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第60話

濡れた唇がゆっくりと離れていく。だけど、手だけはお互いの身体に引っ付け合ったまま離れなくて、ふふっ、と笑いがもれる。


「離したくないな」

「うん」

「帰したくない」

「それは困るな。明日も会社だし、今日は帰らなきゃ」

「なんでそんな余裕あるの?」


不貞腐れた顔をして私の首筋に顔を埋める歩くんが愛しい。


「僕だけみたい。欲しがってるの」

「そんな事ないよ、私だってずっと一緒にいたい」

「なら、」

「でも、明日会社あるんだよ?」

「やっぱそれ?」

「今日はとりあえず帰ろ?」

「じゃあ彩葉の家に僕も行きます」

「えっ!?」


驚く私の唇を歩くんがさらっと奪う。


「ムリ。こんなの無理だから今日はずっと一緒にいます」

「……歩くん」


私だってずっとずっと一緒にいたい気持ちはあるから、歩くんの強い意思に引っ張られてしまう。


「そんなに言うなら、……来てもいいよ?」

「はいっ!」

「でも着替えとかないからね?」

「大丈夫、始発で帰って出勤します」

「うん、分かった」


了承に頷く私を満足気に見て歩くんはもう一度、その濡れた唇を私に重ねると、嬉しそうに微笑み、私の手を取った。


指と指の間にお互いの指を重ね、初めての恋人繋ぎに胸がどうしようもなくときめく。

嬉しくて緩む頬はどうしたって止められなかった。





家に着き、玄関を開けて歩くんを中へ促す。


「散らかってるけど、どうぞ」

「お邪魔します」


靴を脱ぐまでは紳士だった歩くんが、靴を脱いだ途端に私をぎゅうと抱き締めた。


「ちょ、っと、ここ玄関だから」

「無理、待てない」


諫めるものの、私も嬉しいから鞄を床に放して愛しい背中に腕をまわす。


「彩葉」


好き、と言いながら落ちてくる唇に、私の中の好きが溢れる。


「私も好き」


そう返せば、角度を変えて何度も何度も求められるので、私も懸命に応える。割りいって来る舌を受け入れながら、背中を撫でられる手のぬくもりを感じていると、その手付きが徐々にいやらしくなる。


「ん、……待って、」

「待てない」

「でも、汗かいてるし、……シャワー、」

「気にしない」

「気にしてよ」


そこでやっと二人の動きが止まる。


じっと見下ろす歩くんの視線を受け入れて微笑むと、少し拗ねたような顔をされた。


「彩葉から手が離れない」

「え!?」

「離したくないんですけど、シャワー浴びるなら一緒に入ります?」

「ちょっ!?」


私の焦る顔を見て、にやりと笑う歩くん。


「ははっ、いいですよ、ちゃんと待ってますから、早く入って来てください」

「もう〜〜〜」

「ほら早く! 遅いと僕も入っちゃいますからね!」

「え、待って、ほんとちゃんと待っててね!」


急かされながらも、そのやり取りさえ楽しんで私は熱いお湯で汗を流すと、この後の展開を想像して隅々まで綺麗に洗った。




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