歩くんがシャワーから出て来るが、着替えがないので、腰から下にバスタオルを巻いた姿で、無駄に色気を振りまきながら私の前にやって来る。
引き締まった上半身を直視出来なくて、私は咄嗟に横にあった鞄に視線をやると、そこへ手を突っ込んだ。
「何してるんです彩葉?」
「えっと、いや、その……」
私の後ろに腰を下ろした歩くんが私を後ろから抱き締め、首筋に鼻を付けて、すん、と嗅ぐ。
「彩葉の匂い。僕も同じ匂いかな?」
「そうだね、同じシャンプー使ったんなら……」
今度は髪の匂いを嗅ぐ歩くんの息がくすぐったくて身をよじると、強い力でぎゅうと抱き締められた。
薄い部屋着越しに松岡くんのたくましい胸を感じて、私の背中が沸騰したように熱くなる。
「彩葉」
「なに?」
「ごめんね」
「ん?」
「クッキー」
「え!? あ、あのクッキーね、私が悪いんだから、気にしないで」
「彩葉が作ってくれてたなんて知らなくて、……ちゃんと話しを聞かなくて酷い事言ってごめんなさい」
「ううん、謝らないで。クッキーはダメだったよね、私こそごめんね」
「克服させようとしてくれたんでしょ?」
「うん、そうなんだけど、……最初からクッキーはハードル高いに決まってるよね」
「まあ、そうだね。彩葉が作ったって分かっててもクッキーは無理かな……」
「やっぱり、そうだよね、ごめんね」
「彩葉は謝らないでいいよ。ダメな僕が悪いんだから」
でもクッキーじゃないもので、また挑戦してみてもいいかなと考えて、それを言うか言うまいか悩んでいると、歩くんが鞄に突っ込んだままの私の手を取る。
その際に指に何かが引っ掛かって、一緒に出て来た。
「それ」
「温泉旅行の時に神社で買った『根貝』だよ」
「うん。僕さ、この時にはもう彩葉の事好きだったんだ」
「え? そうなの?」
「分からなかった?」
「うん」
歩くんは『根貝』を取ると、これのお蔭かな、とつぶやいた。
「彩葉に想いが通じたの」
「私も同じ。このお守りのお蔭」
「なんだ、僕たち同じ気持ちだったんですね」
また歩くんが私の身体を強く抱き締め、首筋に顔を埋めると、その首に唇を押し当ててくる。
「ん……」
「彩葉」
首だけじゃ足りないとばかりにゆっくりと唇が下りていき鎖骨を甘噛みされる。
「ふ、……」
私の身体を強く抱き締めていた手がゆっくり動き出すと、それに合わせて鼓動が大きくなる。
かと思えば急に抱き上げられて、身体が宙に浮き、ひゃっ、と声が出た。
狭い部屋の中、くるりと反転すればそこにはベッドがあるだけで、そこに優しく下ろされると、私の上に跨がった歩くんが、欲情の熱をたたえた瞳を私へと真っ直ぐに下ろしている。
「もう1mmだって隙間がないくらいに離しませんから、覚悟してくださいね」
これから迎えるひとときに、どうしようもなく幸せになりながら、私たちは一つに溶け合っていった。