目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

合流

 暗い森をひたすら進む。


 アーカムはどこにいるのだろう。

 先生はどこにいるのだろう。


 そんな疑問が湧いては、理性で押し潰し「今は考えることじゃない」と、戦士の少女に刃を向けつづける。


「逃げようとしたら斬るから。斬る。こう! わかる?」


 素振りして、ジェスチャーで伝える。


「ホバぁ、ぁ……」


 少女は涙をウルウル光らせ、何度もうなづいた。


 やがて、あたしたちはそこへたどり着いた。

 森のなかに灯火の明かりが見える。

 ほんの数分移動しただけでたどり着いたそこには、背の高い木を生かした立体的な集落であった。

 地上から遥か天へとのびる巨木には、畏怖畏敬の念さえ抱き、果てしない崇拝を向けたくなる。

 ある意味、芸術的な建築によって、幹の内側に居住スペースが掘られ、ツリーハウスが乱造され、危うい感じの吊り橋が、そのツリーハウスどうしを繋いでいる。


「すごいね。こんなの初めて見たよ」

「ホバ? ウダぁ」


 少女は誇らしげに薄い胸を張る。

 刃をチャカっと鳴らすと、再び怯えた顔になった。


「ウダウダ! ホバホバ!!」


 高い位置から声が聞こえて来た。

 まるでまわりへ情報を伝えるような声の響き方だ。


 あたしの推測は合っていた。

 集落の女戦士たちが集まってきた。

 地上から、ツリーハウスから、吊り橋から一斉に武器を持って駆けつけてくる。


 さて、どうしよう。


「すーーー…………っ、アぁぁぁーーーーカム!! ここにいるのぉーー!!」


 大声で叫んでみた。

 だが、返事はない。


「先生ぇぇえーーー!! 返事してよぉおーーー!!!」


 大声で叫ぶ。

 やはり、返事はない。


「お前はアーカムを探しているのか」

「あ、話せる子見つけた」


 戦士たちの間を縫って、同い年くらいの少女が現れた。


 藍色の髪、褐色の肌、目を奪われるほどの可憐さを備えた美少女だ。

 ほかの戦士と同様、簡易的な布で胸と股を隠しただけの格好だ。

 だが、髪飾りや布地の模様などが豪華で、他の戦士たちとは違う。

 腰裏に剣を2本下げている。

 鞘があり、装飾が豪華だ。柄も凝った彫刻がほられている。


 この集落で特別な地位にいる戦士なのだろう。


「エーテル語が喋れるんだね」

「我は外の世界との交流を行わなければならぬ身なのでな。この通りペラペラだ」

「それはよかった。まず、あんたの仲間たちに武器を降ろさせてくれないかな? あたしはあんたたちを害するかなんてこれっぽっちもないんだよ」

「そうか。では、そなたから名を名乗るのだ。そして、その娘を解放してほしい」


 言われた通り解放して、ついでに武器も捨てる。


「あたしはアンナ、アンナ・エースカロリ、アーカム・アルドレアっていう男と、テニール・レザージャックっていう老人を探してるの」

「そうか、残念だが、貴様はアーカムには会えん。闇の魔術師には騙されんぞ!! ──いまだ、皆の者、かかれーいッ!」


 女戦士たちが一斉に襲いかかったきた。

 どうやら、彼我の実力差をわからせる必要があるようだ。


 突き出される槍を避けて、掌底で肩を脱臼させる。

 槍を奪い、転ばせれば、連鎖的に他の戦士たちもコケていく。

 隙を見計らって、リーダーであろう例の少女へ飛びかかった。


「この鬼畜外道め、性懲りも無くまだ実験を続けているのか」


 そんな悪口言われる覚えはない。


 少女は腰の剣をさっと抜いて、両手に一振りずつ持つと、鋭く斬りかかってきた。

 強力な剣気圧をまとっている。

 この子、かなり強い戦士だ。


 あたしは小石に鎧圧を付与して、蹴りつけ、石矢のようにまっすぐ少女を射った。


 少女は剣で小石を斬り払い「舐めるな、外人」と剣に鎧圧をまとわせると、それを飛ばしてきた。


 斬撃飛ばし、か。

 器用な技を使うものだな、と思った。


 あたしは身を翻して避ける。

 目を見開く少女。

 その隙に、鋭く前蹴りを差した。


「痛っ」


 少女はゴロゴロと転がっていく。

 が、すぐに立ち上がり、剣を構えた。

 走りこみ、少女の剣を避けて、ボディへ右フックを入れる。


「ぐっ……これしき、どうってことないぞ」


 少女は痛みをかみ殺し剣を振る。

 鎧圧を前腕に集中させ、堅牢なる盾にして刃を受けとめた。


「ッ、腕で……」

「あんた才能あるよ」


 少女の右脇へもう一度、思いきりフックを打ち込んだ。

 さっきより、剣圧を高めて打った。

 少女はたまらず剣を手放し、崩れおち、瞳をうるうるさせ「ぃ、痛ぃ……」と悶絶しはじめる。


 まわりの戦士たちがざわめきだした。


「ウダ、ホバ……」

「ホバ、ウダウダ……」


 落とした剣を蹴ってあっちへやり、武装解除と無力化を完了する。


「なん、なんなのだ、その強さは……これではまるで、あいつのようだ……」

「そういう職業だからね。あんたたちが狩りのプロフェッショナルであるように、こっちもプロフェッショナルなんだよ。勝てないことはわかったなら、アーカムに会わせてくれない?」

