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100話:温泉旅行御一行様

 美人コンテストから4日後、コケマキ・カウプンキに向けて、温泉旅行隊は出発した。

 ライオン傭兵団15名、キリ夫妻2名、保護者組4名、使用人2名、ハドリーとファニーの2名、計25名からなる団体様である。

 コケマキ・カウプンキはワイ・メア大陸の東の果てにある大きな島にあり、グランバリ公国の港街ラーヘから船で行く。

 グランバリ公国の首都シェルテーレまではエグザイル・システムで飛び、ラーヘまでは汽車で6時間。ラーヘから旅客船で、ユリエスホ海を半日かけて航る。

 朝にコケマキ・カウプンキへ到着できるように時間割が決められ、ベルトルドによりラーヘまでの汽車の切符、ラーヘからコケマキ・カウプンキまでの船の切符などなどが人数分手配された。




 首都シェルテーレに到着した御一行はステーションに入る前に、リュリュから汽車の切符を手渡されていた。


「あたしたちの切符まで、甘えちゃっていいんですか~?」

「おう、遠慮することはないぞ」


 目を輝かせるファニーに、ベルトルドはにっこりと頷いた。


「やったっ! ありがとうございます」

「良かったねファニー」

「えへへ。助かっちゃった」

「リッキーの友達だからな、このくらい当然だ」


 ファニーも美人で可愛らしく、更に胸もボンッと大きい。ベルトルド的には巨乳美人へのサービスは惜しまない。

 今回の温泉旅行では、移動のための交通費は全部ベルトルド持ちである。あれだけ行きたかったケウルーレの温泉に行けるものだから、そのくらいはと大盤振る舞いだ。


「ベルトルドさん大金持ちだから、切符代なんてハシタガネなんだよね」

「こんなの出費のうちにも入らんさ」


 キュッリッキが喜ぶものだから、ベルトルドは超ドヤ顔である。その様子を遠巻きに見ていたハドリーは、


(リッキーが喜ぶからライオン傭兵団に入れてくれ、とか言ったら、速攻了解が得られそうで怖いな…)


 そう妙な確信に包まれ薄く笑った。


「お嬢様のお世話で私もケウルーレの温泉に行けて、感謝しますお嬢様」

「アリサも良かったね」

「はいっ」


 ベルトルド邸のメイドのアリサは、アルカネットの命令で、旅の間のキュッリッキの身の回りの世話を担当するべく呼ばれていた。

 もちろんキュッリッキの世話のためだが、真の目的は、メルヴィンとキュッリッキの間を思いっきり妨害させるためである。

 姑息にも露骨なアルカネットの悪意は、メルヴィンにはしっかり伝わっている。


「すみませ~ん、メルヴィン様」

「だ、大丈夫です……」


 アリサにこっそり謝られ、メルヴィンは薄く苦笑した。

 キュッリッキの想いを受け入れた時から、その程度はとっくに覚悟済みなのだ。アリサにしてみても、いくら姑息な命令を受けていようと、2人の仲を邪魔する気は毛頭ない。邪魔してる風を装いながら、2人を応援する腹積もりである。

