回復魔法で痛みはだいぶやわらいでいたが、頬の痛みよりも、メルヴィンの心には鈍いモノが燻っていた。それがどういう類の痛みなのか、メルヴィン自身はっきりとしない。

 キュッリッキがメルヴィンに恋心を抱いていることは、リュリュから随分と聞かされていて知っている。別に知らなくても困らないことだが、妙に楽しげに話していくから嫌でも気になってしまう。そしてメルヴィンが、ちっともそのことに気づいていないとも聞いていた。

 消沈するメルヴィンの表情から、気づく日も近いかもしれない。そうシ・アティウスは察していた。

 恋愛ごとは周囲が気を揉んでも、当人たちの問題だから、下手に余計な口を挟むことはできない。しかし、シ・アティウスは個人的にキュッリッキを気に入っていた。

 ナルバ山の遺跡前で、アルケラのことを必死に話していた時の表情が印象的だったからだ。生い立ちの不幸も知っているから余計に。それにメルヴィンの実直なところも好意的に思っているし、反対にベルトルドとアルカネットが年甲斐もなくご執心なのもため息ものなので、老婆心が刺激されてならないのだ。


「お気遣い、ありがとうございます」


 力なく礼を言って、メルヴィンはそっと目を伏せた。


「気をつけて」


 シ・アティウスはそう言うと、返事も待たずに遺跡の中へ戻っていった。



* * *



 あまりにも突然降って沸いたので、一同ギョッとしてベルトルドに注目を集めた。

 エルアーラ遺跡からソレル王国首都アルイールにある王宮へと空間転移したベルトルドは、疲労困憊の様子でむっすりと口をへの字に曲げた。


「お疲れ、ベル」

「おう」


 別段驚いた風もないリュリュが濡れタオルを差し出すと、ベルトルドはひったくるようにして受け取り、乱暴に顔を拭く。顔だけでもサッパリすると、長いテーブルの上座に落ち着いた。

 ハワドウレ皇国軍で接収した王宮の中で、会議室に使っていただろう部屋に特別に設えた細長いテーブル前には、皇国軍の大将たちが座している。揃いも揃って皆渋い表情を浮かべ、ベルトルドを見ていた。

 開戦宣言から僅か数時間で終戦宣言をしたベルトルドから、その説明を聞くためである。

 目だけ動かし大将らの顔を見て、ベルトルドはうんざりした。いつも以上に疲れきっていて、早く寝たくてしょうがないというのに。これからこの堅物どもを黙らせるために、ひと芝居打つ必要があるのだ。

 上座の右手に座しているブルーベル将軍は、にこやかな表情を崩さなかった。事前に今度のことは打ち明けられていただけに、代わって大将たちに説明しても良かったが、さすがにこれはベルトルドが言わないと大将たちは納得しないだろう。

 明らかにベルトルドが疲れているのは表情で察することが出来る。それだけに、早く休ませてやりたいとブルーベル将軍は思っていた。

 堪りかねたように席を立ち上がり、真っ先に口を開いたのは、第五正規部隊を預かるオルヴォ大将だ。


「閣下、お疲れのところ、真っ直ぐおいでくださいましたこと、まずは御礼申し上げます。――我々がこうして集まり、顔を揃えているのは、此度の説明を閣下から直接頂きたいからです」


 ベルトルドは神妙に頷き、そしてオルヴォ大将に座るように手振りで示した。


「卿たちの困惑と不満も重々承知している。こんな大規模な戦力を送り込んだうえに、大してやり合わずに数時間で決着する戦争など、前代未聞だからな」


 疲れた表情に苦笑が浮かぶ。言葉にすると陳腐極まりないが、実際の現場は大混乱だろう。敵味方関係なく、不満が溢れてしょうがない状況はいまだに続いている。

 敵の奇襲にあい、開戦予定日よりも早くことが動いた為に、皇国側の予定が狂ったことも大きい。


「だが逆臣軍との表面的な決着はこれでいいんだ。迅速にソレル国王やその他の王たちの首を撥ねて、それを世界中に見せつけてやったからな」


 ベルトルドの言うことを少々理解しかね、オルヴォ大将は首をかしげた。


「3年前の旧コッコラ王国の一件を、皆覚えているだろう? あの時も然り、そして今回も然り、皇国に叛意を燻らせている国は多い。表面だってはいないが、逆臣軍へコソコソと裏で資金提供や武力提供をしていた国もある」