「はぁ、はぁ、はぁ、それ、はできない……」


 少女は立ちあがろうとする。

 何がそうまで彼女を支えるのか。


「そなたらにやつを渡すことはできない……」

「なにか勘違いしてるよ。あたしは敵じゃない」

「そなたは、闇の魔術師ではない、のか……」


 身体を見せるようにクルっと回る。

 闇の魔術師は黒い侵食跡が体のどこかに現れるので、服を脱がすとすぐにわかるのだ。


 身体が綺麗なことを証明して、もう一度訊き直す。


「闇の魔術師? なんの話?」

「……い、ぃや、何でもない」


 少女は困惑した顔になり──ふと、思い出したように顔をあげた。


「そなた、名をなんと言った?」

「アンナ。アンナ・エースカロリ」


 少女の目が見開かれる。

 「そうか、そなたが……」と大層驚いたようにつぶやく。


「アーカムに会いたいと言っていたな。よかろう。実は彼のほうもそなたを探していたのだ」

「ありがと」


 少女を起きあがらせてあげる。

 アーカムがいるのは族長のツリーハウスだと言う。

 そこへ赴くまでにいくつかの質問をし、いくつかの答えを得た。


 まず彼女たちの正体について。

 案の定、部族全員が美しい女性で、全員が屈強な戦士であるというアマゾーナであった。

 少女はカティヤと名乗った。

 アマゾーナのシュブウバリ族の族長であるらしい。


 アマゾーナの族長は襲名性ではなく、最も美しく、気高く、強い者が継いでいくものらしい。


 結果として、最も美しく、気高く、強いカティヤが若干12歳にして族長になったんだとか。

 今は族長3年目で14歳になるとという。


 喋ってみると理知的で、会話ができて、心根優しい人物だとわかった。


「我はジュブウバリの長として、そなたのような外界から来た者にやすやすと心を開くわけにはいかない立場だ。非礼を許してほしい」

「怒ってないから気にしないでいいよ。そういえば、あたしが目覚めた時、石の上に寝かされてたんだけど……」

「尸だったそなたを我らの神に捧げたのだ」

「え?」


 あたし殺されてたの?


「正確には、見つけた時、そなたは死んでいたんだ。鼓動は止まっていたし、息もしていなかった。だから、尸を深淵の渦に無事帰れるように祭壇に捧げたのだぞ」


 なるほど、そういう。

 血脈開放を使ったのは初めてだったし、仮死状態になっていた可能性はある。


「すまぬな、勝手に死者として扱うなど……」

「いいよ、別に怒ってないし」

「そなたは心が広いのだな」

「まぁ、多少は」

「アーカムとはどういう関係なのだ? つがいなのか?」


 つがいって。


「そんなんじゃないよ。……向こうはそんな気ないだろうし」


 彼の心はいつだって遠くを向いている。

 彼はあたしを仲間と呼んでくれるけど、きっとそれは建前で本当の意味での仲間になれたことは一度だってありはしない。

 あたしには彼が大きな隠し事をしているのがわかる。

 アンナ・エースカロリという少女と、アーカム・アルドレアという少年のあいだには、一本の線がしかれているのだ。

 アーカムは決してその線を越えさせてくれない。

 それを強引に暴くことはできるかもしれない。

 でも、それをしたらあたしを相棒と呼んでくれる彼との今の関係が、砂城が崩れるように、無かったことになってしまう気がする。


 あたしは臆病な人間なんだと思う。


 彼の心はいつだって遠い誰かのためにあることを知っている。だから、あたしは恐れ、離れ、そこへ手を伸ばす気にすらなれないのだ。


「つがいではないのか? そうなのか? なら良かった」

「良かった? なにが? それどういう意味?」

「待て、そなた怒っているように見えるぞ」

「怒ってないよ。勝手なこと言ってると怒るよ」

「怒ってる、絶対に怒っているぞ」

「はあ……まあ、さっきの右フックで許してあげるよ。それで、良かったって何のこと?」

「ああ、それはだな──」


 族長のツリーハウスにたどり着いた。

 螺旋階段が真ん中にあり、縦にも横にも広い立派なツリーハウスだ。


 奥には吹き抜けのテラスがある。

 手すりのそばに大きな安楽椅子があった。


 カティヤは目で示してくる。

 あそこだ、と。


「アーカム、よかった。やっぱり、近くにいたんだ。何が起こったのか状況把握してる? 先生はどこにいるか知ってる?」


 言いながら安楽椅子に近づく。

 アーカムは黙したまま手すりの向こう側、真っ暗な森を見つめている。


「アーカム?」


 声をかけても返事はない。


「良かったと言ったのは、そなたがショックを受けるかと思ったからだ」

「これは一体なにがあったの?」

「アーカムは夢のなかにいるようなのだ」


 カティヤは安楽椅子のそばに腰を下ろして、アーカムの手を握る。


「かれこれ、もう″1年″はこうしておる」

「……は?」


 あたしは素っ頓狂な声を漏らしていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?