 アリサはいつだって、キュッリッキの味方なのだ。

 かくして大荷物を持った御一行様は一等車両に乗り込み、ラーヘまでの長い汽車旅を堪能した。



* * *



「やっぱ、エグザイル・システムで飛べないってのは、不便なもんだな」


 よっこらせ、とベッドに腰を下ろし、ギャリーは苦笑交じりにぼやいた。長時間木の椅子に座っていると腰が痛い。


「自由都市だからしょーがねーけど」


 同室になったザカリーが、ブーツの紐を解きながら同意する。

 ラーヘから旅客船に乗り換え、御一行様はそれぞれ割り振られた部屋に収まった。

 豪華客船ではないため特別室というものはなく、簡素なベッドが2つ入っただけのツインしかない。ラーヘとコケマキ・カウプンキを往復するだけの客船だ。


「食堂はあんのかな、この船」

「あるらしいが、不味いとかリュリュさん言ってたな」

「乗ったことあるのかね」

「いや、噂で聞いたことがあるらしい」

「ほほう。まあ、あの人のそのへんの情報は、アテにしてよさそうだな」

「んだな。――ラーヘで酒やつまみやら買い込んできたし、汽車で疲れたからこのまま部屋でダラダラすっか」

「おういえ」


 ギャリーとザカリーは、それぞれ紙袋からビール瓶や肴の入った箱を取り出し、すぐさま酒盛りを始めた。夕食はラーヘで食べてきている。


「ねーねー、オレも混ぜて~」


 ノックもそこそこに、笑顔のルーファスが入ってきた。


「おう、座れや」


 ルーファスはギャリーの隣に座ると、持ってきた紙袋からワインやチーズを取り出した。


「オレの相部屋シ・アティウスさんだから、逃げてきちゃった」


 チーズをもぐもぐしながら、ルーファスはため息をつくような顔をする。


「持ってきた資料をベッドの上に広げて、黙々と目を通し始めてさあ。シーンと室内静まり返って酒盛りしづらいし、なんか疲れちゃうンダヨネー」

「あー判るワカル。旅のまっ最中なのに仕事し始めるやつ。白けるよな」

「やっぱこういう時は、酒でも飲んで雑談だよね」


 ウンウンと頷き合う2人を見て、ギャリーは笑った。

 3人は同郷で幼馴染だ。ハワドウレ皇国の山間にある、宿場町で3人は生まれた。

 ギャリーとザカリーが〈才能〉スキルを活かしてハワドウレ皇国軍に入ることになり、自らの〈才能〉スキルが町にとって、あまり貢献することもないと思ったルーファスも町を離れた。

 幼い頃から宮殿騎士に憧れていたのだ。

 しかし超能力サイというレア〈才能〉スキルであり、宮殿騎士に求められるのは戦闘剣術〈才能〉スキルである。到底縁遠いものだったが、幼い頃から2人を相手に剣術は磨いていたし、超能力サイを組み合わせた戦闘を自ら編み出していた。

 そうした努力が実を結び、晴れて宮殿騎士となったルーファスだが、2人が軍を離れてカーティスの立ち上げる傭兵団に入ることが決まると、さっさと宮殿騎士を辞めてライオン傭兵団に入る。

 憧れとは程遠い世界であったことが、未練を断ち切ったと本人は語るのだった。


「そういや、部屋割りでおっさん揉めてたろ。決着ついたんか?」

「貞操の危機とか喚いてたな」

「ああそれ、結局ベルトルド様とアルカネットさんが同室で落ち着いたみたい」


 部屋割りを決めたのはリュリュで、ベルトルドとリュリュが同室になったのを、ベルトルドが半狂乱で拒否したのである。

 アルカネットは連れてきたもう一人の使用人セヴェリと同室だったが、アルカネットかセヴェリと変えろとダダをこね、アルカネットは仕方なく、ベルトルドと同じ部屋で寝ることにしたのだ。

 甘い夜が過ごせると張り切っていたリュリュは、不承不承セヴェリと同室に収まる。


「キューリは、まさかメルヴィンと一緒じゃねーよな…」


 ザカリーは不満顔をルーファスに向ける。


「それはないみたいよ。メイドのアリサちゃんと一緒だって」

「それならイイ」

「別にキューリがメルヴィンと同室でもいいじゃねえか」

「そうそう。2人はまだ清い間柄よ?」

「よかねーよ! メルヴィンがその気になって、手を出すかもしれねーじゃん!」

「それはねーな。保証してもいいぜ」


 ケタケタ笑いながら、ギャリーは断言した。ルーファスも笑顔で同意する。


「キューリちゃんにその気がないもの、これっぽっちもね。そんな女の子を無理矢理関係に持っていく甲斐性は、残念ながらメルヴィンにはないし」

「キューリを傷つけたくないって、理性を総動員して我慢してるようだしな。ホント頭が下がるわ、あいつにはよ」

「だねえ」

「面白くねーやつ…」


 そう言いながらも、メルヴィンの誠実な面は認めているザカリーだった。



* * *



 グランバリ公国首都シェルテーレから、御一行様は汽車で6時間かけて港街ラーヘへ到着した。木の椅子に座りっぱなしで、腰が痛い、背中がなどと、皆口々に文句の合唱である。

