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擬似太陽魔術《イルト・ソリス》

ずっと、ずっと、暗い闇のなかにいた。

 経過する時間を確かに感じる。

 だが、それが現実のものなのか、夢を見ているからなのか区別がつかなかった。


 ゲンゼは俺を隠してくれたのだ。

 魔力さえ使わなければ、平穏無事に生きていけるよう『彼女』の眼差しから隠してくれた。


 でも、そんな訳にはいかない。

 それは通らない。

 結果として『彼女』は俺を見つけた。

 そして、残りの返済を急がせた。


 長い長い時間を暗黒の底ですごした。


 ある時から、俺は見覚えのある女の子を視界に捉えるようになった。


 ああ、この綺麗な髪の子が俺の手をずっと握ってくれていたんだ。


 それと、同時に暗い肌の子もかたわらにいてくれた事もわかった。


 その温かさが俺に暗黒で耐え忍ぶ力を与えてくれた。

 それが無ければとても耐えられなかった。

 おかしくなっていただろう。

 狂ってしまっただろう。

 死を選んだだろう。


 だが、そうはならなかった。


 俺の頭には外界を処理するためのスペースすらなかった。


 やがて黒い時間は終わった。

 想像よりずっとはやかった。

 いや、俺の想像は正しく、結果が改変されたのだろう。

 俺は予定より、大きくフライングしての再起動を許されたのだ。


 悲鳴が聞こえた。

 その声の持ち主を知っていた。

 思考ができた。


 あ。

 帰った。


 そう自覚した時、全てが動きだした。


 目から情報が入ってくる。

 停滞していた更新作業を一瞬のうちに詰め込まれて、立ちくらみを起こした。

 とっさに立ち上がって、ふらついた。

 ここはテラス、か。

 ジュブウバリ族の里の、カティヤのツリーハウス……。


 目がしょぼしょぼする。

 手の甲でこする。

 コツコツと硬い感触があった。

 ああ? なんだ、これ、硬い?


 俺はなんの躊躇もなく、自分の眼球を触っていた。

 それが出来ると知っていた。

 指で触れる。

 硬い。水晶みたいにひんやりしている。

 人形の目みたいだ。作り物めいている。

 目玉を取られてガラス玉を詰め込まれたみたいな違和感がある。


 なんだ、俺の目はどこにいった?

 いや、全然見えてるのだから問題はないのだが。

 それに、前よりずいぶん視力が良くなった気もする。見える。見える。見える──あれ、見えすぎる?


 ふと、直感が俺に情報を知らせてくる。

 視線を向ければ、ジュブウバリの里の地上がはちゃめちゃな状態になってることに気がついた。


 里で一番大きい霊木の幹に、梅色の髪の少女が磔にされている。

 黒い大きな化け物に今にも食べられそうだ。


「見つけたぞ! 狩人!」


 声の主は空に飛んでいた。

 黒い霧みたいなものをまとっている。

 なんで飛んでんだよ。

 というか、杖を向けて来てる?


 というか、お前──お前、あの闇の魔術師じゃねえか。


 いろいろな状況が交錯している。

 だが、今すべきことは決まっている。


 俺はテラスから飛び降りた。

 アンナが怪物の口に消えていく。

 ダメだ、自由落下じゃ間に合わない。

 俺はハイパーモードにすぐ突入して、大木の幹を砕く勢いで踏み切って、体を発射した。


 アンナが大きな口のなかに消える前に、白い手首を掴んだ。

 足で怪物の下顎を押さえつけ、右手で上顎を押さえ口を開かせる。


 アンナは目を丸くして、こちらを見上げてくる。

 彼女にしては、なんてアホ面をしているのだろうか。


「遅れてすみません、アンナ」

「……………………遅すぎ、でしょ」

「でも、間に合いましたよね?」

「余裕で遅刻だよ」


 言葉はとげとげしいが、それは信頼の証なのだろう。


 そうか。遅刻か。

 なら遅刻分を取り戻す必要がある。


 俺はアンナを引っ張り、彼女の肩を抱いて、怪物の口から脱出する。


 俺は気がつく。アンナの傷が再生していない。


「あたしのことはいいよ……それより、カティヤが食べられちゃってる……」


 それは手遅れというやつなのでは?