 切なげなため息を一つし、伏せていた目を開く。


「そういった輩どもが、いつ反旗を翻すかしれたものじゃない。何ヶ月もかけて準備をし、現場で奮闘した諸卿らには大変申し訳なく思うが、決して軽んじたわけではない。此度の戦争は後々の世のための、布石、だと考えて欲しい」


 沈痛な面持ちのベルトルドを見て、大将たちはハッとなった。ベルトルドの意図することが――。

 そして大将全員が席を立ち、その場に膝まづいた。


「申し訳ございません!」


 オルヴォ大将が頭を下げたまま、叫ぶように言う。


「閣下の先見の識によるものと気づかず、またお考えを察することもせず、感情のままに先走り、責めるがごとき態度に出ましたこと、自らを恥、お詫びの言葉もございませんっ」


 同じように詫びの言葉を口にしながら、各々の大将たちが深々と叩頭する。


(まるで三文芝居の時代劇を見ているようですねえ……)


 ブルーベル将軍は呆れながらそう胸中で思い、チラリとベルトルドとリュリュを見る。

 案の定、2人は全力で爆笑を堪えているのが、嫌でも判る表情を浮かべていた。ふきださないよう、ある意味ここが踏ん張りどころだ、などとつい思ってしまう。

 しかしこのまま出来の悪い時代劇じみたノリが続くと、オルヴォ大将が真っ先に「かくなるうえは、腹をかっ捌いてお詫び致す!」とか言い出しそうな雰囲気になっている。


「総帥閣下のお考えが、あなたたちにも判ったでしょう。いつまでも伏してないでお座りなさい。今後の方針を決めて、閣下にはお休みいただかないと、自ら王たちの討伐に出向かれてだいぶお疲れのようです」


 やんわりとブルーベル将軍が助け舟を出すと、大将たちは今一度深い礼をしたのち、椅子に座り直した。確かにいつも余裕の表情を浮かべているベルトルドには珍しく、疲労の色が濃かった。

 実際ベルトルドは疲労の極みにある。寝不足に加え、身体に負担が大きい空間転移を多用し、大技に必殺技を連打したのだ。それにアルカネットに一任しているキュッリッキのことも大いに気がかりだし、戦後処理のことも考えると、さすがに心身ともに疲れ果てる。

 超能力サイは精神力が全てだ。いくら常人よりもタフな精神力を自負するベルトルドでも、限界はあるのだ。

 今回の戦争は、何も先見の明からきたものでは決してない。あくまでベルトルドの個人的な思惑から、規模を拡大したものである。

 発端はソレル王国が、アルケラ研究機関ケレヴィルの研究員たちを、不当に逮捕したことにある。

 ナルバ山の遺跡に手を出し、軍を動かしてきたことで、ソレル国王の背景に不審な影を見出し、反乱を企てていることに気づいた。更にエルアーラ遺跡に押し入り、ケレヴィルの職員を皆殺しにして立てこもった。そしてエルアーラ遺跡からわざわざ宣戦布告などを出すものだから、ベルトルドが慌てたのだ。

 エルアーラ遺跡は、あまり世間に広く知られたくないものだ。必要以上に情報が漏れることは、なんとしても阻止しなければならない重大事。

 召喚士であるキュッリッキの怪我の原因を捏造して国民感情を煽り、モナルダ大陸に大軍団を投入する大義名分を打ち立てた。それによってエルアーラ遺跡の存在を、戦争という形で世間から関心を逸らし、遺跡を取り戻すために自ら乗り込み速攻ケリをつけた。

 全てはエルアーラ遺跡――フリングホルニを世界中から隠すためだ。

 まさかそれを、大将たちに話すわけにはいかない。

 だが、戦争という形を借りた目隠しを成功させるためには、内部の更に上層にどうしても協力者が必要だ。そこで日頃から信頼を寄せているブルーベル将軍には全てを打ち明けて、協力してもらっていたのである。