 皆で夕食をとり、各自酒やつまみやらを買い込んで、コケマキ・カウプンキ行きの船が停泊する港に集合した。

 部屋割り担当を押し付けられていたリュリュが、同室になる2人組みを言って、印付きの案内用紙とカギを手渡していく。

 客用船室は全てツインルームしかない。

 リュリュが決めた組み合わせでどんどん船に乗り込んでいき、気が付けばそこにはリュリュとベルトルドの2人だけ。

 荷物と一緒にぽつーんと取り残されたベルトルドは、猛烈に嫌な予感がして、笑みを深めるリュリュの横顔を凝視した。


「やっと、今夜は2人っきりね、ベル」


 ンふっと甘い吐息を漏らすと、リュリュはねっとりとした視線をベルトルドに注ぐ。


「今夜のことを思うと、身体の疼きが止まらないのよ、アタシ」


 ベルトルドの顔が瞬時に青ざめた。


「ベルの熱ぅ~い暴れん棒を、アタシのアソコへ注ぎ込んで、激しく突いて突いて突いて突きまくって、アタシを天国までイカせてちょーだい」


 あの特極太な暴れん棒が、ついにナマでアタシの中に、と、リュリュの瞳はキラキラと輝いた。背後から逞しく尻の穴を突かれるシーンを妄想し、リュリュの頬は薔薇色に染まる。

 一方ベルトルドの魂は、すでに天国へ召される寸前である。しかしグッと耐えると、怖気と吐き気に襲われそうになる感覚を必死で振り払い、船に乗り込もうとするアルカネットのもとへスーパーダッシュで駆けつけた。


