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116話:ファニーとショッピング

 皇都イララクスは晴天、秋風も穏やかで気持ちのいい朝。


「おはよ~」


 キュッリッキが食堂に顔を出すと、眠そうな顔のまま、紅茶を口に運ぶタルコットとランドンが手を上げて挨拶を返してきた。

 この3人はいつも早起きで、朝食時間の30分前には身支度を整えて食堂にいる。


「おはようございます」


 その後メルヴィンとカーティスがきて、朝食時間ギリギリになりヴァルト以外が揃う。ヴァルトは朝食時間が終わる頃に、大きな牛乳缶を腕に抱えてあくびをしながら食堂に入ってくる。それでようやく全員が食堂に揃うのだ。

 食後の紅茶を飲みながら、キュッリッキは斜め向かいに座るカーティスに声をかけた。。


「アタシこれからファニーと一緒に、ハーメンリンナへ行ってくるね」

「お買い物ですか?」

「うん。前から連れて行く約束してたの。ファニーが今日一日空いてるからって」

「そうですか、判りました。気をつけて行ってきてください」

「はーい。たぶん晩ご飯までには帰ってくるね」


 キュッリッキは嬉しそうに返事をすると、支度のために食堂を出て行った。

 皇王とベルトルドから陰の護衛を付けられていることは、カーティスから説明されている。キュッリッキにとっては迷惑なことだったが、本来召喚〈才能〉スキルを持つキュッリッキは、ハーメンリンナの奥深く隠され市井に出歩くなどありえない身分なのだ。それを特大の特例で許されているぶん、こればかりはキュッリッキも飲むしかなかった。