 喋っている暇なく、黒い怪物が突っ込んでくる。

 アンナを両手で抱えて、とりあえずの安全圏まで逃げることにした。

 霊木を登って戦闘区域から遠いツリーハウスのうえにアンナを置いておく。

 怪我人には安静にしていてもらおう。


 黒い怪物は俺の機動力にまるで追いつけていない。

 ハイパーモードと比較すれば、あの怪物の動きはかなり緩慢だ。


「さてと」

「狩人だ! あの狩人を先に殺すんだ! はやく殺せ、さっさとやれぇぇいッ! オブスクーラァア!!」


 空を飛ぶ闇の魔術師がひとり。

 彼の言うことを聞いて地上70mの高さの霊木を登ってくる黒い怪物。

 なるほど、やはり、あいつは魔獣使いだ。


 ハイパーモードを解除する。

 杖を手に取り、風霊の指輪をはめて、俺は空へ舞いあがった。


「ッ!? き、貴様、空まで飛べるのか!」

「お前を殺す。逃げられると思うなよ」

「はは! エクセレント! 飛行対決だなんて一流魔術師の決闘にふさわしいじゃないか!! だが、貴様のつたない風属性式魔術でこのランレイ・フレートンについて来られるか?」


 闇の魔術師ランレイは、黒霧の尾を残して一気に加速した。

 驚異的な加速だ。それにぐんぐん高度をあげている。

 連続飛行ができるのか?

