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30:舞姫からの提案

 ケーリィンが怒り任せに打ちのめした牛肉どもであったが、香草の効いた美味なるステーキへと無事転身した。

 ステーキを主戦力に据えた豪華な食卓は、狙い通りに楽団員を喜ばせる。


「うわー、お肉おいしー! 付け合わせのマッシュポテトもいいね! これもケーリィンちゃんが作ったの?」

「いえ、マッシュポテトはレイさんが」

「ぅげぇっ、聞くんじゃなかった!」

 感情の乱高下が激しいレーニオは、ケーリィンの回答で葬式帰りの顔を浮かべた。


 一方のディングレイは、死刑執行人……いや、死刑囚もかくやの凶悪面である。

「芋が嫌だってぇなら、てめぇの脳髄をマッシュしてやろうか?」

「やだぁ! ご冗談を!」

 レーニオは青ざめてガクガク震えるも、いつもの光景である。楽団員すら誰も取り合わない。

 皆、思い思いにステーキやチーズたっぷりのバゲット、ニジマスと小エビのフリット、キノコのサラダ、根菜スープを味わった。


 なお、今夜は打ち合わせという名目があるため、酒の類は食卓に一切並んでいない。

 にもかかわらず、レーニオはあの乱れようである。無論こちらも見慣れた光景のため、誰も何も驚かないが。


 粗方の料理が片付いたところで、自然と打ち合わせが始まった。

 ディングレイが人数分の紅茶を手際よく準備し、ケーリィンがそれを手伝う。

 自費で教則本まで購入している通り、彼の淹れる紅茶は美味しいのだ。

 カップを配り終わったところで、ケーリィンは一つ唾を飲み、皆へ提案した。


「あの……収穫祭で、皆さんも参加できるダンスパーティーをしませんか?」

「先々代の頃のように、ということかね? プラナ市長に聞いたんじゃったな?」

 この場の最年長であるロールドが、目を丸くしていち早く反応した。市長との会談時に突如沸き上がった案のため、彼も初耳なのだ。

「はい。昔は舞姫が踊った後、皆さんも一緒に踊ったと伺いました」


 プラナとリズーリから聞いた祭の様子に、ロールドも補足を加え、年若い面子の多い楽団員へ説明した。

「以前ほど若者もいないしなぁ……みんな、盛り上がってくれますかね?」

 最年長の男性は、渋い顔になる。

 いち早くそれに異議を唱えたのは、紅茶にドバドバ砂糖をぶち込んでいたレーニオだった。

「ダンス賛成! 女の子と合法的に手をつなげるなんて、最高じゃないですか!」

「お前が言うと、非合法の匂いがプンプンするな」

 ディングレイの呟きに、皆、かすかにうなずく。


 が、レーニオと同世代の女性団員が、ここで控えめに彼をフォローする。珍事だ。

「私もダンス、良いと思います。レーニオさんの言い方は最低だけど、好きな人と踊れるかもってなったら、盛り上がる女の子も多いと思います。レーニオさんの言い方だけは、本当にクソみたいに最低だけど」

「ねぇっ! なんで二回言うのっ?」

 涙目でレーニオは嘆いた。

 エイルやディングレイ以外からも、雑な扱いを受けているようだ。


 ロールドはまぁまぁ、とレーニオを慰めながらも支援してくれる。

「ケーリィンちゃんたっての希望とあれば、ワシも旨い料理とたっぷりのお酒を用意しようとも。幸い、神殿の予算には余裕もありますし、料理人の伝手つてもある」

「酒なら僕ん家も、サポートできますし!」

 ロールドに背中をさすられつつ、レーニオがキリリと言い添えた。そういえば彼は、酒屋の息子であったか。

「それも、そうですね」

 否定的だった団員も、彼の言葉にようやく笑った。

 ワインの生産が盛んなためか、シャフティ市民には酒好きが多い。

 よって、酒があればどんな催しでも盛り上がるらしい。収拾が付くか否かはともかくとして。


「心配すんな。市長からの言質を取って、予算は別口で確保済みだ」

 無糖のミルクティーを飲んでいたディングレイも、素っ気なく口添えた。

 だが、心強い言葉である。酒と料理でお膳立てするにも、まずは金が必要なのだ。

 結局世の中、金がなければ始まらない。

 彼の言葉が駄目押しとなり、収穫祭はダンスパーティーとなることが決定した。


 翌週には地方紙の協力を取り付け、大々的な宣伝も行った。

 ディングレイの恫喝、いや警告がまだ響いているのか、非常に低姿勢で協力的だったという。


「舞姫様の踊りを見て、後はただ歓談するだけより、よっぽど楽しそうだね」

「最近は踊りも白けてたし。久々に盛り上がりそう」

「うちの子も、珍しく帰省するってさ」

 宣伝が功を奏したのか、住民からの反応もほとんどが好意的なものである。

 ケーリィンも講堂や神殿の礼拝堂で開かれる、有志によるダンス教室を手伝いながら、収穫祭の準備に明け暮れた。

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