 そして、ベルトルドを連れ出して、黙ってウエケラ大陸まで勝手に出かけて行ったことを叱られて、外出前には行き先と目的を言うことをカーティスに義務付けられていた。

 30分ほどかけて慣れない化粧を一生懸命して、あらかじめ選んでおいた服に着替えると、キュッリッキは元気に「いってきまーす」と言ってアジトを飛び出していった。


「オレらは誰か、ついていかなくていいのか?」


 爪楊枝で歯をいじりながらギャリーが言うと、カーティスはゆるゆると首をふった。


「ハーメンリンナへ行くのなら必要ありません。護衛たちに全て任せましょう」

「そっか」

「オレも一緒に行きたかったな~。ファニーちゃん胸おっきいし可愛いじゃん!」


 心底残念そうにルーファスが言うと、


「でもぉ、すんごぉ~~~っく鬱陶しがられてたわよぉ、ルー」


 とマリオンがニヤニヤ笑う。


「マジでー……」


 情けない顔をしたあと、ルーファスはテーブルに突っ伏した。


「メルヴィンさん、久しぶりにチェスしませんか? 今日はキューリさんいないようだし」

「そうですね、お願いします」


 メルヴィンは紅茶のカップをテーブルに置くと、シビルに微笑んだ。



* * *



「ファニー」


 ハーメンリンナの城砦前に佇んでいたファニーに、キュッリッキはブンブン手を振った。


「やほー、温泉旅行ぶり」


 ファニーと合流して、キュッリッキは門の衛兵に通行証を見せる。


「これはキュッリッキお嬢様、お帰りなさいませ」


 若い衛兵はキュッリッキに恭しく一礼する。キュッリッキの存在は衛兵にも伝わっており、通行証を丁寧に返すと、ファニーに顔を向ける。


「こちらの女性は、お友達でしょうか?」

「うん。今日は一緒にお買い物するの、入れてもらってもいいでしょ?」

「もちろんでございます。ようこそ、ハーメンリンナへ」


 衛兵はにこやかに、ファニーに一礼する。

 本来なら顔パスで大丈夫なキュッリッキの連れだけに、ファニーもすんなり通行許可が下りる。


「お、お邪魔しますっ」


 しゃちほこばって挨拶すると、ファニーはキュッリッキの腕にしがみつく。


「ありがと。いこ、ファニー」

「う、うん」

「いってらっしゃいませ、ごゆっくり」


 衛兵に見送られ、キュッリッキとファニーはハーメンリンナに入っていった。




「なーんか、前もきたことあったけど、緊張するなあ」

「アタシも最初は緊張したけど、今はもう慣れちゃった」


 キュッリッキとファニーは、並んで地下通路を歩く。


「ハーメンリンナってすごいトコだよね。地上を歩けないのは残念だけど」

「区画間移動はゴンドラか地下通路移動しか、しちゃだめなんだって。ゴンドラのんびりすぎて、歩いたほうが早いんだもん」


 楽しかったのは最初だけだ。


「副宰相閣下に言って、法律変えてもらったら? そしたら上を歩けるじゃない」

「まあね~。でも、そんなにくるわけじゃないし。来るのは水曜日だけかなあ」

「なによ、水曜日だけって?」

「テレビ見に行くの、ベルトルドさんちに」

「………」


 テレビというものは、ハーメンリンナの外だと公共機関や資産家の屋敷にくらいしかない。一般家庭には縁のないものである。

 ファニーは当然テレビなど見たこともないし、8月の国家中継を臨時設置モニターで見たことがある程度だ。


「あんたすっかり、お金持ちのお嬢様ねえ」

「なんか、アタシの実家はベルトルドさんちになってるんだって」


 キュッリッキの生い立ちについては、直接話を聞いている。ファニーはキュッリッキが自ら過去を打ち明けた友人の一人だ。そして、現在キュッリッキは皇国に認められた召喚士であることも聞いている。


「まあ、あんたは他の召喚〈才能〉スキルを持ってる人たちみたいに、本来贅沢三昧出来る身分なんだから、ハーメンリンナに住めばいいのに」

「そんなことしたら、メルヴィンと離れ離れになっちゃうじゃん」

「さっさと結婚して、一緒に住めばいいのよ」

「け、ケッコン!?」


 キュッリッキは思わずその場に飛び上がった。


「だって、いずれ結婚するんでしょ? それが今か先かの話じゃない」

「そ、そうだけど…」


 耳まで真っ赤になりながら、キュッリッキはしどろもどろに両手の指先をつつきあう。


「あんたってば、その様子だと、まだセックスもしてないんじゃ」

「セックス?」

「そうよ、エッチしてないでしょ? メルヴィンさんと」


 キュッリッキはひどく不思議そうにファニーを見る。


「どんなことするの?」


 思わずファニーはズッコケそうになり、頭を抱えた。


「アタシの口から言わせるな……」


 ため息をこぼし、そしてキュッリッキの首を絞める。


「メルヴィンさんは大人の男でしょ! あんたがいつまでもそんなオコチャマじゃ、可哀想じゃないのっ!」

「ぐ……ぐるじぃ…」

「焦れったいから、裸でメルヴィンさんのベッドに飛び込んでみなさいよ! そしたら勢いでヤッてくれるわきっと!!」

「だ、ダメなんだもん!」

「なんでよ」

「だってぇ……」


 キュッリッキは思わず自分の胸に目を向ける。


「ファニーのおっぱいみたく、おっきくないもん…」

「どーせこのままでもおっきくならないわよ。だってあんた、アイオン族なんだから。もう観念して、思いっきり抱かれちゃいなさい」

「ぶー」


 何をするかいまいち理解できていないが、温泉旅行の時に、裸を見られちゃったなと思い出して、再び顔を赤らめた。

 2人とも裸で、露天風呂に入って濃厚なキスをし合ったのだ。


「ったく、よく我慢してもらえてるわね、メルヴィンさんに。いい加減オトナになんなさいよ」

「ファニーはエッチってしたことあるの?」

「アタリマエデショ! あんたより3歳年上なのよ」

「おー」


 キュッリッキは思わずファニーを尊敬の眼差しで見つめる。しかし、実際何をしているかは全く理解していない。


「あ、ここの階段あがると、お店いっぱいのところに出る」

「おけー」


 2人は地上に出る階段をのぼる。

 射し込んできた陽光の眩しさに一瞬目を細め外に出ると、そこには上品な建物の数々が並ぶ場所に出た。ハーメンリンナの西区である。


「わお! 素敵なお店がいっぱいあるわね!」


 初めて見る西区の高級店に、ファニーの目が輝く。


「結構高いんだって。ファニーお金大丈夫なの?」

「ふふーん、6月に副宰相からた~んまり報酬もらってて、懐あったかいのよ。今日はじゃんじゃんお買い物しちゃうぞ!」


 ナルバ山の遺跡調査のため、ケレヴィルに雇われていたファニーと、もう一人の友人ハドリーは、その後キュッリッキたちライオン傭兵団と行動を共にし、ベルトルドから莫大な報酬を支払われていた。この先10年は遊んで暮らせると、ハドリーから聞いている。