 そしてブルーベル将軍は、個人的にベルトルドに大きな借りがある。

 将軍の座を狙う野心家キャラウェイに、裏工作により罪を捏造されて将軍職を逐われたことがあった。それをベルトルドに救われ、罪は晴らされ復職させてもらったのだ。

 どちらも個人的都合によるものだったが、納得の上協力し合い、大将たちには麗しき未来図から来たものだと信じさせることに成功した。

 ベルトルド個人だけの言い分なら、疑念を抱く大将が出ても不思議ではない。

 皇国軍でも良識派で、普段から信用の厚いブルーベル将軍が後押したのがもっとも大きい。

 早期過ぎる終戦宣言の言い訳も無事済ませられ、ベルトルドは今後の戦後処理についての幾つかを大将たちに命じた。

 まずは逆臣軍の鎮圧。王を失っても尚、軍人たちの一部は戦うことを止めようとはしない。ベルトルドの恐怖映像を見せつけられてから、大部分は戦意を喪失して投降するか、敗走するものたちが続出した。しかし階級の高い者たちは、半ば自決モードで狂気に似た感情を迸らせながら向かってくる。巻き込まれる配下たちもいた。

 そうした愚行に走る逆臣軍を鎮圧し、更には、戦意はないが下卑た欲を剥き出す輩も多く、窃盗、殺人、強姦などの行為に及んでいる。そうした連中もまた鎮圧対象だった。

 そして国家の解体作業。ソレル王国、ボルクンド王国、エクダル国、ベルマン公国の4国は、国家としては地図上から削除され、ハワドウレ皇国の辺境県として吸収されることになる。一国として独立を勝ち取った先祖の労を仇で返すことになって、さぞ国民は王家を恨むことだろう。

 知事が派遣され、行政や軍事をハワドウレ皇国の指揮下におく。あらゆる改革や整備がこれから数年かけて行われることになる。現状では王を欠いて国の名が抹消された状態のままだ。なるべく自然に皇国に吸収されていく形にしていかなければならない。

 大将の幾人かはモナルダ大陸に残して、事後処理に当たらせることになる。

 敗戦国ではとくに要注意の、治安維持もさせなければならなかった。時間が経てば、逆上した民衆による暴動や反乱が起こることもある。それらをうまく抑えなければ、憎悪や怨嗟が満ちるのだ。なるべく不用意に、無用な禍根を植え付けるわけにもいかない。その為、大将たちが直々に指揮を執ることが一番だ。


「資金や武力を提供し続けていたタヌキどもは、どうするのン?」


 忙しく議題の内容をまとめながら、ふと思い出したようにリュリュが問う。


「そーだなあ……」


 腕を組んで頭を背もたれにあずけながら、ベルトルドは天井のシャンデリアを見つめた。


「ヴィルップ大将にガンたれて睨み歩いてもらうか。厳つい顔してるし」


 第十正規部隊を預かるヴィルップ大将は、面食らった顔でベルトルドに情けない表情を向けた。

 彫りが深いうえに筋肉質なので、厳ついイメージを周囲にもたせてしまっている。これでも可憐な可愛い花嫁を、最近迎えたばかりだ。


「まあ、睨むは冗談としても、威嚇はしてきてもらおうか。『次やったらぶっ殺す。』と、俺が言っていたと脅して回ってきてもらう」

「はっ!」

「可愛い嫁さんとキスをする時間くらいはくれてやるぞ」

「………ありがとうございます」


 顔に似合わぬその照れた様子がおかしくて、リュリュが「ぷっ」と吹き出してしまった。それにつられるように、あちこちからしのび笑う声が流れる。

 さて、といってベルトルドが立ち上がった。


「細かいことは明日にしてもらおう。すまんが休ませて欲しい」


 リュリュ、ブルーベル将軍、そして10人の大将が立ち上がる。


「今日はご苦労だった。卿らもゆっくり休んでくれ」


 ベルトルドが優美な仕草で胸に腕を当て敬礼すると、それに倣って皆敬礼を返した。

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