「アルカネットかセヴェリと同室にしてくれ!!」


 タックルで背後から抱きつかれたアルカネットは、均衡を崩して前を歩くセヴェリの背中に顔面ストライクした。


「………」

「アルカネット、俺を見捨てないでくれ! 貞操の危機だ!!」


 子供のようなベソ顔を向けてくるベルトルドを、絶対零度の冷ややかな視線で見つめると、アルカネットはリュリュの方へ顔を向けた。


「コレは私と一緒の部屋にしますから、あなたはセヴェリと一緒の部屋にしなさい」

「えええっ、嫌よぅ~~!」


 冗談じゃないわよっとリュリュは喚いたが、辺りに冷やりと霜が降り始めたため、リュリュはングっと口を噤んで首を縦に振った。



* * *



「リューのやつ、俺と同室とか冗談じゃないぞ全く!」


 あの時のことを思い出し、難を逃れたベルトルドはプンプン怒っていた。


「職場でもところかまわず食らいついてくるのだから、今更いいじゃありませんか」

「よかないわっ!!」


 ベルトルドは服を脱ぎ散らかしながら、憤然と怒鳴る。その脱ぎ散らかされた服をアルカネットが拾い、丁寧にシワを伸ばしながら、丁寧に折りたたむ。

 パンツ一枚だけになると、ベルトルドはベッドにドカリと座った。


「お前もいっぺんしゃぶりつかれてみろ! 恐ろしい口だぞ、あいつは!」

「せっかくですが遠慮しておきます。私にそんな趣味はありませんから」

「俺だってナイっ!」


 ジタバタ暴れるベルトルドにため息をつき、アルカネットは自分の旅行用鞄からパンフレットを取り出す。


「忙しくてあまりゆっくり見ていなかったでしょう、ユリハルシラの施設案内です」


 相手にする気ナシ、と顔に書いたアルカネットからパンフレットを受け取ると、ベルトルドは拗ねた顔でパンフレットを開いた。

 世界中の観光案内施設に配布されている、ケウルーレの温泉宿ユリハルシラのパンフレットだ。美麗な写真でアピールポイントを沢山載せている。


「良い宿だなあ~、変わった建築様式だ」

「ええ、建物の中では靴を脱いで、裸足で歩き回るそうですよ」

「ほほう」


 写真の中のモデルたちは、確かに裸足だ。


「岩風呂なんてものがあるぞ、ホラこれこれ、バスタブじゃなくて岩に穴掘ってるのかな? 丸っこい岩で囲んであるな、変わっている」


 ようやく機嫌を直し始めたベルトルドに、アルカネットは心底疲れた顔で苦笑した。




「メルヴィンと同じ部屋じゃなくて、ツマンナイかもー」


 桜色の唇を尖らせ、ムスッとした表情でキュッリッキはボヤく。


「今日はもう寝るだけなんですから、我慢なさいませ、お嬢様」


 柔らかに波打つ金の髪を丁寧に梳きながら、アリサはクスクス笑った。

 寝支度のためにキュッリッキの髪を梳きながら「こうして身の回りのお世話をするのは久しぶり」と胸中で呟く。


「でも、もうちょっとメルヴィンと2人っきりでお喋りしたかった」


 キュッリッキにとって、娯楽のための旅行は初の体験である。

 傭兵という仕事柄、世界中のあちこちを飛び回っていたが、遊び目的に旅をすることはこれまでなかった。

 旅にはライオン傭兵団やみんながいるので、中々メルヴィンと2人きりになれない。

 夜空は晴れていて、煌きながら星が瞬いていて素敵だ。そんな星空を見ながら、メルヴィンと2人でいたい。そう思うのに、アリサは部屋を出ることを許してくれないのだ。

 それでずっと文句を言いながら拗ねている。

 寝間着に着替え、ベッドにポスッと突っ伏するように倒れこむ。そんなキュッリッキの真似をして、フローズヴィトニルも腹這いになってベッドに転がった。

 片付けをしながら、アリサは苦笑する。

 メルヴィンとの関係は、まだまだ色っぽさに欠けている。キス以上のことを、キュッリッキが望んでいない。だから万が一間違いが起きることは、心配しなくても大丈夫だろう。

 しかしそれはそれで、残念に思ってしまう。

 男女の秘め事をキュッリッキが理解していないので仕方がないが、この先いずれは知識を得て自ら求めるようになる。


(筈かな?)


 ただ、あれだけベルトルドやアルカネットが、ムラムラ欲情を発してそばにいても気づかないのだから、先は遠いかも知れない。

 大人になったお嬢様は想像しにくいな、と思ったとき、ドアをノックされてアリサは片付けの手を止める。


「はい? どなたでしょうか」


 ドアに向かって声をかけると、


「すみません、メルヴィンです」

「メルヴィン!」


 アリサが返事をするより早く、キュッリッキは飛び起きてドアに駆け寄った。

 バッとドアを開けると、キュッリッキはメルヴィンに飛びついた。


「おっと」


 不意打ちのように飛び込んできたキュッリッキを抱き止め、メルヴィンは一歩退く。


「メルヴィン~」


 嬉しそうに名を言って、満面の笑みでメルヴィンを見上げる。

 甘えてくるキュッリッキに苦笑を向けて、部屋の中で同じように苦笑するアリサに、メルヴィンは小さく会釈した。


「リッキーに、おやすみの挨拶をしに来ました」

「挨拶だけなの~?」


 今度は不満そうな顔を向けられ、メルヴィンは更に苦笑を深めた。


「寝る前に、どうしてもリッキーの顔が見たくなりました」


 腰を屈めてキスをする。


「座っていただけとはいえ、疲れたでしょう。なので今日はもう寝て、明日、沢山遊びましょう」


 穏やかで優しいメルヴィンの顔を見つめながら、キュッリッキは拗ねた顔をしたが、


「判ったの…」


 そう、しょんぼりと頷いた。


「じゃあ、おやすみなさい」


 もう一度キスをして、キュッリッキをギュッとハグすると、メルヴィンは戻っていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、キュッリッキはドアを閉じた。


「おやすみになる前に、メルヴィン様に会えて良かったですね、お嬢様」

「うん」


 まだしょんぼりとした表情はそのままに、キュッリッキはベッドに戻る。


「おやすみなさい、アリサ」

「はい、おやすみなさいませ」


 素直に眠ったキュッリッキに優しく微笑み、アリサは素早く寝支度を整えると、そっと灯りを消した。




 翌朝8時頃になると、皆ぞろぞろと船の食堂に集まった。

 ライオン傭兵団もベルトルドたちも、普段ダブルSランクの調理人たちの飯に慣れているせいか、イマイチ食欲をそそられない朝食にテンションが下降気味だ。


「そら、コケマキ・カウプンキの島が見えてきたぞ」


 ベルトルドが船首の方を指差すと、黒々とした岩肌が姿を現した。窓から吹き込む風に、微かに硫黄の匂いが混じりだす。


「やーっとかあ。こりゃ、着いたらひとっ風呂浴びねえとな」


 ニシシっとギャリーが笑むと、皆も嬉しそうに頷いた。

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