「まずは、あそこのブティックからよ!」

「ふぁーい」


 ファニーに手を引っ張られて入った店は、大人っぽいデザインの服が多くならんでいる。

 可愛らしい顔立ちをしているが、年相応の大人の雰囲気を漂わせるファニーには、とても似合うデザインが多い。


「やーん、迷っちゃうなあ」

「アタシには胸が余るのばっか……」


 服のサイズ表を見て、キュッリッキは眉を寄せた。ウエストなどもブカブカなのだが、やはりバストサイズが気になってしまう。


「そいえば、あの子たち胸おっきかったな…」

「あの子たちって誰よ?」

「こないだ召喚〈才能〉スキルを持ってる子たちに会ったの」

「ほへ~、なに、いっぱいいたの?」

「十数人はいたかも。喧嘩しただけだったけど」

「なによそれ」

「ベルトルドさんやアルカネットさんが大好きみたいで、アタシに嫉妬してた」

「ふーん。まあ、見た目はカッコイイ感じだもんね、あの2人」


 温泉旅行の時に、散々間近で見ている。

 どちらも女性の心を掴んで離さない美丈夫で、あれで41歳だというのが信じられないほど若々しい顔立ちをしていた。

 もっとも、顔だけ見れば腰が蕩けそうなのだが、キュッリッキを巡ってのバカ親ぶりがが凄まじく、正直それでゲッソリと萎えた。


「おんなじ〈才能〉スキル持ってるコたちに初めて会えたのに、仲良くできなくって残念だったかも」

「まあ、あんたもこうしてハーメンリンナにこれるわけだから、そのうちまた会えるわよ。そしたら仲直りして、たくさんお喋りすればいいわ」

「うん、そうだね」



* * *



「ねえメルヴィン、アタシとエッチしたい?」


 その瞬間、談話室のあちこちから大きな音がたった。そしてメルヴィンは、口にしていたビールを盛大に吹き出していた。


「い、いきなりっ、何を言い出すんですか!?」


 メルヴィンは顔を真っ赤にして、キュッリッキを振り向く。


「したくないの?」


 真顔で迫る愛しい恋人に、メルヴィンは口をパクパクさせながら、ジリジリと引いていた。


「そ、それは、ですね、その……」


 仲間たちのいる前で、本音をはっきり言う勇気がメルヴィンにはない。そもそもそういうキャラではないのだ。一方、キュッリッキの爆弾発言に、ライオン傭兵団の仲間たちは盛大にズッコケた。

 2人がまだ肉体関係を結んでいないことは判っていた。メルヴィンが理性を総動員して、キュッリッキが精神的にも大人になって、受け入れられるようになるまで我慢していることを理解している。


「メルヴィン我慢してるから、早くヤッちゃいなさいよってファニー言ってた」


 確かに我慢はしている。だが、そう軽いノリでキュッリッキを抱くのは控えたかった。何故ならキュッリッキは処女なのである。

 温泉旅行の時、露天風呂に入るキュッリッキの部屋にまで押しかけて、一緒に露天風呂に入った。

 キスし合うムードの勢いを借りて、最後までいけたらという下心はあったが、キュッリッキの天然が炸裂して失敗に終わっている。


「……リッキーが本気でそうしてほしいのなら、オレはいつでも構いませんよ」


 それだけを言うと、メルヴィンはゲッソリと疲れた溜息を吐いた。


「んー……」


 キュッリッキは顎に指を当てると、目を上に向けて考え込む。

 実際どういうことをするのか、さっぱり判らないからだ。

 以前ヴィヒトリに見せられたベルトルド秘蔵の超無修正ポルノ映像のことは、すでに記憶格納庫から綺麗に消去されている。内容があまりにも過激すぎたのだ。


「何をするのか判んないから、今度でいいや」

「そうですね……」


 あっけらかんと言われ、メルヴィンは更に疲れて肩を落とした。「はたして今度とは一体いつなのだろう」と少し思ったメルヴィンだった。

 キュッリッキは壁時計を見て、「あっ」と言うと慌てて立ち上がる。


「もう18時だ! ベルトルドさんちに行ってくる」

「ハーメンリンナまで送りますか?」

「うん!」


 キュッリッキは嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。

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