 まずい、俺の滑空まがいの飛行能力では逃げられるな。


 一気に決めるしかない。

 俺は《イルト・ウィンダ》を最大限の出力もって体を撃ちだした。


「はははっ! まるで追いついてこれていないでは──」


 ランレイに追いつき、その顔面を殴りつける。

 きりもみ回転してランレイは「ばか、な……?!」と睨みつけてきながら落ちていく。


 だが、闇の魔術なのか何なのか知らないが、ランレイの飛行能力は大したもので、すぐに姿勢を立て直すと、再び遠くへと逃げ始めてしまった。

 仕方ないのでレース勝負は放棄して、風を放って風域を操作することにした。

 ランレイの進行方向の風をこちらへの風速30mほどの強風にかえ、逃走を中阻止する。そのまま、風にランレイが流されるなり、竜巻をつくって中に閉じこめた。


 そのまま竜巻のサイズを小さくしていく。


「あああああ! ま、待て待て待て待てー! 話を、話をしようッ! 話せばわかる! だから、待て待て!」


 このまま砕こう。

 あいつがとんでもないクズなのは知っている。


 やつの拠点にはアマゾーナたちが拉致監禁され改造されていた。

 吐き気のする外道だ。


「このクソガキがァあああ!!」


 ランレイは黒い手袋かかげ、それで自分の心臓を突き刺した。

 すると、彼の体から翼が4枚生えてきて、風の魔力を強力に仰ぎはじめた。

 俺の《イルト・ウィンダ》の拘束から抜け出してしまう。

 それまでの飛行がスズメのお遊戯ならば、今のランレイは鷹のごとき推進力とキレのある飛行へ進化している。

 なんだよそれ。魔術だけは本当にすごいな、お前。


「なんでもありか、闇の魔術ってのは」

「ハハハハ!! 私は合成魔術の天才だぞ! 魔獣と人間の合成なら無数の人体実験で要領をつかんでいるのさ! エクセレントだろう、狩人!!」

「ゴミ野郎」


 ランレイが風を切り裂いて、燕返しでつっこんでくる。

 速い。俺の飛行能力じゃ避けられない。


「あんまり魔力は使いたくないんだが」


 やむをえまい。

 俺は二度目のハイパーモードへ突入して、鳥の魔獣と化したランレイを受け止めて、そのままもつれるようにツリーハウスへ落下した。


「今の私なら貴様を殴り殺してやれるぞ!!」

「調子に乗るなよ」


 ハイパーモードで逆に殴りつけようとする。

 だが、その瞬間、力がぬけるような感覚が腕にはしった。

 魔力がとけはじめる。

 ハイパーモードは強制的に解除されてしまった。


「ハッ、ここだッ!!」


 黒翼をふりおろしてくるランレイ。

 超直観で事前に察知し、ランレイの股下を滑るように抜けて、翼を避ける。

 鋼のような高度の刃が、ツリーハウスを叩き割った。

 カティヤの家がメキメキと崩れ始め、霊木のしたへと零れ落ちていく。

 俺はその間を跳び、移動しながら、ランレイの猛攻をかわす。

 そのうち、黒いバケモノが霊木を登りきり、追いついてきた。


 ハイパーモードを使いたい……しかし、使えなくなっている。


「理由を考えるのはあとか」

「オブスクーラ!! やつを殺せッ! 八つ裂きにしろ!!」


 バケモノは触手が束にして、一気に叩きつけてきた。

 とはいえ避けれる範疇だ。

 挙動が大きく、足場が崩れつつあるこの場では、小回りの利く俺に分がある。

 超直観で攻撃を事前に察知し、適切に足場を選んで跳べば、まず当たらない。


「狩人ォォォオ!!」

「お前はお呼びじゃない」


 発射速度を重視で《ウィンダ》でランレイを撃った。

 命中。遠くへ吹き飛んでいく。


 今度はバケモノだ。

 触手を避けて、隙をついて、俺は魔術式を組みあげる。

 頑丈そうな甲殻を構築している。

 あれを突破するには強力な刃が必要だ。


 《イルト・ウォーラ》で水を生成、形成、圧縮。

 《イルト・ウィンダ》で水の圧縮を補佐、形成を補佐。


 形状の自由さに富んだ大気の層で、超高の気圧をかけた水をコントロールし、発射口を絞る。

 そして放つ──オリジナルスペル三式蒼翠そうすい魔術イルト・カット


 陽光にきらめく、激流の一閃よ。

 風を纏いて、我が敵を無惨に屠れ。


 白い輝線が走り、水しぶきをあげて空気すら切り裂いた。


 この世界にはまだ存在しない未踏の方法によって、バケモノの甲殻は綺麗な切断面をさらして、パックリ開かれた。

 バケモノに張り付いて、体内からカティヤを救いだす。


「クソガキが! つくづく忌々しい!! ──死して礎となれ!」


 紫色の光が飛んでくる。

 残っていた水と風の魔術で、紫光を明後日の方向へ受け流す。


 黒い羽根が飛来してきた。

 俺はバケモノから離れて避ける。


「もういい、最大化を使ってやろう、私は人間に戻れなくなるが、そんなものどうでもないい! 貴様を粉微塵にしてやるッ!」


 ランレイは俺の代わりにバケモノに取り付いた。

 黒い手をバケモノに突き刺す。

 すると、両者は筆舌に尽くしがたい珍妙な融合を果たした。


 バケモノは8枚の翼をたずさえ、3つの首を生やし、溶けた人間のようなモノを無数につなぎ合わせたような胴体を持ち、20をくだらない眼玉で獲物──俺を睨みつけてくる。

 この世の醜悪をかけあわせたような姿であった。

 最大化のオブスクーラ……厄災級の迫力がある。


「だけど……あいつほどじゃない」


 おぞましいバケモノが大きな口を開いて飛びかかってきた。

 飛行能力は遥かに向上し、大きいのに速さも小回りも効くようになっている。

 たしかに。あんたは天才かも、ランレイ・フレートン。


 俺は火の魔力と水の魔力、そして十八番の風の魔力を動員して、滅ぼすことに特化した最長の魔術式を組みあげていく。


 ①水属性式魔術イルト・ウォーラで水を生成。

 数万リットルの水を生み出す。

 それをボールサイズまで圧縮する。

 ②風属性式魔術イルト・ウィンダで風を操作。

 強力な大気圧の層で水を閉じこめ、高度な魔力操作で、水から水素を取りだす。

 大気圧の層の内側を水素で充足させる。

 ③火属性式魔術イルト・ファイナで超高気圧の球体に甚大な熱を加算する。

 圧縮し触れれば金属すら焼く超高温の熱源と化した球体の内側では、水素による衝突が起こり、核融合反応が誘発させられていく。


 この球体こそがソリスだ。

 ソリスの構造は太陽そのものだ。

 人がつくりし恒星である。


「狩人ォォォォォォオオオオッッッ!!」


 式の準備は時間がかかる。

 キープするだけでも一苦労。

 込めた魔力は波の三式魔術の30倍以上。

 だが、敵を屠るだけの力はある。


 オリジナルスペル

 擬似太陽魔術イルト・ソリス


 地上に星が誕生する。

 大地は混沌を思い出す。

 焼き尽くす、滅ぼし尽くす。


 天を覆うようなバケモノに魔術の恒星が命中した。

 ランレイは焼け溶ける肉体の苦痛に、森全体へ咆哮のごとき悲鳴をあげた。


「砕けろ太陽」


 そうつぶやくと、ソリスに亀裂が走り──瞬間、恒星は崩壊し、眩い光とともに、周囲一帯を焼却して滅ぼした。


 深緑の森に突如として出現した星。

 爆風であたり一面の背の低い木々が軒並み倒されていく。

 あまりの威力に俺もまた霊木に叩きつけられた。


 すべてがおさまった時、真っ黒に焦げた人の名残りを残した肉片が地上へと落ちていった。


 これが持ち帰ったチカラ。

 深淵のなかで、神秘の智慧のいくつかを俺は我が物にしたのだ。

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